ナイトの資格は誰の手に(1/2)

※少しですが暴力が描写あります



目の前に散ったのは綺麗すぎる赤。それにハッとして時には既に彼の漆黒の瞳には苦しげに表情を歪める愛おしくて愛おしくて堪らない世界の片割れの姿しか映っていなかった。
元々、彼以外興味の無い世界だ。だからこそ、色濃く映った光景は燃え上がる闇の様な炎の量を膨大なものにするのは十分なもので、それには思わず周りの敵、そして家族さえも身を退く。
そんな周りの様子など気にも止めていない黒い炎を纏ったクロは兄、マルコの前へと位置を置く男の側面へと即座に移動し、鋭い蹴りを頭へと食らわせた。刹那、ひるんだ男からマルコを切り裂いたサーベルがからん、と戦場と化していた甲板へと落ちる。顎への一撃で脳が揺らされた為か、必死に自らの意識を繋ぎ止め様とする男を横目に、クロが血と再生の青い炎を纏ったマルコを、見た。

それが、合図。
視界にチラつく青に混ざる赤に、今まで止めていた感情が一気に膨れ上がり、ダムを決壊させる瞬間を、皆は目の当たりにした。

「てめぇ…俺のマルコに…っ」
「ひ…!」

必死に近くに落ちたであろうサーベルを手探りで探す男であったが、それは見つかるはずも無い。何故なら、そのサーベルはクロの手によって男の胸元に、深く突き刺さっていたのだから。口からごぽ、と生温かい液体が溢れた自分の状況を把握しようとした時、次に飛んできたのは鋭い鳥の爪。弾丸よりも鋭いそれは、無抵抗な眉間に突き刺さり、一つ、大きな体の動きを起こした男は当然の様に事が切れ、動かなくなる。

しかし、それで終わるほどクロの感情は甘いものではなかった。完全に絶命をした男へと振り下ろされる怒りの鉄槌は信じられないほど重く、正に死してなおも繰り返される拷問。人として形さえも残せはしない。それは神が下した裁きだと言いたいのか、神に遣える八咫烏姿のクロは血のシャワーを浴びながら、無惨にもその行為を繰り返した。

「クロ!」

その行為を止めさせたのはほかでもない。クロの後ろで呆然としていたマルコだった。半獣化した足にしがみついたマルコは、自分のせいで行われた行為を止める為に必死で、精一杯の力で自分の弟を繋ぎ止める。足に感じた知り尽くした体温に我に返ったクロは、そっと、自分の足下にいるマルコへと視線を落とす。その瞳は先ほどまでに怒りは映っておらず、映るのは間違いなく大好きな人間を見る優しいもの。

「俺は大丈夫だからねい…だから、もう止めろよい」
「マルコ…ん、マルコがそう言うなら止めるよい」

にこ、と血塗られた顔面で笑顔を作り出したクロは、しゃがみ込んで
自分にしがみつくマルコを自分の腕の中に収める。感じた互いの心臓の鼓動にやっといつもが訪れたと胸を撫で下ろすマルコ、とクロ。戦火の中、こんな悠長な事をしている暇など普通は無いが、クロの側に転がる人間だったものは、囲んだ敵の戦闘心を萎えさせるには十分過ぎた。

そんな二人の元に近づく影は、弱々しく、それでいて怯えを纏っていた。

「マルコ、隊長」
「お前さん…」
「…誰だよい、お前」
「俺、は…」
「俺のとこの隊員だよい」

まるで当然の様にその青年を紹介するマルコの姿は、クロにとって腹立たしい事でしか無い。二人の空間入り込む完全なる異物。その存在と、自分の腕の中へといるマルコとの数少ないやりとりにクロは全てを察する。
マルコはこの隊員であるこの男を助けようとして怪我を負ったのだ、と。自分と違い、マルコは他のクルーに信用されており、今では立派な一番隊の隊長なのだ。しかし、その肩書きへとクロが完全なる拒絶を表しているのはまた有名な話。マルコは責任感があり、優しい。そしてこの能力は彼の優しい性格をそのまま写すことの出来る自己犠牲に近いものが起こせるのだ。

ましてや隊長となった今、隊員を守らねばならないと言う使命はより一層強さを増すに違いない。だから、優しい君をずっと守ってきたと言うのに。

「足手まといが…」
「え…」
「てめぇさえいなければマルコはこんな目に遭わずに済んだんだよいっ!」
「クロ!止めろよい!俺は平気…」
「…マルコは優しいねい」
「クロ、あの…」
「だから俺が、守るよい」

邪魔者を排除して。マルコが傷つかない世界の為に。二人だけの世界を、守るから。それが例え、側にいる奴でも。

甲板に刺さった血塗れのサーベルをクロが手にし、それを躊躇い無く隊員に向かい振り下ろした瞬間、それを防ぐように一本のサーベルが目の前に現れる。正に息を呑む間も与えない、あっと言う間の出来事。戦いの名残で服が血や泥で汚れていたが、そんな姿が勇ましさを修飾している様で、思わず周りの面々は息を呑んだ。その、もう一人の隊長の姿に。

「サッチか、…退け」
「こんな状況で退け、って言われて退く馬鹿がどこにいる。それに仲間殺しは大罪だ」
「は!仲間だの家族だの馬鹿みてぇだよい。俺はそいつを仲間とも家族とも思って無い。ただの邪魔者だよい」
「クロ…」
「俺たちの世界には、誰もいらない。誰も入らせない。この船はあくまでマルコを安全に生活させる為の鳥かご。無駄な馴れ合いは望んで無いんだよい」
「それはお前だけだろっ!」
「マルコだって同じだよい!な、そうだろい、マルコ」
「え、あ、…ん」

