[あの頃の私達は、 H]

夜風も段々と温かくなり、静かに縁側に腰を下ろし満天の星空を見つめる。
幼い頃、イズナと名無しの三人でこうして星空を眺めた事を思い出し、酷く懐かしい気分になった。

名無しとイズナの墓参りに行ってからふた月が経った。
あの日以来、名無しが外に出歩く回数は減り、以前より床に伏せる頻度が多くなって来ている。
医術の心得のない自分が見てもその病状が芳しくない事は見ていれば分かるし、着々と迫りくる別れの時にどうにもならない焦燥感に苛まれる。

『もってあと、数ヶ月だと思う』

その宣告を受けた時からいつかこんな日が来るだろうという事は分かっていたし、病の事を知ってからは自分なりに覚悟していた筈だった。
それなのに、こんなにも苦しい。
たった一人残った妹さえ幸せにしてやれない。
無情にもただ過ぎて行く時間は残酷で、何もしてやれない自分の無力さにただ絶望感だけが心の奥底から湧き上がって来る。

「…お前まで居なくなったら俺は…」

狂ってしまうのだろうか。
愛する者も守るべき者も居ないこの世界に存在し続ける意味とは。
美しい星空を見ようと里が平和になろうともきっと心が満たされる事は二度とないだろう。

苦しみ、痛み、空しさ。
この世に存在するその因果を断ち切らない限りこの世は地獄のままだ。
拳を握り締めたまま夜空を見つめていたら、ふと、頭に不思議な声が響いた様な気がした。

―うちはの石碑―

そう響いた声にふと、うちは一族に代々伝わる石碑を思い出す。
解読するには瞳力が必要な特別な読み物であり、瞳力の変化により解読出来る範囲も増えていくという特殊なもの。
瞳を閉じ、もう一度その石碑に書かれていた事を思い出す。

「…一つの神が安定を求め陰と陽に分極した。相反する二つは作用し合い森羅万象を得る」

陰と陽、互いに対立する属性を持った二つの存在。
すなわちうちはと千手。
分かれた二つの力が一つに戻った時、真の力を得る。

「…無限月読こそが、うちはの救われる道?本当の、夢…?」

勝者だけ平和だけ愛だけの世界が本当にあるのならば誰も死ぬ事なく、名無しもイズナと幸せに暮らせていたかもしれない。
そして、名無しが死ぬ事もない。
無限月読にこそ自分が求める最善の世界がある。
そして、無限月読こそが唯一残された希望。

まるでおとぎ話の世界の様だが、僅かに見えた光明に少しの希望を見出す。
自分にやれる事はまだ残っているのかもしれない。

***

「本当に…、ありがとう。私、桃華に会えて良かった」

静かに涙を流す親友は何も言わず、ただ自分の手を優しく握る。
起き上がる事すらままならない身体に残された時間はもうあと僅か。
忍として生きた殺伐としていた時とは違う死に対する感情。
大切な人達を遺して逝くという辛さ。

(扉間…)

自分から傷付けて離れておきながら最後の最後で思い出すのは扉間との思い出ばかり。
まだこんなにも愛おしい。
もう二度と叶う事はないけれど、もう一度だけあの声であの表情で名前を呼んで欲しかった。

「…私達は隣の部屋に居るよ。名無し、私も名無しに会えて良かった…。大好きだよ」

そう微笑み部屋を出る桃華と子供達の後姿を見つめる。
不謹慎だが、こんなにも自分を大切にしてくれ泣いてくれる人達が居るという事がとても嬉しい。
視線を移せば小さく嗚咽を漏らしている我が子といつもとは少しだけ雰囲気の違うマダラの姿が目に入る。

「おいで」

マダラに支えられながら身体を起こし、泣きながら駆け寄って来る愛する我が子を抱き締める。
止めどなく溢れる涙はまるでこれが最後だと分かっているかの様で、その姿に胸が張り裂けそうになる。

「悲しかったら泣いてもいい。辛かったら無理に笑わなくてもいい。だけど…、必ず幸せになって」

この子を遺して逝く自分には多くを伝える事は出来ない。
だから、最後にこの言葉だけ。
父親の居ない寂しさを与えてしまった事をどうか許して欲しい。

「一緒に生きてあげられなくて、ごめんね…。でも、私は何があろうともあなたをずっと愛してる」

小さく何度も頷く姿に少しだけ安堵する。
自分達は本当に恵まれている。
信頼出来る人達に囲まれて、今もこうして守られている。
きっと、この子は大丈夫。

ゆっくりと身体を離し、マダラに支えられながらまた横になる。

「…伯父さんと話があるから、少しだけ隣の部屋でカガミ達と待っていてくれる?」

涙を拭いながら頷きそのまま部屋を出る様子を確認し、今度はマダラへと視線を移す。
手を握れば優しく握り返してくれるその手は昔と変わらず優しいまま。
涙が零れそうになるのを必死に堪え、その温かさを噛み締める。

きっとこれが最後だから。
今までたくさんのものを守って来たこの手を自分が救う事は出来ないし、その役目を担うのは自分ではない。
それでも、どんな形でも良いから独りではないと伝わればいい。

「私が死んだらこの眼をマダラに使って欲しい。私は何もしてあげられないけど…、私もイズナみたいに兄さんの力になりたい」

今の自分に出来る事はもう何も無いからこそ、せめてこの眼だけは残したかった。
永遠の万華鏡写輪眼を持つマダラにとって自分の眼が役に立つとは思わないが、それでもイズナがマダラの心を守ったように自分もその心を守りたい。
我慢していたつもりだったのに、ぽろぽろと頬を伝い落ちる涙は止まらない。
大切な人達を遺して逝く事がこんなにも辛いなんてあの時の自分には分からなかった。
明日の命さえままならない自分の運命をこれ程憎んだ事は無い。

「…例え瞳であろうともお前の身体に傷を付ける事はしたくない。それにお前の瞳は我が子に向けるものだ。俺にじゃない」

そう言いながら頭を撫でるマダラの顔は優しくて、また涙が零れ落ちた。

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