[追いかけっこ]

「柱間様、扉間様どこにいらっしゃるか知りませんか?」

目的の人物を探して歩いていたら、外で子供達と遊んでいた柱間様を見つけた。
最近は戦争の依頼も減り、少しだけ平穏な日々が続いていた。
周りにはこういう時ぐらいゆっくりしていてくれと言われているらしいが、柱間様はいつも通り修業をしたり、一族の子供達と遊んでいる。
それは見ていてとても微笑ましく柱間様らしいと言えばそうだが、少し心配になる。
若くして一族の長を任され、数多くの戦に出陣している柱間様はその重圧を感じさせない程に穏やかで優しい。
弱音を吐く姿なんて見た事が無いし、いつも勇ましくとにかくとても凄い人だ。

「ん、名無しか。扉間なら今は猿飛一族の元に行っておるから夕方には戻ると思うぞ。それはそうと、扉間とはどうだ?少しは進展したか?」

そう言いながらこちらの方へと歩いて来る柱間様の顔はとても楽しそうで、さっき子供達と遊んでいた時の顔とはまた少し違う顔だ。
柱間様は自分が扉間様に憧れている事も好意を抱いている事も知っている。
だから、たまにこんな風に冗談交じりにからかわれる事がある。
その言葉に少しだけ口を尖らせれば、またいつもの笑い声が聞こえてきた。

扉間様の事はもうずっと昔から見ていた。
剣術、柔術、忍術どれをとっても凄くて格好良くて、特に剣術と幻術は一族の中でも群を抜いていた。
小さい頃はただ憧れの様なものだったけど、いつの間にかその憧れが恋に変わっていった。
そんな自分の気持ちに気付いてからはあっという間で、事ある毎に態度や言葉で好きだという事を伝えて来た。

だけど、実際には全く伝わっておらず、いつも適当にあしらわれるのが現状だ。
冗談だと思われているのか、それともただ子供扱いされているのかは分からないけど、自分だってもう二十を過ぎた女だ。
流石にここまであしらわれると自分の魅力の無さに虚しくもなる。

「進展も何も扉間様ったら私に全然興味無いんですよ。絶対に私の事女として見てませんよ」

確かに自分は扉間様が一緒に歩いている女性の様に大人の女らしい色気がある訳でも、飛び抜けて美人でも無い。
そんな事は昔から分かってはいるけれど、この魅力のかけらも無い身体をこれ程恨んだ事はない。

自分の言った言葉に一人不貞腐れていると相変わらずの笑い声が耳に響いた。
そんな自分に柱間様は気にし過ぎだと言うけれど、気分は浮かないままだ。
だけど、振り向いてくれないからと言って諦められるものじゃない。
好きなものは好きだから仕方が無い。
諦め切れるものならとうの昔に諦めている。
それでも諦められないから困るのだ。

「なぁ名無しよ。一つオレの案に付き合わんか?」

「案、ですか?」

「良い案があってな。きっと上手く行く筈ぞ」

思ってもいなかった柱間様の言葉に少し驚く。
そう言う柱間様の顔はとても楽しそうで、すぐに何かを企んでいるのだと気付く。
かくいう自分も、そんな柱間様の提案に今の状況が少しでも変わるのであれば何であろうとも試してみたいと思う。
自信満々に言う柱間様の言葉に頷けば、いつもの笑顔で頭を撫でられた後、子供同士の内緒話の様にその内容を楽しげに話して下さった。

***

あの日以来、柱間様とは時間が合えば以前にも増してよく話をするようになった。
話の内容と言っても扉間様の事や修業の事、子供達の事といった本当に日常にある些細な事だった。
それでも、柱間様と話をするのは楽しいし、自分の為に貴重な時間を割いてくれているのかと申し訳なく思うが、内心とても嬉しく思う。

