海軍と海賊の愛

初夏の風薫る心地良い午前10時。
空腹を満たすため少し遅めの朝食をいただく。
ここはモビーの中ではなく、上陸先のカフェだ。
少し洒落たオープンテラスでの食事は雰囲気も良く、美味い。
進むフォークの傍らカチャリとカップを置く音がした。
「さて、俺と付き合う気にはなったかい?サッチ」
「全然」
「なんだい、つまらないねい。あ、それちょっとくれよい」
「あっ、おい!」
目の前にあった皿からスイートポテトが一つ消えた。
「何すんだ!」
「一つくらいケチケチするなよい」
「俺んのだろ!」
「だったら取らねぇよう気をつけとけい、隙だらけなんだよい。そんなんだから毎度俺に唇を奪われるんだよい」
言葉と共に自らの唇を舐めとる憎たらしい顔。
その足を蹴ってやろうとテーブルの下で足を浮かせたが見事避けられてしまった。
気配を読むこと、この上なく上手い、本当に憎たらしい奴。
そもそもこの状況が気に食わない。
いや、気に食わない以前に違和感がありまくりだ。
なぜたまの上陸、自由日に、海軍と自分は食事をしているのだろうか。
「休日デートってのもいいもんだろい?」
「馬鹿だろ」
「楽しくないのかい?」
「当たり前だ!」
将校であるはずのマルコは今は私服に身を包んでいる。
そうでなければ困る。
海軍の服装などオヤジの縄張りでもあるこの島で着ていたらそれこそ大問題だ。
「食後はショッピングでも行こうかい。好きなもん買ってやるよい」
「へぇ、たっかい宝石とかでもか」
嫌味ったらしく言葉を吐く。
「婚約指輪が欲しいなら素直にそう言えよい」
「違う!」
曲解をするな!
誰がお前と婚約なんかするか!
本当は顔を見るだけでうんざりするんだ。
食欲もなくして結局残っていたデザートも奪われた。
ここに来る前は久々の陸を楽しみにしていたはずなのに。
なんでここにこの男がいるのだ。
「お前から返事を聞くまで俺は安心できないんだよい」
「返事なら何度もしてるだろ」
「俺の望む答えじゃない」
「そんなの知るか!」
「知って貰わなきゃ困るんだい」
終始この調子だ。
いい加減受け答えするのも疲れてくる。
「一度は揺らいだだろう?」
「あんなもん気の迷いだ」
見えないテーブルの陰で拳を握る。
そうだ、あんなものそうに決まっている。
「そうかい」
案外あっさりと引いた。
こいつのことだからもっと何か言われるかと思ったのに。
呟いた声色が少し寂しげに聞こえたのはきっと気のせいだ。
「それじゃあ、本格的にデートといこうかい」
「はぁ!?」
「まずはあっちの広場でも見学しようかい。大丈夫、デートコースは完璧だよい」
「ふざけんなぁああ!」
前言撤回。
寂しげに聞こえたというのは気のせいではなく、完璧な勘違いだ。
どういう脳回路をしているのか一度是非覗いてみたい。
いや、やっぱり覗きたくない。
知らない方が身のためな気がする。

だが、なぜいきなりデートなのだろう。
何百回という告白を聞いた中でそんなことを求められたのは意外にも初めてだった。



「おい、もう夕方になるんだけど」
気がつけば日暮れ。
嫌だなんだと言いながらこんな時間まで付き合った俺の忍耐を褒めて欲しい。
それもこれも騒ぎを起こしたくないという一心だ。
決してこいつを喜ばすためじゃない。
「なら最後にもう一つだけ付き合ってくれよい」
そう言われて手を引かれた。
握り込まれた手は妙に痛かった。

「綺麗だろい?」
そう俺を振り返り尋ねるマルコ。
見える水平線の向こうでは真っ赤な太陽が海へ帰ろうとしていた。
昼間は青い海が今は血のように赤い。
「確かに綺麗だな」
こいつに同意を示すのは癪だが景色に罪は無い。
それに赤く煌めく海は本当に美しかった。
「サッチ」
改めて名前を呼ばれた。
その声にハッとしたのはその声がいつものこの男の持つ雰囲気と全く違っていたからだ。
俺に呼びかけた直後、マルコは手にした買い物袋の一つを漁り出した。
デートと称された一日の行動では服屋や菓子屋などで買い物もした。
けれどマルコの持っているその袋を俺は見かけなかった。
「腕出せよい」
逆らうことも出来たがその言葉に無言で腕を差し出した。
「これ……」
差し出されたものに呟きが漏れた。
「返すよい」
渡されたそれは古びた銀細工の腕輪。
俺はこれを知っていた。
「あの日の海も赤かった」
感慨深げに語り出すマルコ。
その内容は驚くものだった。

まだ俺が青年であり、ようやく海賊稼業にも慣れてきた頃。
ある島で戦闘が起こった。
いや、戦闘というのもおこがましい。
それは他の海賊による住民への殺戮だった。
欲に塗れた海賊どもが金品を要求し、住民たちは抵抗。
けれど力の差は歴然としていた。
そんな状況に出くわしたのが当時の俺らだ。
そして俺はその中で倒れた青年を見かけ傷の手当てを行った。
あくどい海賊により色々なものを失った彼に俺は手持ちの腕輪を渡した。
それが当時のマルコ。
そういうことらしい。
なぜ、そういうことらしいというのかは俺がそれを覚えていないからだ。
言われてああ、そんなこともあっただろうかと思うだけ。
はっきりした記憶は残っていなかった。
だが俺が忘れていた事実をこいつはずっと胸に抱えていたのだ。

