[残すもの A]

「…流石、忍一と称される速さですね。御見逸れしました」

自身に跨った状態で喉元にクナイを突きつけられる。
その言葉通り、今まで自分が戦って来たどの忍よりも速い。
自分もそれなりに死線を越え経験を積んで来たが、千手一族を柱間殿と率いているだけあって忍としての強さも群を抜いている。

扉間殿の言葉を聞く限り自分の事を以前から知っていたという事は分かったが、そんな人が何故自分と戦いたいと思ったのだろうか。
戦うのならば力関係を考えても柱間殿と修業した方が効率が良いだろうし、自分よりも強い人はいくらでも居る。
だけど、戦っている時の扉間殿の顔を思い出しても、ただ退屈しのぎに戦いたいという様な感じではなく、とても真剣な表情をしていた。
今だって真っ直ぐこちらを見下ろす視線は相変わらず真剣なもので、強さ関係なく自分を一人の忍として見てくれている。
それが少しくすぐったくて、とても不思議な感じだった。

小さく笑う自分を不思議そうに見つめる扉間殿の顔は先程までの真剣な表情とは打って変わり、いつもの顔へと変わっていた。
その後すぐにクナイを収め、手を引かれ身体を起こされる。
戦っている時とはまた違う優しい手付きで触れられ、少し戸惑う。

「…?どうした?」

その行動をじっと見つめてしまい、それに気付く様に声を掛けられる。
こんな風に気遣ってくれるし、この一週間彼を見て来て今まで色々な人から聞いていた印象は随分と変わった。

この兄弟は世間からはうちは一族と対等に戦える者として口々に恐ろしいと言われているけれど、柱間殿も扉間殿もその本質はとても優しい。
確かに戦っている姿を見れば、その気迫に気圧されする事もあるが、終わってしまえばそれも嘘の様に消え、いつもの扉間殿に戻る。
これが本物の戦場ならばまた違うのだろうが、それも彼の持つ内面の一つなのだろう。
身体に付いた埃を払いながら何でもないと返せば、今度は逆にこちらをじっと見つめられる。
その視線にさっき言われた言葉を同じ様に返せば、無言のまま腕を取られる。
扉間殿の視線の先を見てみれば、腕から血が少し滴っていた。

「…さっきのクナイが擦ったか」

「え?あぁ、そうみたいですね。これぐらいいつもの事ですからお気になさらないで下さい」

傷もそこまで深くないし、放っておけばじきに血も止まるだろう。
親指で血を拭き取り身なりを整え、薬草の入った籠を取ろうと腕を伸ばせば、またさっきと同じ様に手を引かれる。
思いのほか強く手を引かれたようで、扉間殿の方へと一歩足が出る。
何事かと思い声を発そうとしたら、反対側の手が傷口へと伸びるのが目に入る。
傷口にそっと掌が添えられたかと思えば、そこから柔らかな光が生まれた。

それからあっという間に傷は治り、傷跡も無く元通りになっていた。
まさか医療忍術を使えるとは思ってもいなかった。
治してくれた事に対しすぐにお礼を言えば、思ってもいなかった言葉を掛けられる。

「ワシが付けた傷が残るのは気に食わん」

「…気に食わない、ですか?」

言われた言葉を復唱してみるが、よく意味が分からない。
治してもらった傷を見つめた後に扉間殿の方へと視線を移すが、ただじっとこちらを見つめているだけで何も言わないから、自分も何を言ったら良いのか分からなくなる。
忍が傷を負う事は普通の事だし、修業や実戦でも大小なり様々な傷を受ける。
それは扉間殿も分かっている筈だが、さっきの言葉をもう一度よく考えてみても「自分に傷を付けたくない」と言われているようで何だか凄くくすぐったい。

以前、柱間殿に修業をつけて頂いた時も今回の様に傷を負い、同様に治してもらった。
その時は「傷が残るのは嫌だろう」と言われた。
言い方は違うが、二人とも自分の事を思い治してくれたのかと思うと、この兄弟は本当によく似ているし優しい。
そう思ったら、さっきの言葉の意味も納得出来る。

「本当にあなた方御兄弟はよく似ていらっしゃる。以前、柱間殿に修業をつけて頂いた時にも傷が残るのは嫌だろうと言われ、こんな風に治して頂きました」

もう数ヶ月の前の出来事だけど、今でもよく覚えている。
修業をしている時は普段の朗らかな雰囲気などどこにもなく真剣そのものなのに、いざ修業が終わってしまえば、いつもの優しい柱間殿に戻る。
見た目も性格も全然違うけれど、こういう所がこの兄弟の良い所であり、似ているところなのだろう。
殺伐としたこんな時代だからこそ、その優しさを感じる事が出来るのはとても嬉しい。
そう思った事をそのまま伝えれば、少しの間の後に小さく溜息が聞こえた。