人は追いかけられれば逃げるものだと言う柱間様の自論に諭され、今までの行動を出来るだけ控え、極力他の事に興味を向ける事にした。
勿論、その姿を見掛ければ声を掛けてしまうが、なるべく自分の気持ちを抑えるよう努力した。
そのお陰か、今まで扉間様一辺倒だった生活も少しだけ変わった様な気がした。
前よりも周りが見える様になったり、気持ちにも余裕が持てるようになった。
自分で言うのも変だが、少しは大人の女性としての振る舞いが出来るようになったと思う。

「くく、そろそろ頃合いかの」

「?どうかしましたか?」

「ん、気にするな。それより、今日はオレのとっておきの術を授けようぞ」

そう言うなり、素早く印を結ぶ柱間様。
そしてその次の瞬間、目の前には豊満な身体が目を惹く綺麗な女性が立っていた。
一瞬、何が起こったのか分からなかったが、目の前の人物は熱心に術の効果などを話していた。

術の名は「お色気の術」というものらしい。
その名の通り、女の色気を武器にした術。
だが、女である自分が色気のある女に変化すると言う事は、自分の色気の無さを認める様なものだ。
それはそれで悔しい。
そんな自分の顔を見るなり楽しそうに笑う柱間様に拗ねた目線を送れば「これも作戦の内だ」と笑いながら言われた。
それから術のポイントや使い所などを事細かく教わった。

「うむ。では名無しよ、次の作戦ぞ」

術の伝授が一通り終わった後、いつぞやと同じ様に耳元でその作戦内容を話して下さった。
自分の思う魅力的な女性に変化し扉間様に迫ってみろと。
その柱間様の提案に苦笑いを浮かべつつも、ここまで自分に付き合って下さった柱間様の御好意を無碍にする事も出来ず、その言葉に小さく頷く。

***

あれから柱間様と別れ、あまり気分が浮かないまま屋敷まで来ていた。
柱間様は屋敷の人には自分の事を伝えておくから、自由に入ると良いと言われたが、思う様に足は進まない。

正直、今までも何度か扉間様に冗談半分やちょっとした悪戯心で迫った事はあったけれど、一度たりとも自分に触れるどころか見向きもされなかった。
年齢だってそうは離れていない筈なのに、いつも大人びていて冷静沈着な扉間様との間にある全然縮まらない距離に落ち込む事だって何度もあった。
本当は今だって少し怖い。
好きな気持ちが強ければ強い程、近付けない。
柱間様は自分を卑下してはいけないと言うけれど、一人になるとどうしても考えてしまう。

そんな事をぼんやりと考えながら歩いていれば、いつの間にか目的の場所まで来ていた。
一瞬、声を掛けるか戸惑ったが、ここまで来たのならば何もせずに帰るのも勿体無い様な気がして、意を決していつもの声色で恋しい人の名前を呼ぶ。
勿論、柱間様に教わった術も忘れずに。

「扉間様、名無しです!今、お時間よろしいですか?」

そう声を掛ければ、少しの間の後に立ち上がる音が聞こえた。
きっと、障子の向こうでは自分の突然の訪問に対して溜息を付いているだろう。
そんな扉間様の姿が容易に想像出来、少しだけ笑ってしまった。

***

「…あ、あれ…。ダメ、でした?」

抱き付いていた腕の力を緩め、窺う様に控えめにそう問えば、大きな溜息が吐き出される。
そして、その後すぐに「兄者の差金か」と確信を持った言葉を掛けられた。
ここまで知られてしまったのならば、これ以上このままの状態で居たとしても無意味だろう。
そのまま名残惜しさを感じながらも身体を離し、変化を解こうと印を結べば、無言のまま指を掴まれる。

「もう少し身体を引き締めて、全体的に細くしてみろ」

思ってもいなかった扉間様の言葉に驚きつつ、しどろもどろながらも言われた通りに変化する。
それから少ししてようやく納得する出来になったのか、心なしか満足そうにしている扉間様の顔があった。
そんな滅多に見る事のない扉間様の表情に少し動揺する。
その動揺から気を逸らす様に別の事を考える。
扉間様の満足そうな様子を見る限り、好みの女性に上手く変化する事が出来たのだろう。

