海軍と海賊の愛

ついた枷は外れない。
鎖の先にあるのはある男の姿、繋がれているのは心。
重い想いを引きずって囚われた鳥は行き場を失くして蹲る。



寝不足の眼を叱咤してペンを走らせる。
上陸先の宿に仕事を持ち込み、書類の記入をしながら過ごす夜。
休暇とはとても言えない過ごし方だがこれには理由がある。
最近どうにも寝つきが悪いのだ。
悪い、悪い、夢を見る。
黒い闇の中、白い檻に入れられた青い鳥。
籠の中で鳴き喚き、やがて声を枯らして死んでゆく。
籠の扉は開いているはずなのに、鳥は籠の中から出て行かない。
ただ籠の内側を見つめて、入れられた水皿に映る己を見て、嘆き、息絶える。
まるで何かを暗示しているかのような夢に頭が痛くなる。
風に当たりたい。
ペンを置いてカーテンを開け、窓を開いた。
夜風が頬を撫で、とても心地が良い。

「よぉ。久しぶり」
聞こえた声に目を見張った。
真っ暗な闇に真っ白い外套が翻る。
その白生地には真黒な文字で正義と書かれていた。
「サッチ……!」
息が止まる。
叫び掛けた俺の口に手の平が被さって音を止めた。
右手の人差し指が唇の上で縦線を成し、しーっと静かに音を漏らした。
「みんな寝ている時間帯だからな?」
そう言って、ニヒヒと笑った。
だが笑い返す余裕などない。
言い返すことさえも。
「やっぱりここだったんだなぁ。アンテナ張っててよかったぜ」
嬉しげにそう述べて、さも当然に部屋の中へと侵入してくる。
3階であるこの部屋に窓から侵入したということは屋根から降りて来たのか、壁を登ったのだろうか。
執念深い男だ。
「俺がいなくて寂しかった?」
おどけて笑う男。
言い返そうにも口は動かない。
帰れと顔を見せるなと頭が言う。
だが、会いたかったと心は言う。
頭と心に挟まれた口がどうにも出来ずに止まる。
「元気そうだな。……と言いたいとこだけど少しやつれたか?」
冷気で冷めたはずの頬が温もりに包まれる。
肉厚な男の手の平が頬に当たっていた。
「温めてやろうか?」
純粋な申し出とも裏のある申し出とも取れる。
だが、どちらにせよ応じるのは論外だ。
論外なのに、何故。

「マルコ?」
何かが頬を伝って落ちていた。
ポロポロと勝手に落ちていく色も無い、透明な雫。
他人事のように眺めていた。
ああ、俺は泣いているのだ。
なら、何故泣いているのだろう?
ぼんやりと落ちていく雫を眺めていると、無理矢理に顔を上げさせられた。
柔らかい唇がそっと自分の唇を撫でてくる。
キスされているのだとわかった。
「……泣くなよ」
静かな懇願する様な言葉だった。
体が圧迫感を訴える。
けれどそれ以上に温かい温もりにまた目頭が熱くなった。

俺は海賊で、目の前の男は海軍。
交わってはいけない相手。
想い合うよりも別れてやることが正しいはずなのに出来ない自分がいる。
この男と完全に別れる時が来るかと思うと寂しくてたまらない。
いつも向けられている笑顔が冷めて、自分を映さなくなるかと思うと辛い。
今の温もりをもっとずっと味わっていたい。
自分がこの男に冷たく当たれるのは相手がそうしないという確信がどこかであったからだ。
「頼む、泣かないでくれ」
触れる手が強く体を押し潰す。
このまま潰されて死んでも良いと思えた。
それは愛しい恩人を裏切ることにもなるがそれでも今は離して欲しいとは思わなかった。
このままずっと……。

きっとこの男は自分を諦めてはくれないだろう。
何故だかそんな気がする。
それは自分の傲慢な思い過ごしかも知れないが、でも間違っていないと変に確信染みた想いもある。
自分さえ受け入れれば欲しかったものはきっとあっさりと手に入る。
相応の危険も伴うけれども。

ああ、けれどそれもいいのかもしれない。
夢の中の鳥は俺だ。
白い籠はこいつ。
夢の中ではとっくに心が結果を示していた。
逃れられないんじゃなくて逃れたくないのだ。
反逆とも言えるような暗い関係の中、それでも愛を叫ぶのだ。
この男が恋しいと。
この男の傍に身を置きたいのだと。
鳥が嘆き、鳴き喚いているのは水皿に映った囚われる自分の姿を見たからではない。
自分を囲う運命に置かれた籠に対して鳴き喚いていたのだ。
自分を大切にすることなどないと。
けれどどうしようもなくそんなお前を愛していると。
相反する想いが鳥の鳴き声を嘆きに変えたのだ。
愛情と言う名の鎖、重い想いの枷。
それは自身を縛ると共に相手へと引き寄せる。
砕くことが出来ないのならば堕ちるしかない。

わかっていたことなのにわかろうとしなかった。
男の負担になりたくないと思っていながら男の存在を失いたくなかった。
物分りのいいふりをして自分は大切なことを何もわかってはいなかった。
目の前の男はずっと意志を貫いていたというのに。

情の枷の鍵は見つからない。
元より鍵穴などないのだから。
諦めはついた。
籠の中から出ることの出来ない想いなら、このまま愛を叫んでそして死に絶えよう。
縛る鎖の元はこの男が握っているのだから。


(囚われ鳥は歌いだす)

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