[もしも - 瓦間が生きていたら B]

「それにしても女性というのは化粧と髪型でこうも雰囲気が変わるものだとはな!マダラと扉間にも見せてやりたかったぞ」

お酒が入って気分が良いのか、いつも以上に顔を緩ませながら楽しそうに話す柱間の顔は既に少し赤くなっていた。
そこまでお酒が強い訳でもないのにどんどん飲むからいつもすぐに顔に出る。
こうなってしまえば飲み過ぎたと言ったとしてももう遅い。
仕方なく冷たい水を用意して飲ませても、またその後に楽しそうにお酒を飲むものだから結局は何も変わらない。
でも、その姿を見て楽しいと思うと言う事は、自分も分かっていてやっているのだろう。
そう思ったらお酒も悪くないなとぼんやりと思った。

「そういえば、名無しって普段は化粧しないのか?せっかく似合ってるのに」

「うーん…、今まで面を付けて戦って来たし、化粧するって言っても畏まった席とか婚礼の席ぐらいだけかな」

そう思えば、イズナが死んでしまった時から自然と化粧もしなくなった。
あの時は自分の好きな人にもっと見て欲しくて、好きだと言って欲しくて、戦が無い時や二人っきりの時はよく化粧をしていた。

でも、扉間を好きになってからは一度も自分から進んで化粧なんてしていなかった。
というよりも、しようとは思わなかった。
例え、化粧をして綺麗に着飾ったとしたとしても「興味」が無ければ何の意味も無い。
だから、する必要が無かった。
かと言って、こんな事を素直に言える訳も無く、適当に言葉を返せばそれ以上何かを言われる訳でもなくそこでこの話は終わった。

それから少しして、桃華も用事を終えたのか屋敷にやって来て一緒に飲んだ。
他愛の無い話で盛り上がったり、下らない事で笑ったり。
久しぶりにこんなにも笑って少しすっきりした。
そして、こうやって一緒になって笑う事が出来るこの時をとても幸せだなって思った。

「さて、そろそろこの阿呆をどうにかするか」

そう言いながら立ち上がり、大の字で気持ち良さそうに寝ている柱間の衿を掴み無遠慮に引っ張り起こす。
急に引っ張られて苦しいのか、時折小さくうめき声が聞こえるが、その声を全く気にしていないかの如く「起きろ」と一言。
しかし、首を項垂れたまま起きる気配を感じさせない柱間に痺れを切らしたのか、段々と目が据わり始める桃華に苦笑いを浮かべる。
瓦間も笑って見ているだけで、助ける気はないのだろう。

案の定、それから容赦なく引っ叩かれて無理矢理に起こされる柱間の姿があった。
起きたかと思えば、すぐさま催促されるがままに連れて行かれた。
これも変わらぬいつもの光景だ。

「くくっ、相変わらず桃華は兄者に厳しいな」

「昔からあんな感じだったの?」

ふと、思った事を口にすれば、笑いながら昔の話をしてくれた。
子供の頃から変わらない柱間の落ち込み易い性格や幼い頃に亡くなったもう一人の弟の話など色々な事を聞いた。
幼い頃の桃華の話も聞いて、その頃からもう既に柱間の面倒を見ていたのかと思ったら、つい可笑しくてまた笑ってしまった。

「…弱い癖によくあそこまで飲むものだ」

「柱間は皆で飲むのが楽しくて仕方ないんだろうけど、明日が心配だしね」

ようやく一仕事を終えて戻って来た桃華は心底疲れた様な顔をしており、それから二、三杯一緒に飲んだ後、用意された部屋へと戻って行った。
自分もミトさんのご厚意で部屋を用意して貰っており、今日はいつもより気兼ねなく飲める。

それでもやはり、飲み過ぎには注意しないと明日にも響く。
自分もそろそろ床に就いた方がいいだろう。
瓦間もそのつもりか、簡単に部屋の片づけを始めた。
適当ではあるが、残りはまた明日起きた時にでも片付ければいいだろう
そのまま瓦間と別れ、用意された自身の部屋へと向かった。

***

「…?」

湯あみを終えて長い廊下を歩いていれば、お勝手口から出て来た瓦間の姿があった。
暗くてよくは見えなかったが、目を凝らして良く見てみればその手には徳利とお猪口が握られていた。
自分には気付いていなかったのか、そのまま自室へと入って行った。

こんな時間からまた飲むのだろうかとは思ったが、徳利とおちょこを持って行ったという事はそうなのだろう。
もう日付が変わって大分時間も経っている。
明日の仕事の事もあるだろうし、とりあえず一声だけでも声を掛けておいた方が良いだろう。
そう思い迷惑にならない程度の声で瓦間の名前を呼べば、すぐに障子が開き少し驚いた顔をした瓦間の姿があった。

「こんな時間にどうした?寝たのかと思ってたけど」

「湯あみして部屋に戻ろうかと思ったら、徳利とおちょこ持って部屋に入って行く姿が見えたから飲み過ぎだって怒ってやろうかと思って」

冗談交じりにそう言えば、開けたお酒が残っていたから飲んでしまおうと思っていたと言われた。
確かに瓦間はお酒に強いし、飲もうとも明日の仕事に支障を来す様な事はしないだろう。
見たところ酒量もそこまで多くは無いし、要らぬ心配だったようだ。
そのまま自分も部屋へと戻ろうと踵を返せば、何を思ったのか小走りでお勝手口へと行き、戻って来たかと思えば片手にお猪口を一つ。