これ以上クロを刺激しない為なのか、こくん、と小さく頷いたマルコは申し訳なさそうにサッチと、サッチに守られている隊員へと目配せをする。これ以上、クロを刺激するのは止めて欲しい、と。
サッチもこれ以上、身内での争いを行いたくは無い。それに大人しく応じたサッチは自らが先に刃を降ろすことによってこの無意味な対立を終わらせることとした。

「…さっきこの船の船長を親父が倒した。この戦いは終わりだ」
「そうかい。…まあ、今日のところは許してやるよい」

その言葉通り、自分の物では無いサーベルを無造作に放ったクロは、自分の近くにしゃがみ込むマルコの手を取ると、愛おしげな口づけを額に落とす。時間と、隙さえあればマルコを愛でるクロの行為は端から見れば兄弟のじゃれあいに見えるかも知れないが、今のサッチからしてみればそれは歪んだ愛情を示す行為。

ーマルコの優しさに甘えてるのはどっちだよ…

ち、と舌打ちを重ねたサッチは、自分の半歩後ろに位置を置く青年に声を向けた。真剣な、低い忠告の声を。

「おい」
「え…」
「しばらくは古株の誰かにくっついてろ。あとクロとも極力目を合わせるな」
「サッチ、隊長」
「クロは、本気で殺る。例え家族でも、マルコの為なら…そういう男だ」

よく覚えておけ。
そう付け足したサッチは怯えきった青年の肩を抱き、船へと向かうのだった。あの、黒と青の番鳥を追いかけるように。

*****

明日の朝食の下拵えが早めに済んだ為、部屋に戻る前に少しだけ甲板に出てみたが、そこに吹く風は思った以上に気持ち良く、室温に馴染んだ肌の体温をすぅ、と通り抜ける。無意識に漏れた吐息に乗せた感情は多分、安堵と不安。矛盾する二つの原因は分かっている。あの、兄弟だ。

「サッチ?」

その時、サッチの鼓膜を擽ったのは優しい雰囲気の双子の片割れの声だ。闇夜に浮かぶ金色の髪と、昼間の青空を連想させる綺麗な眼色は思わず誰もが見取れてしまう程で、きっとサッチで無くても目を奪われる。最も、そんな事がクロにバレれば自分の命が危ないが。

「マルコ。どうした」
「ん、風呂上がりだよい」
「そうか。髪はしっかり拭けよ」
「分かってるよい」

肩竦め、サッチの隣に位置を置いたマルコは肩にかけたタオルで髪を拭きながらサッチ同様重い息を吐く。
サッチがこの双子を心配している様に、マルコもまた家族の事を心配しているのだ。自分たちの存在が、自分の好きな家族に迷惑をかけているのではないか、と。それが彼の優しさであり、クロに守りたいと言う気を起こさせる原因だ。

「…今日は本当にごめんよい」
「ああ、クロのことか?もう慣れたよ」
「サッチ、あの…」

マルコが置いた少しの間は何の意味を示すというのだろうか。何も言わず、マルコの言葉を待つサッチを横目にマルコは、再びゆっくりと口を開いた。

「俺達、船を下りようと思うんだい」
「……」
「こう言うのもなんだけどねい、クロは本当にこの世界が嫌いなんだよい。俺とクロ以外の人間はみんながいらない存在で、自分達の世界には自分達しかいらない。そう思ってるんだよい」
「知ってる」

何度も聞いてきたクロの言葉。
ずっと一緒だった双子は二人で一人。その能力故に嫌われ、そして邪な心を持つ者に好かれ、支えてきた二人はいつの間にか自分達の世界を作り上げていた。マルコも昔は自分達の世界には誰も入らせなかったが、今はこうして皆ととけ込んで楽しい世界に居座っている。なら、もう片方の彼の世界はずっとこのままで良いのだろうか。

「ダメだ」
「え…?」
「…ここでお前等が二人で出ていったらどうなる?また二人の世界で暮らすのか?」
「それは…」
「お前は出られただろ?二人の世界から!だったら次は、アイツの番、だろ?」
「サッチ…」

このままじゃいけない事はクロの側にいるマルコが一番良くわかっている。でも、自分では結局何も出来なくて、どうしたら良いのか分からなくて、だからその最終手段は周りに迷惑をかけない様に、また二人の世界を作ること。最終手段なんてかっこ良く言ってはいるが所詮はただの逃げ。
そんな運命に立ち向かっていく勇気は自分には無い。だから、マルコはサッチの言葉が胸に痛くて、それでいて甘えと思いながらも、彼に甘えてしまいたくなる。自分ではどうにも出来ない運命でも、目の前の彼ならなんとかしてくれるのでは無いかと言うどこか甘い現実が。

「サッチは強いねい。…俺も、サッチくらい強かったら、クロに迷惑かけなくて済むのかい」
「どうだろうな。お前はその分優しいから」
「サッチだって優しいよい」
「そうか?ははは!」
「なあ、サッチ」
「ん?」
「サッチに、お願いがあるんだよい」
「…お願い?」

にこ、と力無く笑ったマルコの表情は自分の無力さを悲しむものと同時に、それに縋るしか術が無い様な、一生懸命さを映したものだった。

[ 12/24 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -