[もしも - 瓦間が生きていたら A]

衝撃の出会いからかれこれ数ヶ月が経った。

嫁入りの件については、あれから柱間と扉間がどうにか説き伏せてくれたおかげか、それ以来その話は話題には出て来ない。
まさか自分も出会って数時間でそんな事を言われるとは思っておらず、かなりの衝撃を受けた事は今でも覚えている。
そして、あれからどうなったかというと、冗談だったのかと思う程何も変わらない。
そのせいか、瓦間には相変わらずあの調子で食事に誘われたりはするが、変に構える事もしなくて良いし、どちらかと言えば楽だ。

それに、瓦間の「表情」にも大分慣れた。
最初の頃は事ある毎に扉間と重ねてしまい、自分でも恥ずかしく思う程に動揺していたけど、それも今では殆どなくなった。

「名無し、資料室に行くならついでに予算案の資料も持って来て貰っても良い?今ちょっと手が離せなくて」

「持って来るのはそれだけで良い?」

「あぁ、その資料だけで良いよ」

桃華に資料の確認を取った後、両手に巻物を抱え資料室へと向かう。
今日は以前頼まれた新薬の調合比率を記載した巻物への追加事項の記載とその他の薬についての資料を分析するつもりだ。
他族秘伝の薬草の資料や薬の基本効果と相乗効果が細かく記載されている資料など、資料室にはまだまだ自分の読んでいない資料がたくさんある。
知識と言うのは決して無駄になるものではないし、何より役に立つ。
だから、知識が豊富に揃っている資料室は自分の好きな場所の一つでもある。
そんな事を考えながら歩いていれば資料室までの道のりもあっという間だ。
両手に抱えている大量の巻物を落とさない様に注意しながら扉を開ければ、見知った先客が一人。

扉間だ。

「…少しぐらい手伝ってくれても良いんじゃない?」

「それぐらい一人で出来るだろう」

そうポツリと呟けば、案の定、興味なさげにそう言われる。
確かに巻物の量は多いが特に重い訳でもないし、自分一人でもなんら問題は無い。
そのまま黙々と片付けていると背後からすっと手が伸びて来たかと思えば、横に置いてあった巻物を取られ棚の上段に置かれた。
扉間が取った巻物は全て棚の上段の巻物で脚立を使わないと自分には背が届かない為、後で片すつもりで避けていた。

背の高い扉間には造作も無い事なのだろうが、さっきまで素っ気なかったのに急に何も言わず片付けるものだから少し驚いた。
ちらりと視線を向けても相変わらずの無表情で何を考えているのかは分からないけれど、こういう時の何気ない優しさが扉間の良い所だ。

小さくお礼を言えばいつもの表情で「あぁ」と一言。
それが何だかおかしくてつい少し笑ってしまった。

***

巻物を片付け、また新しい資料を抱えて出て行く名無しの後姿を見つめる。
あれから瓦間の言動は特に目に余る様な事も無いし、名無しとも普通に接している。
とは言ってもあまり楽観視は出来ない。
兄者が一度決めた事を頑固なまでに貫き通す性格である様に、瓦間もまたそんな所がある。
ようやく里作りが開始されたというのに、また千手とうちはの間で面倒な事を起こすのだけは勘弁して欲しい。

「名無しが初めて、か…」

数ヶ月前に瓦間が嬉しそうに言っていた言葉を思い出す。
そう瓦間が言うのも分からないでもない。
双子であるが故か、親族や友人でさえ自分達を間違える事は何度もあった。
子供の頃も自分は対して気にはならなかったが、瓦間はそれが気にくわなかったのか、よく文句を言っていた。
大人になりそう言った事は無くなったが、やはり心のどこかにその思いが残っていたのだろう。

瓦間が言うには、自分の振りをして名無しに話し掛けたが、すぐに怪訝そうな顔へと変わり「お前など知らない」と一蹴されたそうだ。
それにしても名無しもよく気付いたと思う。
これぞうちはの洞察力の賜物か。
そう思うとつくづく侮れぬ一族だなと改めて思った。

