アイたるもの

※暴力表現有










全てが愛おしく見えて。

全てが忌まわしく見えて。





「あっ・・・く・・・」

気が付いたら首を絞めていた。

緩やかに巻かれた相手のトレードマークとも言えるスカーフで俺は今、その首を絞めている。
吐き出される二酸化炭素、水蒸気。
その体内で構成を変えられ生まれ変わるわずかな酸素さえ妬ましい。
口から零れ落ちるそれらを自分の口の中へと飲み込む。
自分の吸う息が全てこいつの口から吐き出されたものであればいいのに。

当たる唇は寒さでかさつき、わずかに切れた箇所に血の塊が付いていた。
肌を冷やす冷たい外気が憎らしい。
その体に流れる温かな血は自分を温めるためのものなのだから。
自分と相手の想いを確かめるための心臓を動かしているものなのだから。
例えわずかでもその血を無駄にするような行為が許せない。
血を流すのならば自分のためにだけ。
そして自分が傷を負わせる時だけ。
その他は許さない。


「ッあ・・・」

聞こえる掠れた声。

少々やりすぎた。

もはや赤色から蒼白と色を為す肌に指を滑らす。
そうして冷たくなった肌に温かい唇を。
白くなった肌に赤い花を。

首を絞めていたスカーフは海へと捨てた。
この首元にあんなものはいらない。
この体を縛り付けるものは自分だけで十分。
身に纏うこの服も要らない。
下着もベルトも靴も全部。
寒いのならば自分の熱を与えよう。
恥ずかしいのならだれにも見られないようにしてやろう。

ほら全てを棄て去った君はこんなにも美しい。

自分以外のものを纏い、自分以外ものに影響を与え、与えられる君は愛おしくも忌まわしい。

でもね、どうしても嫌いにはなれないんだ。
優しく笑い、触れる温かな手がどす黒いこの感情をその度に霧散させてしまうから。

けれど限界が来た。
精神を呑み込む黒い影がスピードを増していく。
黒い感情を浄化する君の手の平さえも追いつかない。

愛しくて、忌まわしくて、愛しくて、忌まわしくて、愛しくて、愛しくて、愛しくて・・・

世に溢れる愛はあんなにも広大で温かさを湛えているというのに自分の抱くこの愛は狭く冷たい。
自分のこの愛はきっと愛する君自身を滅ぼすに違いない。
今まさに君は泣いている。

はらはらと頬を伝う涙はベッドにかけられた布へと消えて。
またそれも忌まわしい。
その涙だって自分のものなのだ。
何物にも渡したくない。

“愛してる”と言葉が零れた。

泣きはらした顔を犬のように舐める。
震える手の平は寒いから?泣いてるから?それとも俺が怖い?
見つめた翠の瞳はただ震えるだけ。
なぁ、俺が恐ろしいのかい?
同じく震え、一文字に結ばれていた唇が小さな、小さな音を漏らす。





“ナ・ク・ナ”





何を言っているんだ。
俺は泣いてなんかいない。
泣いているのはお前だ。
その証拠に舌はしょっぱい。
視界はクリアだ。
涙の膜に包まれて目がおかしくなったのかい?

目の前の翠が消えた。
閉じられた目からまた一粒雫が落ちた。
ああ、もったいない。

布に消えた涙に気を取られた隙に体が前へ傾いた。
背に当たるのは擦る大きな手。
重なった心臓がバラバラに音を立てる。

なんて落ち着いた心音。
それに比べて自分の心音はなんと忙しないのだろう。
どうして君はそんなに緩やかに音を鳴らしてる?




“アイシテルヨ”




耳元に唇が囁いた。
まるで言葉を覚えたての文鳥のように同じ言葉が繰り返される。

何度も、何度も、

アイシテル、アイシテル、アイシテル、アイシテル・・・

機械的に繰り返されるそれはもちろん機械が流しているわけじゃない。
自分を抱く男の口から流れてる。
同じ言葉でもその度に音の大きさ、トーンは違う。
温かく情愛に満ちた肉声。

はっきりと耳に届くその声がだんだんとおかしくなる。
低く、狼狽えた、気味の悪い声が混じり始めた。
気が付けば体にぬるい液体が零れている。

これはどこから来たのだろう?
透明な液体。
けれど言葉を繰り返す男はもう泣いてなどいない。
ただ寂しげな、それでいて優しげな顔を浮かべている。
なのにその顔がはっきりと見えない。
咳き込む喉。
唇に塩辛い味がして気が付いた。

今、泣いているのは自分だと。

気づいた瞬間に堰を切ったように想いが溢れ出した。
止まらぬ嗚咽と涙は愛するその人までも汚く穢していく。

汚したくないのに、汚いものなど見せたくないのに。
それでも訳の分からぬ想いは流れ続けた。
“アイシテル”の言葉が消えて、ただひたすらに背をあやされる。

そうして全ての声と涙が自分の中から消えたとき世界もなくなった。
愛しい人も忌まわしいものも何もない自分一人だけの場所。
それでも寂しくは無かった。
真っ暗とも真っ白とも言えない浮遊した場所でまた“アイシテル”という言葉が聞こえたから。




次目覚めたときは本当の愛を語りましょう

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