「明日も仕事あるんだし、寝た方が良いと思うんだけどね」

「徳利二本分だったらそこまで量も多くないし、それに二人で飲んだ方が早いだろ?」

「…ま、良いか」

そう答えれば、すぐに嬉しそうな顔へと変わる瓦間の表情は実年齢よりも随分と幼く見え、そんな様子に口元が少し緩んだ。

***

こんな時間まで飲むのは本当に久しぶりだ。

最近は忙しさも相まってゆっくりした時間も取れなかったから尚更そう思う。
今夜はいつもより少し冷えるだろうと誰かが言っていたが、お酒の入った少し火照った身体には丁度良い涼しさだった。
室内のひんやりとした空気が心地良くて、つい小さく欠伸が出る。
そんな自分に気付いたのか、おちょこを口に運びながら「眠い?」と聞かれた。
皆で飲んでいた時の酒量と合わせても結構な量のお酒を飲んでいる筈なのに、まるで平気そうな様子に少し驚く。

「んー…、少し。この部屋涼しいから気持ち良くって」

行儀は悪いが、また小さく欠伸をしながらそう答える。
自分に用意された部屋も多少は涼しいが、風通しが悪いのかあまり風は入って来ず、どちらかと言えば少し蒸し暑くも感じる。

座ったまま身体を伸ばし大きく深呼吸する。
酔いも程良く回り気持ち良い。
徳利に入っていたお酒も殆どなくなり、残りはお猪口に入っているだけだった。
最後の一口を口に含めば、ふと思ってもいなかった事を言われた。

「少しはすっきりした?」

「え…、」

たった一言。
それでもその言葉一つでどこまでかは分からないが、自分の心情を知られていたと言う事を理解するには十分なものだった。
そう思ったらすぐに言葉が出て来ず、気恥ずかしさだけが出て来てしまう。
冷静さを装いいつもの様に振舞ってみるが、瓦間の瞳を見ているともう全部知られているのではないのかって思った。
それでも素直に認めるのが恥ずかしくて素っ気なく返事を返せば、楽しそうに笑う瓦間の姿があった。

「名無しは扉間のどこが好きなんだ?」

そんな自分に何を思ったのか、今度はそうはっきりと言われ少し心臓が跳ねた。
今まで気付かれぬ様に隠して来たつもりだったから、まさか知られているとは思わなかった。
「扉間が好きなのか」ではなく「扉間のどこが好き」と確信を持って聞いてくるあたり、前々から気付いていたのだろう。
そう思ったら顔が一気に熱を帯びる。
自分の言葉を待っているのか、座卓にお猪口を置きこちらを見つめていた。

どこが好きかと言われても正直よく分からない。
捕虜として初めて言葉を交わした時から今日までの歳月は決して短くは無い。
それでも、その中で特に何かがあった訳でもなく、ただ何となく過ぎて行く日々の中で気付けばいつの間にか好きになっていた。
自分でもどうして扉間だったのか良く分からない。
それでも、好きになり目で追うようになってから色々な事に気付いたり、目に見えない小さな優しさにも気付けるようになった。
だけど、その優しさが自分に向けられる事は稀で結局はその程度の存在なのだろう。
そう思ったら少し虚しくなった。

「…自分でも良く分からない。いつも素っ気ないし、私には無関心で笑った顔なんて見た事ないのに。…何で好きになったんだろう…」

自分で言っておきながら情けなくなる程に気分が沈んでしまった。
瓦間が誘ってくれて良い気分だったのに、嫌な事ばかり思い出してしまう。
好きな理由が分からずとも好きである事には変わりなくて、それが余計に気分を沈ませる。
愚痴なんか言いたくないのに、今日見た扉間の表情を思い出してしまうと寂しくなる。

酔いが回っているせいか涙腺も緩くなり、少しだけ視界がぼやけた。

「人を好きになるのに理由なんて要らない。好きなものは好きだから仕方ないし「何で」って思っても好きだろ?扉間の事。
…それでも好きなら、こんな夜中に他の男と二人っきりにはならない方が良い。俺だって男だし、何より俺は名無しが好きだ。本当は今すぐにでも触れたい」

出会ってから今まで見て来た中で初めて見る瓦間の表情に視線が逸らせない。

まさか、こんな風に言われるだなんて思ってもいなかった。
普段のあっけらかんとした雰囲気は無く、情欲を感じさせる様な瞳がただ真っ直ぐ自分を射抜く様に見つめる。
「触れたい」という言葉の奥にある、もっと深い意味が分からない程子供ではない。
瓦間が冗談でこんな事を言う人じゃない事は知っているし、何より私の扉間に対する気持ちを知っていた。
知っていたにも関わらず、それでもこうやって口に出すと言う事は、それ程までに自分を想ってくれているという事。
このまま立ち上がって「ごめん」と一言そう言って部屋を出れば、明日にはまたいつもの瓦間に戻っているかもしれない。

でも、身体が動かない。
もし、このまま瓦間に抱かれれば、忘れられるかもしれない。
そんな馬鹿げた思いが心の奥に浮かぶ。
そして、その後すぐに自分がこんな風に人を利用する最低な人間だったのかと思うと、自分を殺してしまいたくなる程の自己嫌悪に陥る。

忘れたい。
でも、忘れたくない。忘れられない。

「名無し」

瓦間の手が頬に触れ、そのまま優しく撫でられる。
きっと、自分の心の内など容易に見透かされているのだろう。
相変わらず瓦間の瞳は優しいまま。
その瞳を見ていたら、今日見た扉間の表情が重なり、また少しだけ涙腺が緩くなった。

そのままゆっくりと唇を重ねられ抱き寄せられる。
抱き締められながらの啄ばむ様な口付けは段々と欲を持ち始め、次第に貪る様なものへと変わって行った。

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