[もしも - 瓦間が生きていたら I]

墓石に立向けられている枯れた花を片し、新しい花を手向ける。
ここに来たのは、あの雨の日が初めてだった。
まさか、自分が殺した人間の墓に花を手向ける日が来るなんて夢にも思わなかった。

「…ワシはお前を殺し、お前の愛した女を傷付けた。…さぞかしワシが憎いだろうな」

墓石に刻まれている名前を見つめながらそう呟く。
あの時、同じ様にここで花を手向けた名無しは何を思っていたのだろうか。
今にも消えそうな声で「会いたい」と言った時の名無しの目元は少し赤くなっていて、すぐに泣いていたのだと気付いた。

名無しに惹かれ始めた時からその心の中にはイズナが居た。
それでも、それを分かっていて自分は名無しを好きになった。
瓦間が言った様に、これから先も名無しがイズナの事を忘れる事はないだろう。
そして、イズナに対する想いは決して消える事はない。

「お前はワシを憎むだろうが、ワシはお前が妬ましい。例え名無しがワシを好いてくれたとしても、お前には勝てはしない」

これが自分の本心だ。
情けないだとか格好悪いだとか、もう何も思わなかった。
名無しに対する想いを自制し、伝えなかったのもイズナの存在があったから。
イズナを殺し、名無しから愛する者を奪った後ろめたさも確かにあったが、何よりイズナを妬ましく思う気持ちが自分を一番縛っていた。
最初から手に入らぬと分かっていながら欲するだなんて馬鹿げていると思ったし、自分はそんな馬鹿ではないと思っていた。
だが、名無しが恋仲でない瓦間と関係を持った事を知った時は自分でも馬鹿みたいに嫉妬した。
最初から手に入らないと決めつけて何もしなかった自分と同じ顔を持つ瓦間だからこそ、そう思ったのかもしれない。

兄者に名無しの眼の事を聞かされた時、すぐに後悔した。
何故、もっと早くに行動を起こさなかったのかと。
あの日、名無しの元に首飾りを残した。
マダラならすぐに自分だと気付くだろうし、何も言わずに残した事も自分が贈った事を知られたくない為の行動だと察すると分かっていた。
自分からの贈り物だと分かれば、余計に名無しを悩ませる事ぐらい分かっていたし、治療の妨げになる様な事はしたくなかった。

「だが…、ワシはもう後悔したくないし、これから先もお前を殺した事を後悔するつもりはない。…名無しは貰うぞ」

名無しに会う前にここに来ようと決めていた。
自分の意志を固める為に。

墓石に向かってはっきりと言えば、今まで気付かれぬ様に隠し溜め込んでいた事が馬鹿みたいに思えて来た。
過去に自分達の間に起こった事は消えはしないが、それでも自分は名無しが好きだ。
単純な事だった。
それをわざわざ難しくしてしまった自分に笑いが込み上げて来る。
そのまま墓石に背を向け、ゆっくりとした足取りで歩き始めれば見知った人物が壁にもたれ掛かりながらこちらを見つめていた。

「お前がイズナの墓参りだとはな。どういう風の吹き回しだ?」

「…分かっていて聞いてるのか?」

「さぁな」

壁にもたれ掛かったままそう問うマダラの瞳を見つめ返せば、相変わらず何を考えているのか読み難い表情をしていた。
そう問われるのも無理はないし、ここに来た自分でさえ未だ不思議な気分だ。
マダラは自分の名無しに対する感情に気付いているし、それを知っていてここに居るのだろう。
逆にそう返せば恍けた様な返事を返された。
それから自分と入れ替わる様に墓石の前に立ち、手に持っていた小降りの酒瓶を花の隣に静かに置く姿をじっと見つめる。

「…名無しはイズナと同じ、俺にとって大切な妹だ」

自分がここに来る事にも気付いていたのかどうかは分からないが、マダラも何かしら思う事はあるのだろう。
暫しの沈黙の後、こちらに背を向けたままそう一言。
マダラは戦時中、兄者に敗れる最後の最後までイズナから移植された永遠の万華鏡写輪眼を使い「うちはを守るため」に戦い続けた。
しかし、あの頃のマダラは「守るため」というよりも、ただ内にある憎しみを発散させている様にも見えた。

どうしてそうなってしまったのか、そんな事考えなくても分かる。

「イズナが死に、俺が本当に守りたいと思う人間は名無し一人だけになった。名無しは俺にとって妹であり、イズナの忘れ形見でもある。
少し前からお前達の関係が変わった事ぐらい知っている。何があったのかまでは知らんが、あいつのあんな寂しそうな顔を見たのはイズナが死んで以来だ。
…それがどういう意味だか分かるか?」

最後の言葉を言い放った瞬間、自分達の周りの空気が一瞬で変わった。
酷く懐かしい戦場で感じた事のある感覚だ。

兄者とはまた違う威圧感。
それが肌を通してひしひしと伝わってくる。
こちらに背を向けている為、どんな顔をしているのかは分からない。
それでも、この威圧感の意味ははっきりと理解している。

過去は決して変える事も消える事も無いが、それでも過去は少しずつ色褪せて行く。
これから先もマダラは自分が過去にイズナを殺した事を咎める事はしないだろう。
だが、その過去があるからこそ慎重にならざるを得ない。
自分がここへ来たのも、今までの迷いや後悔と決別する為。
マダラが名無しを妹の様に大切にしている事は誰もが知っている事だ。
それでも、敢えてそれを言葉にしたのは自分の名無しに対する覚悟を己の眼で見極める為。

「そんな事ぐらい分かっている。だから、ここへ来た」

「………」

マダラの言葉にはっきりとそう返し、相変わらず墓石を見つめたまま動かないその背中をじっと見つめる。
それから少しの沈黙の後、自分の言葉に何かを返す訳でもなくそのまま立ち上がり、自分の横を何事も無かったかの様に通り過ぎて行った。

***

「いらんと言っておるだろう」

もう何度目か分らぬこのやり取りに小さく溜息が漏れる。
マダラと別れた後、その足でうちはの屋敷へとやって来た。
女中に案内され名無しの部屋に通されたは良いが、自分の姿を見るなり何時ぞやに見た驚いた顔を向けられた。
少しの沈黙の後、先に口を開いたのは名無しの方だった。

座卓に置いてある小さな木箱を手に取り、自分に差し出し「ありがとう」と一言。
この木箱の中身が何なのかは分かっているし、この首飾りが自分からの贈り物であると言う事を何故名無しが知っているのか、そんな事今はどうでも良い。
差し出された木箱を受け取る気は無い。
はっきりとそう口にすれば、少しだけ名無しの表情が変わった。

「柱間から聞いた。この首飾りの事もこれがお父様の形見だって事も。…そんな大切な物、貰えない」

薄っすらと眉間に皺を寄せ、真っ直ぐこちらを見つめる瞳を見つめ返す。
こんな風に名無しと視線を合わせ、面と面を向かって話をしたのはいつ振りだろうか。
そう思う程、久しく感じていなかった感覚に何とも言えない気持ちになる。
今までこの首飾りを他人に渡した事など一度も無い。
名無しの言う通り、これは父上の形見であり自分にとって大切な物だ。
大切だからこそ、少しでも名無しの治療の手助けになればと思った。

「ワシは返して貰おうと思って贈った訳じゃない。それに、まだ体調も万全ではないだろう」

「………」

自分の言葉に返事は返って来なかった。
その代わり、少しだけ睨む様な視線を向けられる。
そして、また同時に部屋に沈黙が訪れた。

***

あの雨の日は互いに一言も話さなかったし、こんな風に扉間と話すのは本当に久しぶりだ。

見舞に来てくれた事は感謝している。
でも嬉しいかと聞かれたら、正直分からない。
この首飾りの事だって分からない事は残っているし、どんな顔をしたら良いのかも分からない。
それに、さっきから続いているやり取りにも溜息が出る。

「…何度も言わせないでよ。私にはもう必要のない物だから、受け取ってくれれば良いだけの事でしょ?今は体調だって良くなって来てるし、眼だって見える。
それに…、そんなに大切な物なら私なんかに渡さないで、もっと大切な人に渡した方が良い」

今度ははっきりと扉間の瞳を見つめたままそう言う。
それでも何も言わず、視線は相変わらずこちらを見つめたまま。
その視線に妙な居心地の悪さを感じ、強引に木箱を押し付け、そのまま扉間に背を向ける。

