[あの頃の私達は、 I]

誰かが何かを話しているがその会話が頭に入ってくる事は無く、まるで自分と他人との間に見えない壁があるかの様に感じる。
何も聞こえない。
今の自分の心を占めるものはかつて兄弟を失った時に感じたものと同じ喪失感。
あまりにも突然過ぎる出来事に言葉が出て来ない。
その場を離れ外へと向かう。
幸いにも誰かに声を掛けられる事もなく、そのまま人気の無い場所まで足早に進む。

名無しの訃報は今朝方、屋敷の方に駆け込んで来たカガミによって知らされた。
涙で瞳を赤く腫らすその姿に一気に血の気が引き、これが現実なのだと嫌でも思い知らされる。
兄者とミトが何かを言っていたが、その時の事は正直あまり覚えてはいない。
もう名無しがこの世には居ない、ただそれだけしか考えられなかった。

ずるずると壁にもたれながらその場に座り込む。
名無しの顔を見る事は出来なかった。
受け入れられない、受け入れたくない自分の弱さに目を背ける。
瞳を閉じてももう名無しの笑った顔を思い出す事が出来ず、もう何もかもが二度と元通りには戻らないという現実が重くのしかかる。
もしあの時、無理にでも名無しに問いただしていたら、何かが変わっていたのだろうか。
時が過ぎ今更だとは分かってはいるが、そう何度も思った。

愛していた。
どれだけ時が経とうとも自分が心から愛しいと思うのは名無しただ一人だけだった。

(…ワシは、今でもお前を…)

父上が亡くなった時にもう二度と泣かないと決めていたが、勝手に流れる涙はそんな決意をいとも簡単に壊していく。
掌で瞳を覆い隠したところで涙が止まる訳ではないが、それでも今はこの世界を見たくなかった。

***

「マダラ、どうして何も言ってくれなかった…。俺だったらもしかしたら名無しを救う事が出来たかもしれなかった…」

「………」

自分と同様に黒衣に身を包んだ友にそう問うが、それに対し答えが返って来る事は無くただ悲痛な思いだけがこの場を支配していた。
里が大きくなるにつれて忙しさに身を任せて行く様になり始めた頃から名無しとゆっくり話をする時間も同様に減ってしまっていた。
名無しも医療施設の管理や後進の育成などで多忙を極め、ほとんど休み無しで動いていた。
いつから病を患っていたのかは定かではないが、常に里を想う名無しの事だ。
病に侵されながらも里の為にその身を削っていたのだろう。

一族の柵に捕らわれる事無く里を想う名無しの心は多くの者達を救って来た。
そしてその心は同じ様に里を想う子供達に受け継がれ、今も消える事無く燃え続けている。
今更嘆いたとして名無しが帰って来る訳ではないが、こんなにも里を想い命を懸けた名無しに何もしてやる事が出来なかった自分がどうしようもなく不甲斐ない。

何かもっと他に方法があったのではないか、そう何度も考えてしまう。

「俺は失敗してばかりだな…。幸せになって欲しい者程、幸せにしてやれない」

「…お前のせいじゃねーだろ」

自分のせいではない、そう言ってくれる優しさに胸が締め付けられる。
マダラが誰よりも何よりも守りたかった名無しはもうこの世には居ない。
たった一人の家族、妹を喪ったその胸中は自分には計り知れない程のものだろう。

「なぁマダラよ。名無しは…、幸せだっただろうか?」

里が一望できる顔岩からどこまでも澄んだ青空を見つめる。
愛するものの為に己を犠牲にする名無しの慈悲深さは敬服に値するものだが、同時に危うさも持ち合わせていた。
己を押し殺し続けてしまう精神の強さも相まってか、名無しが誰かに甘えたり頼ったりする姿を見る事はほとんど無かった。
それがどれ程の重圧だったのか、今となっては知る由もない。

名無しと扉間がその道を違えた時も何か別れなければいけない理由があった事には気付いていたし、それに「一族」という名が深く関わっている事は嫌でも理解していた。
自分は火影である以前に兄として友人として二人の力になりたかったが、それが叶う事はもう決して無い。
あの頃の二人の寂しそうな顔が今でも忘れられず、ずっと心に留まり続けている。

「幸せだったかなんて、そんなの俺にも分かんねーよ。だが…、名無しは最期まで笑って生きた。俺にはそれだけで十分だ」

自分の隣に立ち同じ様に青空に視線を向けるマダラは何を思っているのだろうか。
視線の先には自分達の思いとは裏腹に晴れ渡った青空は美しく雲一つ無かった。
そしてこれ以上自分達が言葉を発する事は無く、ただ時間だけが静かに過ぎて行った。

***

葬儀も終わり参列者が帰路へとつく中、遠くに見慣れた銀髪を見つけ急いでそちらへと足を向ける。

「扉間様…!」

「カガミか。…少し顔色が悪いな」

自分のその声にゆっくりと振り返るその人の表情はいつもの威厳に満ちたものとは違う初めて見る表情だった。
その表情の意味を知っているからこそ、居た堪れない気持ちに苛まれる。
今でも名無し様の事を想い愛し続けている扉間様と最後の最後まで全てを隠し通した名無し様。
全てを一人で抱え込み隠す通す事がどれ程の苦難と自己犠牲を伴うものなのか自分には想像も出来ない。

(あなたが望んだ生き方は本当に正しいものだったのでしょうか?扉間様は今でもこんなにもあなたを愛しているのに…)

もう二度と真実が明るみになる事はない。
ならばせめて、この人の心が少しでも穏やかになる様にそう願わずにはいられなかった。
そんな自分の内にある悲しさを汲み取ったのか、自分を案じ優しい手つきで頭を撫でられる。
不意打ちの様なその行為に一瞬で名無し様との思い出が蘇り、ずっと我慢していた涙が次から次へと溢れ出てくる。
そんな自分に何も言わず、頭を撫で続けてくれる扉間様の事を思うと余計に抑えられなくなる。

「お、れ…、名無し様にもっと生きて欲しかった。もっと、色んな事を教えて欲しかったです…っ」

止めどなく溢れる思いは決して伝えてはいけない言葉まで出て来てしまいそうで怖かった。

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