「知らなかったろい。俺はずっとお前を追ってたんだい。追うために海軍に入った」
一見して相反する行為のように思えるが海賊の情報を得るためには海軍になるのが早道とも言える。
あそこほどあらゆる海賊の情報を集めている場所はないのだから。
「お前さんに会えて目的は果たした。でも出会えたのが遅過ぎた。俺は何もかも捨てられるほどもう青臭くはない。立場も他に守るべきものもある。・・・でも、それでもお前のことは諦められなかったんだよい」
景色が赤に染まる中、その瞳だけは蒼い。
変わらぬ蒼がじりじりと俺の目を焼いていく。
「……なんですぐに言わなかった?」
そんな理由があるなんて微塵にも思わなかった。
昔出会っていたなんて夢にも思わなかった。
俺がこいつを助けた?
それで俺を追い続けて、海軍にまで入って。
今こうしてここにいるのか?
バカを通り越して頭がおかしいのではないだろうか。
「言ったらどうにかしてくれたのかよい」
問う声に答えるべき言葉が見つからない。
「それに……そんなこと言って心揺らがせて告白なんてみっともないじゃないかい」
ばつが悪そうな声が聞こえる。
「なら、なんでいま言ったんだ」
それなら一生黙ってればいいじゃないか。
「潮時だと思ったからだよい」
……潮時?
「もう終わりにするよい」
……何を?
一体その言葉は何を指しているのだろうか。
「今まで振り回して悪かったねい」
やっとわかった。
こいつは今までの行為に終止符を打つ気なのだ。
「最後にもう一度キスしてもいいかい?」
淡々と問われる。
なんだ、お前らしくもない。
「俺が言うのもなんだが今まで散々奪ってきたんだ。もう一回くらいいいだろい」
「勝手な言い分だな。俺にはなんの得もない」
「そうだねい。けれど貰うよい」
温もりが唇を満たした。
柔らかな唇と舌がそっとその輪郭を辿る。
「ありがとよい」
口付けの後の笑み。
けれどいつものと違いそれは苛立つほど優しげな色をしている。
触れられた唇もひどく苦い。
気分が悪くなる。
「じゃあな」
そう言って立ち去ろうとする影。
冗談じゃない。
こんな苦味を抱えたまま終われというのか。
言葉よりも先に手が動いた。
立ち去ろうとする相手の腕を掴み、体を反転させ、その唇を奪う。
「ンッ……!」
開いた唇の隙間に舌を滑り込ませる。
先ほどよりも強く触れ、絡め合う舌はひどく熱く、やはり苦い。
けれど口の中の酸素が薄れていくとともに体が高揚していく。
目の前の体は抵抗を示していたが不思議だ。
今は負ける気がしない。

貪るだけ貪って唇を離すと歪んだ顔が見えた。
うっすらと赤く見える肌はきっと夕日のせいだけではない。
「いきなり何すんだよい……!」
そう言って、口付けたばかりの唇を拭おうとする。
その前にその手を握り締め動きを封じた。
「お前の真似をしただけだ」
そうだとも。
いつも勝手をしてきたじゃないか。
なら、俺がしたっていいはずだ。
「俺のこと嫌いじゃなかったのかよい!」
「本気で言ってるのか、それ」
騒いだ唇が黙り込む。
当たり前だ。
俺がこいつのことを心の底では嫌っていないことをこいつだって気づいてた。
だからこそ今まで迫り続けていたに違いないのだから。
ただ俺が頑なに立場を守ろうとし続けていただけだ。
本気で嫌っていたのならとっくに戦いをけしかけている。
オヤジに事を告げていたかもしれない。
今日だってデートだなんて馬鹿げたものに文句を放ちながらも付き合った。
今、ここにいるのが何よりの答えだ。
「勝手に始めて、勝手に告げて、勝手に終わらせんな」
「なら他にどうしろって言うんだよい」
「続けろよ。少なくとも俺のこと好きでいる限りは。ずっと続けろ」
握る手を解放して今度はその腕に手をかけた。
そうして自分の腕から相手の腕へと受け渡す。
「ずっとお前が持ってたんだ。これからもお前が持ってろ」
揺れ動く腕輪。
蒼い目がそれを驚くように見つめる。
「……本気かよい?」
「お前らしくもない態度だな。それに俺の心を揺らがせたのはお前だろう。望み通り安心させてやるから責任とれよ。ここまで来て逃げんな」
「後悔するかもよい?」
「だからお前が言うな、バカ」
「ハハッ、それもそうだねい」
「ッ、おい!?」
目の前の体の力が抜けて自分へと寄りかかる。
背に触れる手に強く抱き込まれた。
肩に触れる髪から微かな匂いが薫る。
「……ありがとよい」
染み入るような囁きだった。
気が付けば夕日はすでに水平線の向こう。
海は本来の青さも血の様な赤も失い、黒く穏やかな色を映し出していた。
空には星が散り始めている。
夜風が肌を冷やす中、腕の中の温もりに静かに目を閉じた。


(終わりなき想いの果ての先)

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