それならばと思い、そのまま先程と同じ様に抱き付き、なけなしの色気を絞り出す様に言葉と態度でいつもの様に迫る。
そんな自分の様子を無言のまま見つめる視線にどんな意味があるのかは分からないけれど、ここで止める訳にもいかない。
二人きりになれる事なんて滅多にないし、こんな風に触れる事ももう随分と久しぶりだった。
そんな事を考えていたら、無意識に扉間様の顔へと手が伸びる。

「…扉間様?」

「どうやらお前は何も分かっていない様だな」

伸ばそうとしていた手は掴まれ、逆に自身の顔に扉間様の手が伸びる。
そんな突然の行動に勝手に身体が強張る。
勿論怖い訳じゃない。
ただ、今の今まで一度たりとも扉間様から触れられた事なんて無かったから、驚きよりも寧ろ戸惑いの方が強かった。
それに、その言葉の意味も良く分からない。

いつもとは違う扉間様に自分でも無意識の内に後ずさってしまったのか、掴まれた手に少しだけ力が込められる。
そんな自分の様子に気付く様にゆっくりと口角が持ち上げられる。
初めて見るその表情はとても色っぽくて、薄っすらと細められた瞳から視線が逸らせない。
精悍な表情が緩められるのを目の前にして、心臓の音だけがうるさいぐらいに耳に響く。

扉間様の様子がいつもと違うのは、これが自分の本当の姿じゃないから。
だから、触れて来る。
混乱する頭を無理矢理に動かしてそう判断するや否や、動かす事の出来る手で急いで印を結び術を解いた。

***

どうしてこうなったのかなんて分からない。
結局あのまま扉間様に組み敷かれ、数え切れない程の口付けを落とされている。
今まで長い間ずっと恋い慕っていた人に触れられて口付けを落とされて嫌な筈がないし、正直すごく嬉しい。
だけど、扉間様の真意が分からない。
術だって解いたし、扉間様が自分に口付けする理由なんて無いのに、この行為が止まる様子は感じられない。

肌に感じるひんやりとした感触に声が漏れそうになるのを抑える様に、空いている手で自身の服をきつく握る。
そんな自分の行動に扉間様が気付かぬ筈も無く、解く様に指を絡め取られる。
初めて繋がれた手は自分の思っていた以上に優しくて、馬鹿みたいな勘違いをしてしまいそうになる。
そんな馬鹿みたいな考えを打ち消すかのように、口付けの合間にどうにか声を絞り出す。

「あ、の…」

出た声は小さかったが、その声に反応するかの様に顔を上げた扉間様と至近距離で視線が合う。
何かを言う訳でもなく、ただじっとこちらを見つめてくる視線に耐え切れずに目を伏せる。
本当は止めて欲しくない。
だけど、これがいつもとは違う夜の一時の気の迷いだったとしたら、それこそ虚しいだけだ。
今までも自分から迫った事は何度もあった。
でも、それは「扉間様は自分なんて相手にしない」そう自嘲的な思いがあったから。
扉間様が自分に手を出す事は絶対に有り得ないって思ってた。
だから、どうしてこんな事になったのか本当に分からなかった。

その真意を確かめたくて声を出そうと小さく口を開くが、言葉は上手く出て来てはくれなかった。

***

何かを言いたげに口を開く名無しの顔をじっと見つめる。
今、名無しが何を考えているかなんて考えなくても分かる。
兄者に嵌められたのは癪だが、こんな名無しを見るのも悪くは無い。

自分を好きだと言う割に、兄者に対しても自分と同じ様に好きだと言う様になったのがひと月程前。
最初は静かになったとしか思っていなかったが、兄者に懐く名無しの顔はやけに楽しそうで、自分に見せていた時の顔とはまた少し違ったものだった。
その頃から自分に対する態度も前とは違うものになった。
そのせいだろうか。
日常的にあったものが急になくなってしまい、どこかぽっかりと穴が開いた様な気分だった。
静かになり喜ばしい筈なのに、何か物足りない。
そう頭で考え始めてしまえば、自然と意識は名無しへと注がれる様になった。

兄者に嵌められたのだと気付いたのは、部屋に来た名無しの姿と行動を見た時だった。
その姿は以前、新しい術を開発したと楽しそうに言っていた兄者が使った術と同じもので、その姿を見た瞬間、頭を抱えそうになった。

名無しが自分の事を兄者に相談していた事は知っていた。
大方、今回の件も兄者にそそのかされた部分もあったのだろう。
今までの名無しだったらわざわざ変化までして迫って来る様な事はしないし、ましてや自己主張の強い名無しが己の意志で他人に変化するとは思えなかった。

(…まぁ、それで気付いたのだがな)

変化した名無しの姿はいつものものとは違い、いつも自分に近寄って来るような女の姿をしていた。
表情には面影があり声は名無しのものだが、いつもの姿とは随分と違っていた。
名無しなりに考えた姿なのだろうが、どこか違う。
その後は上手く言葉を使い、名無しオリジナルの姿に近いものへと変えていった。

自分はどうやらこちらの姿の方が好みなのだと気付いたのがその時だ。
この姿で自分を好きだと言う名無しの方が良い。
素直にそう思った。
兄者も最初からこうなる事を予想し名無しに術を教えたのかと思うと、自分の兄ながら侮れない。
それからは以前の様に、身体全体を使いその感情を表わすかの様に自分を好きだと言った。
聞き慣れていた筈の言葉なのに、不思議と真新しいものに感じた。

口ごもる名無しの言葉を待たずに首筋や鎖骨に唇を寄せれば焦った様な声が頭上から聞こえるが、気にせず行為を進める。
それから少しして様子を窺おうと顔を上げれば、相変わらずの戸惑った表情が目に入る。
このままこの表情を見るのも一興だが、折角良い気分なのだ。
名無しの本意ではないにしろ、兄者と共謀していた分の仕返しはきっちりとさせてもらうが、たまには自分から気持ちを伝えるのも良いだろう。

「わっ!と、扉間様…!?」

組み敷いた状態から身体を起こし、胡座をかいている自身の上に向き合う様に座らせる。
座らせたまま見下ろす様に顔を合わせれば、先程の戸惑った表情とは打って変わり、驚き一色の表情に変わっていった。
こちらの行動に逐一良い反応を見せる名無しが妙に愛らしく見える。
その反応が面白く、今度は額に口付けを落とせば、どうしたら良いのか分からないのだろう。
瞳を大きく開いたまま固まっていた。

こうも予想通りの反応を見せる名無しにちょっとした加虐心が生まれるが、どうにかそれを抑えつつ名前を呼び、好きだと告げる。

「…な、何かの御冗談でしょうか…」

「ワシが冗談でこんな事をすると思うか?」

暫しの沈黙の後、絞り出すような声でそう言う名無しにすぐさま言葉を返せば、信じられないと言う様な表情へと変わる。
名無しのそんな姿を見ると、今までのお転婆な態度が嘘の様に思えて来る。
俯く顔を上げさせ視線を合わせれば、頬には少し赤みが差しており、やけに色っぽく見える。
こちらを見つめて来るその表情が堪らない。

返事は聞くまでも無いし、これ以上待つのももう止めだ。
多少強引ではあったが、これで名無しの不安も消えただろう。
ゆっくり頭を撫でてやれば少しだけ緊張が解けたのか、小さな声だったがはっきりと「好きです」と聞こえた。
返事を聞くつもりはなかったが、やはり好きだと言われるのは気分が良い。
ましてや、こういう雰囲気の時に言われると気分も上がる。

「これでワシ等も晴れて恋仲同士になった訳だが…、まだ少し問題が残ってるな」

名無しの言葉に返す様にそう言えば、何の事を言っているのか分からないのだろう。
また少しだけ不安そうな表情に変わるが、そんな名無しに構う事無くそのまま先程と同じ様に後ろに組み敷けば、少しだけ顔が赤くなる。
その表情に口角が上がりそうになるのを抑えつつ、耳元で囁く。

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