[ 愛とは 第四部]

自分を包み込む体温が心地良くていつの間にか涙は治まっていた。
そして、今になって急に恥ずかしさが込み上げて来る。
こんな風に扉間の前で泣いた事もそうだし、今の体勢もそう。

でも、居心地は悪く無い。
耳に響く規則正しい心臓の音に落ち着く。
そのまま深く呼吸すれば、気持ちもさっきよりは随分と落ち着いた。

居なくなるのは怖い。
でも、こんな風に手を差し伸べ暗い底から引っ張って行ってくれる。
約束は曖昧で絶対じゃない事は分かっている。
それでも、その言葉を信じたいと思う自分はやっぱり扉間の事が好きだ。

あの時から何も変わらない。
もう一度だけ、愛されて愛したいと思った。
扉間が真っ直ぐ自分を見てそう言ってくれた様に、自分も同じ様に伝えたかったから。
今の自分はきっと酷い顔をしているだろう。
それでも、初めて本当の自分を見せる事が出来たと思う。
先の事なんて分からない。
だけど、今は「今」感じる事の出来る幸せを大切にしたい。
自分の目の前に居て、簡単に触れる事が出来るこの幸せに身を委ねたい。

「…私も、…愛してる」

たった一言。
その言葉を口にしてしまえば、今までずっと隠して来た想いは止まらない。
触れたい。触れて欲しい。

そのまま軽く触れるぐらいの口付けをしたら、少し驚いた表情をした後すぐに唇を塞がれた。
さっきから心臓の鼓動がうるさく鳴り響いている。
扉間とはこれ以上の事だってしているのに、前と今では全然違う。
真っ直ぐ自分だけを見て、自分だけを求めてくれる。
自分を愛してくれる。
あの時の様な寂しさは、もう感じなかった。

***

初めて聞いた名無しの気持ち。
未だ薄っすらと濡れ目元は赤いままだったが、それでも自分を愛していると言った。

本気の愛なんて自分には一生無縁なものだと思っていた。
千手には兄者が居るし、周りから嫁を取れと言われても興味など無く、どんなに美しく着飾った女を見ても、心惹かれる事もなければ欲しいとも思わなかった。
誰かを愛する事など一度もなかった。

それがどうだ。
今の自分は忍の女、しかも、かつて敵として対峙していた一族の女を愛した。
愛し、その全てを求めた。
自分の気持ちを受け入れ、それに応えた名無しがどうしようもなく愛おしい。
共に過ごした時間は短く、むしろ敵として戦って来た時間の方が長い自分達の関係は他人から見たら決して理解出来るものではないだろう。
それでも、自分達にはその時間さえも必要不可欠なものだった。

腕に抱き、口付けを落としながら初めて感じるこの感覚を堪能する。
頭を軽く押さえ、深いものへと変えれば次第に艶っぽい吐息が漏れ始める。
その後は、まるで今までの空白を埋めるかの様に互いを求め合った。

***

瞳を開ければ、障子越しから入るぼんやりとした朝日が部屋の中を少しずつ明るくしていた。
背中越しに感じる体温と自分の身体に回されている腕が温かい。
結局、昨日は用意された部屋に戻る事は無く、扉間の部屋で一夜を明かした。
ゆっくり背後へと視線を向ければ、未だ気持ち良さそうに眠っている扉間の顔が目に入る。

その姿に自然と口元が綻ぶのを感じる。
元の体勢に戻り、自分の首の下から伸びる逞しい腕にそっと触れ、大きな掌に自分のものを絡ませる様に重ねる。

こんな風にゆっくりとした時間の中で気付く事はたくさんある。
いつもは冷たい身体も寝ている時はこんなにも温かくなる。
寝顔なんて、まるで毒が抜かれた様な顔をしているし、気持ちよさそうに眠る姿は年齢よりも子供っぽく見える。

全部、今まで気付こうともしなかった事ばかり。
久しく感じていなかった愛し愛される感覚。
それがとても心地良くて落ち付く。

「…好き」

本人に言う訳でもなく、何もない空間に無意識に出てしまう言葉。
その無意識の中にある扉間の存在が自分の中でどんどん大きくなっている。
言葉だけじゃ全然足りない。
そう思う自分はやっぱり欲張りな女だ。

腕に軽く口付けを落とせば、起きていたのか身体に回されている腕に力が入る。
そのまま背後から首元に顔を埋められ、強く抱き締められたかと思えばそれはまたすぐに変わった。
いつの間にか覆い被さる様な体勢に変わっており、唇から首や鎖骨、胸元にかけてゆっくりと口付けを落とされる。

「…朝からこれ以上襲われたくないなら、そう煽らない事だな」

それから少しして満足したのか、最後にもう一度唇に軽く触れる様な口付けをされた後にそう言う扉間の顔は少しだけ楽しそうにも見えた。

***

「お、ようやく起きて来たか」

「………」

廊下を歩いていたら庭で盆栽をいじっていた柱間に声を掛けられる。
柱間の「ようやく」という言葉が妙に引っ掛かる。
短く返事を返せば、相変わらずの笑顔でこちらに歩いて来る様子が目に入る。
その姿はやけに楽しそうで、逆に少し不気味な程だ。

「うわっ、ちょ…っと!」

「ガハハハ!良いではないか!」

「良くないっ!」

目の前まで近寄って来たと思ったら、正面から勢い良く抱き締められた。
頭上から聞こえる声にそう返事を返しても一向に離す気は無いのか、ただ楽しそうな笑い声が聞こえるだけだった。
どうにか抜け出そうと考えていたら、ふと、目の前に見える部屋がマダラに用意された部屋だった事を思い出しその名前を呼ぶ。
しかし、部屋からは人が出て来る気配は無く、チャクラを練ってみてもマダラのチャクラはどこにも感じなかった。