***

「あの、桃華…。これはちょっと…」

「うん、さすが私だな。どれ、早速遊びに行くか」

そうにやりと美しい顔に似合わぬ様な悪そうな笑みを浮かべ外へと連れて行かれる。
桃華にはたまにこうやって二人の時間が合えば化粧をされたり、髪を触られたりする事がある。
嫌ではないが自分自身でこういう事をやらない分、時折恥ずかしさが出てしまう時がある。
何と言うか、いつもの自分とは違うから少しだけ落ち着かない。

桃華曰く「自分には似合わないけど、やってみたい」と言う事らしい。
凛とした美しさを持つこの女性に似合わないものがあるのだろうかとは思ったが、それを言った所でいつもの様に軽く笑われあしらわれるのは目に見えている。

「…何だ、お前達二人だけか。扉間はどうした?」

「半刻程前に外に出掛けて行ったけど、何かあったのか?」

「いや、久しぶりに良いのが出来たから、お前達にも見せてやろうと思ったんだがな…。ほら」

扉の外に居た名無しの手を引き中へと招き入れれば、案の定、自分の思った通りの反応が返って来た。
しかし、正直なところ扉間が居ないのであれば意味が無い。
こいつ等に見せてもこっちには何の得もないのだから。

名無しが扉間に好意を寄せているという事はもうずっと前から知っている。
あからさまに態度には出さないが、それでも見ていれば分かる。
しかし、名無しから扉間にどうこうする訳でもなく、いつもじれったさを感じていた。
どうにかしてやりたいとは思うが、こればかりは自分が間に入ってやる様な事でもないし、第三者が干渉する問題ではない。
そして、自分なりに何か出来る事はと考えて思い付いたのがこれだ。

扉間だって男だ。
美しい女が嫌いな男はそうは居ないだろう。
現にこの二人には効果てき面だ。
だが、こいつ等を喜ばせても意味が無い。
チラリと瓦間へと視線を向ければ、初めて見る名無しの姿にいつも以上に目元を緩ませており、同じ双子でもこうも違うとはなとつくづく思う。

「お!今回はまた随分と色っぽく仕上げたな!さすが桃華は良い仕事をする。ミトにも見せてやりたいものだ!マダラはいいのぉ…。こんな可愛い妹がおって」

「ちょ、柱間!いちいちくっ付かないでってばっ!もう…!」

いつもの笑い声と共に身体全体を使い愛情表現をする柱間は相変わらず名無しに弱い。
見ていて情けない程に緩ませた顔を見ていると、本当にこの男が里をまとめる役目を担う火影なのかと疑ってしまう程だ。
そう思う程に緩み切った顔をしている。

呆れたままその様子を見ていたら、瓦間に名前を呼ばれ手招きされる。

「珍しいな。お前だったらすぐに食いつくかと思ったが」

「まぁな。でもその前に…、これ」

「これは…」

そう言い手渡された資料に目を通せば、午後から瓦間に振り分ける筈だった資料があった。
しかも、ご丁寧にすぐに上役達に提出が出来る様にまとめられており、これまた文句の付けようがない程に仕上がっていた。

こういう所はやはり扉間と同じで要領がいいのだろう。
常に資料の内容を把握し、それを上手くまとめ上げる能力と的確な判断力。
これも一種の才能というやつか。
そして、次に何を言うか簡単に予想出来る辺り最初からそのつもりだったのだろう。

「…あまり無理に連れ回すなよ」

「さすが桃華。話が早くて助かる」

そう楽しそうに言うなり、何時ぞやに見た光景が目に入る。
手を引っ張られ、半ば強制的に連れて行かれる名無しに申し訳なく思ったが、今更もう遅い。
名無しを連れて行かれさっきまでの元気はどこへやら。
ずーん、と一人仕事に取り掛かる柱間を少しだけ不憫に思ったのは言うまでも無い。

***

「…視線が気になるんだけど」

「気のせいだろ?」

執務室から手を引っ張られ、連れられて来たのは里の甘味処。
仕事で疲れたから甘い物が食べたいと言う事らしいが、そう言った割には自分は団子一本しか食べておらず、後は楽しそうに人の顔をずっと眺めている。

瓦間が自分に好意を持ってくれている事は嬉しいけど、それと同時に少し戸惑う。
マダラや柱間みたいに自分を妹の様に接する時の雰囲気とは違うし、かと言って扉間とも全く違う。
優しそうに笑って話して、今みたいに時間があればこうやって外に連れ出される。

瓦間は優しい。
基本的な性格は柱間に良く似ているけど、少しだけイズナにも似ている所がある。
何も言わなくても分かってくれる所とかたまに見せるずる賢い所とか。
扉間が淡白な性格のせいか余計にそう思ってしまうのかもしれない。

「腹ごしらえも済んだし、久しぶりに里でも回るか」

「久しぶりって言うけどこの前も同じ事言ってたじゃない」

「そうだった?ま、俺は名無しが付き合ってくれるならどこでも良いんだけどな」

そう恥ずかしげも無くさらりと言うものだから少し顔に熱が集まる。
やっぱり、こういう所もイズナに似ている。

そんな自分の様子に気付かれぬ様に歩き始めれば、それから少しして扉間の姿を見つけた。
さっき外に出掛けて行ったと瓦間が言っていた事を思い出して声を掛けようと扉間の方へと歩を進めたが、近付くにつれて足は自然と動きを止めて行った。
視線の先には、女性と肩を並べて歩いている扉間の姿があった。

黄金色の髪と瞳を持つ笑顔が綺麗な女性だ。
美しく化粧もしており、自分の真っ黒な髪と瞳とは違って太陽と青い空が良く似合っていた。

「…話し掛けない方が良いね。行こ」

すぐさま方向転換し、扉間とは反対方向の道を真っ直ぐに歩く。
気にならないと言えば嘘になる。
でも、扉間が誰と恋仲になろうとも何もしない自分には関係無いし、扉間に自分の気持ちを伝えるつもりも無い。
万が一伝えたとしても、どうなるかなんて簡単に想像出来るし、それを分かっていて行動を起こす程自分も馬鹿じゃない。
自分には無表情や仏頂面しか見せた事がないのに、さっき見た顔は目元も口元もいつものものとは違っていた。

初めて見た表情だったのに、全然嬉しくなかった。

***

「もう随分暗くなったなぁ。兄者もそろそろ仕事が終わる頃だろうし、折角なら今日は名無しも一緒に飲まないか?」

執務室に戻る途中にふと思い付いたのか、そう言われた。
普段からお酒は自分から進んでは飲まない。
嫌いな訳ではないが、次の日の仕事を考えたらどうしても無意識に控えてしまう。
しかし、ここ最近は瓦間が里に戻ったお陰か、一人ひとりに分担される仕事の量が減った為、以前よりは飲む頻度は増えた。

それに、今日は扉間の事もありすっきりしない気分が続いていたから、今回の誘いは丁度タイミングが良かったのかもしれない。
瓦間の誘いに二つ返事で返し、そのまま柱間が居るであろう執務室へと向かう。
案の定、柱間も仕事を終えて屋敷へと戻る準備をしており、そのまま三人で屋敷へと向かった。
桃華は今夜は用事があり、既に先に帰ってしまったらしい。

「名無しっ!来てくれたのね。嬉しいわ」

「ミトよ。今日の名無しはまたいつもと違う雰囲気であろう!相変わらず桃華は良い仕事をする」

「ふふ、本当に綺麗ね。この髪型も紅化粧も名無しに良く似合っているわ」

桃華に綺麗にしてもらい、こうやって皆が褒めてくれて嬉しい筈なのに心はまだ少し沈んだまま。
いくら綺麗にしてもらったとしても扉間には何も伝わらないし、いつも何も言ってはくれない。
比べても意味が無いと分かっている筈なのに、どうしても今日見た女性と自分とを比較してしまい虚しくなる。

そんな気分を紛らわせようと笑顔を作るが、やはり心は沈んだままだった。

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