潮風

不寝番以外が寝静まった深夜、廊下を歩く人の足音で目が覚める。
それは本当に小さな、普通の人間ならば目を覚ますことの無い足音だったけれど、身体に馴染みきったその人物の微かな気配に眠りの縁から起こされた。
あくびを零して背伸びをして、少しだけ頭をはっきりさせてから、ベッドから身体を起こして秘蔵の酒を片手に上着を二枚持って部屋を同じように気配を殺して出る。
少し歩けば船ではいつも嗅いでいる潮の匂いが強くなる。開けた目線の先には月明かりが照らす甲板の船縁にいるマルコが見えた。
気配を殺したまま近寄って、あと少し、というところで笑ったままマルコが振り返る。
「バレたか」
「おう。わからねぇはずがねぇよい」
マルコの手には封が切られていない酒と、グラスが二つ、一塊の干し肉が握られていた。
どうやらあの足音は初めから自分を誘うためにわざと部屋の前で立てられたらしい。俺がマルコの誘いを断らないと知っているのだから、回りくどいことをしなくていいものを。
差し出されたグラスに満たされるのは香りからも、高級だろうと分かる酒だった。口に付けた瞬間、それは確信に変わる。
「どうした?こんな良い酒…」
鼻と喉の奥を擽る酒の余韻に酔いながら問えばマルコが笑みを更に深くした。
「ハッピーバースディ。サッチ」
「へ?俺の誕生日、明後日、つーかもう12時回ったから明日だけど?」
「んなこた知ってるよい。けど明日からお前、一人になる時間なんてないだろぃ?」
誕生日を真ん中に挟んだ三日間は確かに延々と祝われて、飲まされて眠るとき以外は、というより寝る間も惜しんで色んな人間に祝われる。明日、目が覚めれば多分、そこからもう祝いは始まってしまうだろう。隊長職になってからのそれは毎年の習慣だった。
「誰よりも先に祝いたかったんだよい」
マルコが笑いながら言うから、小さく苦笑して酒を飲み干す。
「ならもっと注げよ」
「もちろん」
注がれる酒はサッチの好みの酒で、マルコが必死で探し出したのだろうと簡単に予想がつく。
潮風に吹かれながらの酒は最高の味だった。

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