「…?マダラは?」

不思議に思い、柱間にそう問いかければ「もう、うちはに戻ったぞ」と言われた。
まさか自分を置いて先に戻るとは思っていなかったから、少しだけ素っ頓狂な声が出てしまった。
それから、感じ慣れたチャクラが自分の背後から近付いて来る事に気付いたのは、その後すぐだった。

「…兄者、そろそろ離せ」

「俺の楽しみを奪うとは、酷い弟ぞ…」

扉間の言葉により、ようやく柱間から解放された。
先に戻ったマダラの事を考えていたら、ふと、こちらを見つめる柱間の視線に気付く。
その瞳はさっき見た何かを楽しんでいる様な瞳と同じ種類の物で「にこにこしている」その言葉がぴったり当てはまる様な顔だった。

こんな顔で自分達を嬉しそうに見られていれば、嫌でもその笑顔の意味が分かる。
マダラが術を解いたのならば当然柱間もそれに気付く。
そして、自分達の関係が今までとは違うという事にも確実に気付いているのだろう。
この緩み切った顔が良い証拠だ。
チラリと扉間と視線が合うと、同じ様に思っているのか面倒臭そうな顔をしていた。

「おぉ、そうだ!名無し。マダラから「酒が無くなるまでには戻れ」と伝言を受けたぞ」

「酒が無くなるまでには戻れ?…どういう事?」

重要な部分を端折った伝言を伝えられても意味が分からない。
酒が無くなるまでには戻れ?酒?
訳が分からないといった顔をしている自分の様子が面白かったのか、また愉快そうに笑う柱間。
それが何となく気にくわなくて脛を蹴ってやったら、ようやく話す気になったのか、未だにやけた顔で事の経緯を話し始めた。

「千手には昔から一部の者が酒を造っておってな。その酒をマダラが大層気に入ったみたいで、帰り際に持たせてやったのだ」

「それで?」

「本題はここからぞ。その酒は特別な技法で造られておるからか希少価値が高く、なんせ高いのだ。さすがのオレも長だからとはいえ、無償で貰える訳ではないからな。
仕方なく自腹を切ってマダラに持たせた。…ある条件付きでな」

最後の言葉を発した時の柱間の顔ときたら、にやりと効果音が付くのではないかと思う程、今までに見た事が無い様な顔をしていた。

一言で言えば、何かを企んでいる様な悪い顔。
初めて見る柱間のそんな顔に一瞬驚いてしまい、無意識に身構えてしまった。
扉間の方へと視線を向けても、その顔には特別驚いてはいないようだが、自分と同じ様に話の意図が読めないのか、ただ黙ったまま話を聞いていた。
そんな自分達の様子に満足したのか、またあの顔で話の続きを始めた。

「さっき「酒が無くなるまでには戻れ」とマダラからの伝言を伝えただろう。要は「酒が無くなるまでは休みをやる」という事だ」

「…どれだけ持たせたんだ?」

「一升瓶を二本持たせてやったぞ。それに、お前も昨夜だけじゃ物足りんだろう」

「当然だ」

そこまで話を聞けばおおよそ理解出来たのか、ようやく扉間が口を開いた。
自分達の関係もそうだが、昨夜の情事を隠す訳でもなくあっけらかんと話す扉間の言葉に顔に熱が集まるのを感じる。
マダラもマダラで自分達の事を分かっているからこそ酒で手を打ったのだろう。
これではまるで酒で売られた気分だ。
柱間いわく、強い酒だしマダラの酒量から見ても一ヶ月以上はゆうに持つだろうという事だった。
回りくどいマダラの気遣いに少しだけくすぐったさを感じるが、今はそれどころではない。

「そうなると名無しの部屋はお前と同室としても少しばかりは生活用品も揃えんといかんな。後で二人で買い物にでも行けよ」

「あぁ…。後は適当にワシ等でどうにかする」

「それと、女中にはお前の部屋に近付かぬ様に申してあるから、思う存分楽しむと良い」

どんどん兄弟二人で進められる会話に唖然とし、ただ突っ立て二人の様子を見ている事しか出来なかった。
その後、話がまとまったのか肩に手を置かれたかと思えば、また瞬時に扉間の自室へと移動していた。
この術は飛雷神の術というものらしく、物体そのものを瞬時に移動させる術だという。
今までにも何度か見て体験もしたが、そうすぐには慣れるものではない。
そんな事をぼんやりと考えていたら急に浮遊感を感じ、気付けば目の前には天井と扉間の顔があった。
服の裾から侵入するひんやりと冷たい手に少し焦る。

「…え、ちょ…っと!」

「さっきも言っただろう。昨夜だけじゃ全然足りん。それに…、折角の兄者の好意だ。有難く受け取らせてもらう」

そう、にやりと口角を上げながら笑う顔はやはり兄弟だなと思った。
そのまま言葉を遮る様に優しく口付けを落とされれば、結局上手く丸めこまれてしまう。
それが悔しくて両頬を掴み噛みつく様な口付けを返せば、少し驚いた表情の扉間と視線が合い、ついおかしくて笑ってしまった。

今まで知らなかった事がまた少し増えた。
冷めてそうに見えるけど、見た目以上に情熱的。
そして、自分が思っていた以上に大胆で、こっちが恥ずかしくなる。
それでも、知らなかった事がどんどん自分の中に増えて行くのを感じると、顔が自然と緩くなる。
きっと、それはこれからももっと増える。
そう思うと、人を愛する事の尊さが身に染みて分かる。

「愛してくれて、ありがとう」
この言葉を伝えよう。
いつか必ず訪れる別れに二度と後悔しない様。
そして、私達の始まりを心から感謝出来る様に。

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