しげるは海から浜へ出て、市川から貰った薬を飲みました。

『この薬を飲めば人間の脚になることはできる。但し、一歩また一歩と歩くたびに脚はナイフで抉られるような痛みが走るぞ』
『それから相手が誰かと結婚してしまったら、おまえは人魚に戻ることはおろか生きることすらできなくなる…海の泡となるのだ』
『…それでもいいというなら、対価としておまえの声を貰おう』

薬を飲むととたんに尾びれが光に包まれ、人間の下半身に姿を変えました。
しげるは物珍しそうに自分の脚を眺めるとそろりと立ち上がります。が、間髪入れずに脚に激痛が走りました。

(これがあのじじいの言っていたことか)
(いい、なんだっていい…俺はあの人を見つける)

とりあえず人が住んでいそうなところに行こう、としげるは痛む脚で立ち上がりました。一歩ずつ進むたびに脚は尋常でない痛みを訴えてきます。痛みを我慢したにしても、出来たばかりの脚ではしげるはまだ思うように動けませんでした。歩いては膝から崩れ落ち、また立ち上がって歩いては崩れ落ちを繰り返して浜辺の森を進んでいると、人間の影が見えました。しげるは警戒して、木の幹に身体を寄せて座ります。

「あれ…君、こんなところでどうしたの?」

人間はこちらにやって来ました。その人間はしげるとさほど変わらないような背格好をしていて、綺麗な目をした少年でした。
声を奪われたしげるは、その問いに答えることができません。

「あっ、白髪の子…王子が確か探してた、」

少年はしげるにゆっくりと近づき、しゃがんでしげるに目線をあわせてきました。
少年はにっこりとわらって、しげるに話しかけます。

「君をね、うちの王子が探しているんだ。立てる? 一緒においで」

王子が?と、しげるは首をかしげました。

「えーっと…異国の子なのかな、王子がわからないとなると…。そもそも面識なければ探したりしないと思うんだけどな。王子、見たことない? 黒くて少し長めの髪で、うーん、眉毛が太め?」

俺も王子のこと言えないか、と彼は苦笑しながら付け足しました。
しげるはその人相を頭で思い浮かべます。――王子があの人間である可能性は、十分ありました。
しげるはうなずいて、ふらふらとその場に立ち上がります。

(なんでずぶ濡れでしかも下穿いてないんだろう…)

少年は色々思うところはありましたがあえてしげるに訊かず、しげるを出来るだけ目立たぬように、休み休み歩いてお城に連れていきました。
しげるは一度も、少年に痛みを訴えませんでした。

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