このまま何も言わず出て行って欲しい。
そうしたら、もうこれ以上悩まなくて済む。
心の中でそう願いながら待っていたら、それから少しして目の前にさっき返した筈の首飾りが現れ、それは何の躊躇いも無く自分の首元に戻って来た。
そして、自分のすぐ後ろに感じる扉間の気配に無意識に身体が硬くなる。
どうして、こんな事をするのだろうか。
ただ、それだけだった。

「…私の話、聞いてたでしょ。ふざけないで」

「ふざけてなどいない」

「じゃあ、何でこんな事するの?…私は、こんな事して欲しくない」

このままでは一向に埒が明かない。
本当にそう思った。

今までの印象からもっと淡白な人間かと思っていたから、まさか首飾り一つでこんなにも扉間が抗するだなんて思わなかった。
今も自分の話なんて全然聞いていない。
自分はただ、このまま扉間に持ち帰って貰いたいだけ。
背を向けているからか、さっきよりは居心地の悪さは感じないが、これ以上自分の心を引っ掻き回さないで欲しい。
何より、この状況で嫌なのは、扉間の気遣いを否定している自分が一番嫌だった。
今の自分がどんな顔をしているのか、鏡を見なくても分かる。

きっと、すごく酷い顔してる。

「名無し」

黙ったまま俯いていたら、名前を呼ばれた。
名前を呼ばれたのは何時ぶりだろうか。
久しぶりに扉間の口から聞こえた自分の名前に少しだけ切なくなる。

それでも、振り向く事は出来ない。
じっと背を向けたまま、これが今の自分に出来る精一杯の拒絶。
扉間が何を考えているかなんて、自分に分かる筈が無い。
自分の名前を呼ぶ声に耳を塞いでしまいたくなる。
そのまま俯き黙っていたら、思ってもいなかった言葉を掛けられる。

「…あの日、一方的に酷い言葉を掛けてお前の事を傷付けた。今更許される訳ではないが、本当にすまないと思っている」

思ってもいなかった扉間からの謝罪。
まさか、謝られるなんて思ってもいなかった。
理由はどうあれ、自分が「好きでもない男と寝た」事は事実で、扉間はそれに幻滅した。
だから、驚きよりもどうして急に謝罪なんかと言う気持ちの方が強かった。

突然の謝罪にどう答えれば良いのか分らず、固まってしまう。
それでも、そんな自分に構う事なく話を続ける扉間の態度に戸惑う。

「…さっき「何でこんな事をするのか」と聞いただろう。あれはお前を傷付けた後ろめたさからやった訳じゃないし、ふざけてやった訳でもない。
もし、またワシの知らぬ間にお前に何かが起こったらと思ったら、どうにも気掛かりで安心出来ん。だから、お前に持っていてもらいたい」

「………」

止めて欲しい。
これじゃあ、まるで自分を大切だと言っている様なものだ。
この言葉がどういう意味を持つのか、そんな事扉間にしか分からない。
でも、もうこれ以上は駄目だ。

「そういう事言う相手違うでしょ。誤解されるよ」

「お前が言っている誤解されると言うのは、前にワシと一緒に居た女の事を言っているのか?」

「…せっかく綺麗な人なのに、誤解されたら勿体無いじゃない」

扉間のその言葉に興味無さげにそう答える。

あの日見た自分とは正反対な容姿を持つ笑顔が綺麗な女性の顔が頭に浮かぶ。
それと同時に、あの時の扉間の顔も思い出してしまった。
でも、今はその顔でさえ自分を追い詰めるものだ。
どうにかその顔を振り払おうと別の事を考えるが、中々思うようにはいかなかった。
もう放っておいて欲しい。
本当はこんな話だってしたくないし、扉間の口からも何も聞きたくない。

そんな事を考えていたら、耳を疑う様な言葉が聞こえ絶句する。

「お前の方が綺麗だ」

何を言っているのだろうか。
こんな事、今まで一度たりとも言われた事が無い。
今まで桃華に何度も綺麗に着飾って貰った時でさえ何も言ってはくれなかったのに、今更何を言っているのだろうか。

本当に笑えない冗談だ。
そう思えて仕方が無かった。

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