「ふふ、柱間殿も扉間殿も心配し過ぎです。私も忍びの端くれですから、これぐらいの傷なら平気ですよ」

「兄者は特に女子供に弱いから分からんでもないが…、ワシは少し違うな。ワシは忍であるのならば敵対する人物が女子供だろうと容赦はせん。
それに、受けた傷をいちいち全て治していては切りがない」

真っ直ぐ言葉を濁す事無くそう言われだが、それを酷いなどとは思わない。
一度武器を持ち戦場に立てば命の奪い合いが始まる。
忍になるという事はそういう事だ。
万が一に手加減でもしたら確実にこちらが殺されてしまう。

扉間殿の言う通り、医療忍術で傷を治すにも限りがあるし、全ての仲間を治せる訳じゃない。
それに、医療忍術を扱える忍は少ない上に真っ先に敵の標的になる。
医療忍者を倒せば戦況が大きく変わる事もあるのだから。
この兄弟の様に特別に強いのならば問題は無いが、そう簡単な事ではない。

扉間殿の考えや言動はいつも合理的で理に適っている。
些か情にもろい柱間殿と対になるような存在だ。
だからこそ、一番に柱間殿を理解し支えられるのかと思ったら少し羨ましくなった。

「…が、やはりお前にワシが付けた傷が残るのは気に食わんからな。それとこれとは話は別だ」

今までの言葉を聞いて扉間殿は、御自分と柱間殿とは物事の考え方が違うと明確に言った。
自分も扉間殿の考えに共感出来るからこそ、再び言われたその言葉の意味が分からず困惑してしまう。
扉間殿は以前から自分の事を知っていたようだが、こうして話すようになったのは一週間前からだ。
いくら自分が柱間殿と知り合いだったと言っても、扉間殿とは初めて会ったばかりで、そこまで親切にされる程自分は扉間殿に何もしていない。
自分はこんな風に傷を治してもらったり、万が一の為に寺に何日も滞在してもらっているにも関わらずだ。
そう思ったら、申し訳ない気持ちが胸いっぱいに広がっていった。

***

名無しの様子を見る限り、自分の言葉の意図には全く気付いていない。
どうせ、兄者の知り合いなどという理由で、ただの親切で治したと思っているのだろう。
今だって的外れな事を考えているのは手に取るように分かる。

自分でも回りくどい言い方をしたとは思ったが、知り合って間もない男に好きだと言われても困るのは名無しの方だ。
性に合わない事をしていると分かってはいるが、このまま何の関係もないまま名無しと別れる事はしたくなかった。
この一週間名無しと関わり合いを持つようになり、共に過ごす時間の中での居心地の良さを感じた。
初めてその姿を見た時から惹かれ、偶然が重なり今こうして一緒に居る。
例えその偶然から生まれた関係でも、この繋がりをこのまま切る事など有り得ないし、そんな馬鹿げた事はしない。

申し訳なさそうな顔をしている名無しの頭を撫でながら気にするなと言えば、少し困ったように笑う名無しの顔をじっと見つめる。
自分の事を兄者の弟、千手扉間としてしか見ていない事は百も承知。
それに、もしかしたらもう誰か心に決めた人間がいるかもしれないが、今はまだ何も分からぬ以上、名無しを諦める理由は無い。

名無しに対して感じる気持ちは今までに体験した出来事の中でも強く心に残る。
大切にしたいと思うし、もっと一緒に居て欲しいと思う。

「またこの寺に来てもいいか?」

「ええ、いつでもお好きな時にいらして下さい。お待ちしております」

「…そうか。なら今度は美味い茶菓子でも用意していこう」

約束とは言えない様な他愛の無い会話をしながら本堂への道を歩く途中も相変わらずの笑顔を向けられる。
勿論、この会話の意図にも気付いておらず、社交辞令のようなものだと思っているのだろう。
男女間の好意に関しては些か疎い気もするが、下手に鋭い女よりはずっと良い。

自分に向けられるこの顔は兄者や寺の者達に向けられるものと同じだが、今はそれでも構わない。
まだ何の変哲も無い関係だが、こうして繋がりが出来た。
この繋がりが弱くなるのか強くなるのかは分からないが、良い方向へと進めるよう出来る限りの事はしようと思う。
恐らく明日中にはここを発つだろう。
次にいつ会えるのかも、いつ己の身が朽ちるかも分からないこの時代だからこそ、名無しに会う事が出来る時間を大切にしたい。

(…ワシも随分と丸くなったものだな)

自分の言葉に苦笑いを浮かべながらも、これから先の事を考えると少しばかり顔が緩むのを感じる。
隣を歩く名無しの髪が風になびく度に触れたい気持ちが溢れるが、ここは待つのが男だろう。
急がずとも、ゆっくり自分を知ってくれれば良い。
そして、叶う事なら自分と同じ気持ちを持ってもらいたい。
そう胸に思いながらもう一度名無しの名前を呼ぶ。

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