[ 愛とは 第三部]

重苦しい雰囲気が部屋を静かに包み込む。
その原因を作ったのが自分だと思うと些か申し訳ない気分になった。

いつの間にか手首を掴んでいた手は下へと下がり、掌を覆う様に握られていた。
ひんやりと冷たい手は相変わらず変わらない。
本当は触れて欲しくない。
でも、振り解こうと思えば出来る筈なのにそれが出来ない自分がもどかしい。

下を向いたままもう一度謝罪の言葉を掛ける。
しかし、そんな自分に何かを言う訳でもなく、ただ視線を向けられる。

「…まだ、痛むのか?」

そうぽつりと自分の知っている扉間に似付かぬ様な小さな声でそう言われる。
主語も無く何の事を言っているのか分からず、少しだけ返事に困る。
そんな自分の様子に気付いたのか、また小さな声で「傷」と一言だけ言われた。
たった一言だったけれど、それが何を指しているのかはすぐに分かった。

「今はもう痛みも引いたし、修業だって出来る様になった」

小さく首を振りそう答えれば、また沈黙がその場を包む。
向かい合ったまま特に何かを話す訳でもないし、これ以上聞きたい事がないのならば自分がここに居る必要はない。
それに早く扉間から離れたかった。
思った事を口にし、そのまま手を振り解き立ち上がろうとしたら、また手首を掴まれた。
そのまま勢い良く引っ張られたせいでバランスを崩し、扉間の方へと倒れ込む。
そして、その直後に両腕を背中に回され、肩口に顔を埋められた状態で抱き締められた。

「ちょ…!と、扉間、離して…っ」

「ワシに術を掛け欺いた報いだ。甘んじて受け入れるんだな」

突然の事で、少しだけ言葉がどもる。
座っている扉間の膝の間に身体を入れ込む様な形で抱き締められており、逃げるにも逃げられない。
抱き締められて、自分でも心臓が少しずつ早くなっているのが分かる。
今までこんな風に抱き締められた事なんてないし、正直どうしたらいいのか分からない。
そして、扉間が何をしたいのかも分からなかった。
それでも…、背中に回される腕が温かくて心地良い。
今すぐにでも離れなきゃいけないのに、与えられる感覚から離れる事が出来なかった。

「…どうして、あの時ワシを殺さなかった?イズナの仇だと言う事ぐらい知っていただろう。それなのに何故、助けた?」

顔を埋められたままそう問われ、少しだけ心臓が跳ねた。
自分が扉間とミトさんと別れ、うちはに戻った日。
あの時の自分にとって最も重要だった事は「マダラをどう騙すか」という事。
そうしなければ、確実に扉間の命は無かった。

マダラとイズナ、柱間と扉間。
兄と弟の関係はどちらも同じで、そしてどちらの兄弟もそれぞれ互いを大切に思い合っていた。
それでも、マダラはイズナを失い独りになった。

扉間が自分とイズナとの関係に気付いた事は知っていた。
「柱間の目の前で殺してやればいい。そうしたら、私達の痛みを少しは理解出来る様になる」
そう言う事で恨んでいる様に見せ掛けた。
その甲斐あってかどうにか最悪の事態だけは免れる事が出来た。

その問いに素直に「守りたかった」なんて言うつもりは毛頭ない。
それに、扉間は今でも私が自分を恨んでいると思っている。
だから、その行動が理解出来ないのだろう。
本当の事を言うつもりはない。
それでも「恨んでいない」この言葉だけはどうしても伝えたかった。

「…イズナが死んですぐにお前が仇だという事は知っていた」

それから少しずつ自分達の事を話した。
何故、復讐する事が出来なかったのか。
そして、どうして自分がこうなってしまったのかも全部話した。
こんなにも他人に自分の心の内を話すのは初めてだったから、その想いを言葉にするのには時間が掛かった。
それでも、話している間はずっと黙って聞いてくれた。

「どうしてイズナがマダラに口止めをしたかなんて、考えなくても分かった…。そんな風に想われて復讐なんて出来る筈がなかった。
それに…、いつの間にかしようとも思わなくなってた…」

初めて名無しの口からこんなにも話を聞いた。
最初は身体を強張らせていたが、話して行く内に少し落ち着いたのか今では自分にもたれ掛かる様に大人しく身体を預けていた。
名無しの話を聞いて、その当時の名無しが受けた悲しみに少しだけ触れた様な気がした。
愛する者を殺した相手が分かっているにも関わらず、復讐をする事を許されないだなんて、どれ程の精神的な負担だったのか想像も出来ない。

