海軍と海賊の愛

遊びだと決めていた心が揺らぎ始めたのはいつ頃だっただろうか。
もうはっきりと思い出せないほど自分はあの男に溺れている。
真っ白で真っ新な相手を汚したつもりが塗り替えられていたのは自分の方だったのかもしれない。
今もまた脳裏に浮かぶあの顔。
自分と対面するとその表情はやや険しくなるものの時折見せる笑顔は心に痛いほど眩しい。

「今度こそ覚悟してもらうからな!」
「懲りないやつだねい。だけどそんなとこも可愛いよい」
「心にもないこと言ってんじゃねぇ」
囁きかける愛の言葉も届きやしない。
始めに偽りの想いを連ね過ぎたから。
上辺だけの愛の言葉をこの男はとっくに見抜いていた。
お蔭で幾度となく語りかけても今ある本当の想いは欠片も男には伝わらない。
自ら仕掛けた罠に苦しめられている自分は実に滑稽だ。
「おい、今日は大人しいな?」
「嬉しいねい、心配してくれてるのかい」
「そんなんじゃねぇよ!」
声を張り上げてもそれは全く恐るるに足らない。
本当にお人好しな男だ。
自分を疎んでいるくせに優し過ぎていっそ憐れんでしまいたくなる。
いや、憐れむべきは途方もない恋に転がり落ちた自分の方だろう。
愛しいものがすぐ目の前にあるのに本気で手を出せないなど欲しいものは奪い取る海賊の名が笑う。
「それならかかってこいよい」
「言われなくても」
剣や拳を交える逢瀬。
始めこそ退屈しのぎに選んだ相手だけあって振るわれる攻撃は中々のもの。
それでも自分を打ち負かすのには足りない。
けれどこの男も強くなった。
剣の切っ先が喉元を掠め、ちりちりと蒼い炎が灯る。
背後に下がるのが僅かに遅れていればその刃は深々と喉に突き刺さっていただろう。
だが、こちらも引くばかりではない。
振るう鉤爪は男のシャツを引き裂く。
加減をせずに腕を揮うのは男の腕を見込んでのことだ。
手を抜いたら相手もそれに気づくだろう。
心は奪われていても戦闘に滾る心もまた止められないものだった。
愛を囁くと同様、実力の近いものと思う存分に力を振るい合う闘いは心が踊る。
いっそその手で身を切り裂かれても良い程に。
「はぁっはぁっ……くそっ!」
決着のつかない勝負に吐き出される苛立ちの声。
日も暮れてきた。
今日の勝負もここまでだ。
名残惜しくもその体に背を向ける。
「おい、逃げんのかよ!」
「嫌なら次会うときには俺を殺れるほど強くなってろい」
「ッ……!」
悔しそうな男を残し、空へと舞い上がる。
追っては来ないその気配に僅かな寂しさを覚えつつ、けれどもさらに空高くへと舞い上がった。
次会うときこの想いは伝わるだろうか。
いやきっと次も同じだろう。
それでもまた来るだろう会うべき時に胸は高鳴りを告げるのだった。



「幽閉……?」
馴染みの鳥から不穏な便りを受け取ったのは最後に会った時から一か月も経たない頃。
会わない時もその様子が知りたいと鳥を通じて男のことを探っていた。
これではまるでストーカーのようだが気になるものは仕方がない。
しかし何があっても自分から手を出すようなことは無かった。
飽くまで自分は海賊、相手は海軍であったからあちらが捕まえに来るまで会わないというのが俺の信念だった。
だからこそ男が自らこちらへと来るように誘導していたのだ。
けれどこれはどういうことだろうか。
数日後にはインペルダウンに連行するとされている。
馴染みの鳥がここに辿り着くまでもまた数日。
ということは、時間は残されていない。
深く考えるよりも先に体が動いた。
目の前の窓を開け放ち、そこから身を乗り出し、飛び出す。
仲間が驚くのを余所に空へと舞い上がった。
愛すべきものを追って。



眼下に見えるは白い正義の装束を纏う一人の男。
手首には重い忌まわしい枷がつけられている。
それは自分たちの能力を押さえつける海の力を持った石の枷。
「サッチ……!」
響き渡る声に男が上を見上げた。
驚くその顔が見える。
急降下していく最中、その唇が“マルコ”と確かに己の名を呟いた。
なぜだか胸が熱くなる。
燃えつきそうな速度のまま地上へと降り立った。
改めて交わす視線の中で相手はただ驚きだけを示していた。
周りにいた海兵たちも驚き、騒ぎ始める。
何せ白ひげ海賊団の隊長である不死鳥の登場だ。
慌てないわけがない。
そして後で知った事実であったが海軍は白ひげとの戦闘を避けるために自分を執拗に追うサッチに何度も忠告をしていたらしい。
だがサッチは諦めなかった。
上に疎まれても俺との闘いを選び、捕まえるために何度も足を運んでいた。
それを見た仲間が海軍側に何度か攻撃を持ちかけようとしていたことも確かだ。
警戒を高めるあまり、先走った保守的な海軍の一端にサッチは捕えられたのだ。
白ひげとの争いを避けようとしていたところに舞い込んだ不死鳥の登場。
その場にいる海軍たちが驚かないはずが無かった。
「お前何で……」
「俺と来い」
ただただ驚くばかりのサッチを両腕で攫った。
以前よりやつれた顔にひどい仕打ちを受けていたことがわかった。
これ以上、この場に相手を置いておきたくなかった。
今度こそ伝わる気がした。
“愛している”とその耳に告げる。
違う意味で驚くその顔は自分の言葉が真実だと悟ったようだ。
震える唇は何か告げようとしていたが答えを聞く前にその体を抱く腕を翼へと変える。
腕を戒める錠は奪い取った鍵で外してやった。
この男を捕らえるのは自分一人でよい。
解放された腕を首に回るように促し、勢いよく地面を蹴った。
後を追う様に銃弾が注がれるが全ては炎の中に呑み込まれる。
自分はサッチを海軍という巣から奪い去った。
背に感じる温もりが愛おしい。

「なんでこんなことするんだよ……」
追手もいなくなり、海と空の合間で二人きりとなった時、サッチが震えた声で問う。
「愛しているって言ったろい」
背に乗せているため顔を合わせられないのが寂しいが伝えるべき言葉をもう一度告げる。
首元がきゅっと締まり、サッチが拳を握るのがわかる。
「お前、バカだろ……」
呟かれるか細い声。
「それは俺も思い始めてたことだよい」
この男に心底惚れてしまうだなんて本当に誤算でバカみたいなことだった。
けれど出来上がってしまった想いはどうしようもない。
「バカでも幸せなことはあるさ」
そう、きっとこの瞬間が幸せ。
無言でその力の強さを増す、相手の腕に拒絶とは違う意思をみる。
モビーまでサッチを連れて帰り、そこから始まる本当の恋は自分に予想もしない幸福を与えてくれることになるのだった。


(黒と闇、織りなす色は極彩色)

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