「恨んでいない」
そう名無しは言った。
この言葉が本心からの言葉だという事は分かっている。
それでも、心はずっとざわついたままだった。
その「ざわつき」が何を意味するのか、もうとっくに気付いてる。

「まだ、愛しているのか?」

そうはっきりと言葉にする。
名無しが頷くのか首を振るのかは分からないが、それでもやはり名無しの口から直接どう思っているのかを聞きたかった。
柄にもなく少し緊張している自分に笑いが込み上げる。

マダラに術を解かれ、その瞬間すぐに名無しの顔が頭に映像の様に現れた。
そして、その時に自分が今まで名無しに術を掛けられていた事に気付き、同時に頭を抱えた。
思い出してしまえば、兄者やミトの言葉が全部意味のある物だったという事に今更ながらに気付かされた。
そして、名無しに守られたという事にも。

「…私はイズナに愛されて、愛する事を学んだ。大切なのは今も昔も変わらない。これからもきっとそう。でも…、今はそういう愛とは少し違う。
どちらかと言えば、マダラに感じる様なそんな愛情に近い気がする」

自分の中で考え、まるで自分自身にも問い質しているかのように言葉を選んで話す名無しの声色は落ち着いていて、それが妙に心地良かった。
死者の想いに捕らわれた者はずっとそれを背負い生きて行くのだとばかり思っていた。
これからもずっと、イズナを想い愛し生きて行くのかと思っていたから。
だから、名無しの言葉に驚いた。

自分の気持ちにはもう気付いているし、回りくどいのは性に合わん。
名無しが誰を愛そうとも関係ない。
そのまま腕を解き、埋めていた顔を上げて正面から名無しの顔を見る。
久しぶりにこんなにも近くで見たなと思うと懐かしさが込み上げて来た。
瞳は少しだけ戸惑い気味に揺れていたが、それでも真っ直ぐこちらを見つめていた。

「ワシはお前が好きだ。だから、お前の全てが欲しい」

一度深く呼吸をし、そう一言分かり易く言った。
愛と言う感情とは不思議なもので、気付いてしまえば一瞬でその全てが愛おしく感じる。
その言葉に心底驚いた表情をしているその姿さえも。

突然の出来事に混乱しているのだろう。
薄く唇は開かれているが、そこからは声にならない様な音が漏れる。
動揺しているのか視線も揺れており、それが少しだけ面白かった。
自分の知っている「名無し」とは随分とかけ離れたその姿は、自分の瞳にはとても新鮮に映った。
それでも、少しして気持ちも落ち着いたのか、俯いたままだが小さな声で何かを話し始めた。

「…違う。術が解けて急に記憶が戻ったせいで、混乱してるだけ。きっと、すぐに治る」

俯いたままそう言う名無しの姿をじっと見つめる。
それでも俯いたまま頑なに視線は合わそうとしない。

名無しは自分の事を恨んではいないと言った。
しかし、イズナの仇うんぬんを抜きにしても自分達は千手とうちはであり、元々は敵同士だ。
自分を殺そうと思えば、殺す機会はあった。
だれど、名無しは自分を殺さなかった。
抱き締めた時も離れようと思えば出来た筈だし、右手の封印も解かれ嫌ならば力ででも抵抗出来る。
それなのに、そうしなかった。
好かれているかどうかは分からんが、嫌われてはいない自信はあった。

「うちはに戻った前夜にお前の事を抱いただろう。あの時、どうしてあんな風に抱いたか分かるか?」

急に話が変わり、訳が分からないといった表情の名無しに構う事無く話しを進める。
あの時、自分は名無しを傷付け泣かせてまで抱いた。
自分でもどうしてあんな風に抱いたのかなんて分からなかった。
それから記憶を消され、思い出すまでの間はいつも名無しに似た面影を持つ女とばかり過ごしていた。
思い出してしまえば、自分でも無意識の内に名無しを求めていたのだという事に気付いた。
その時にどうしてあんな風に抱いたのかも理解した。

「いつまで経っても笑わないし、あの娘の元に行けばいいと言ったり。それに…、お前の心の中にずっとイズナが居るのかと思ったら腹が立った。
だから、あんな風にしか抱けなかった。その後、記憶が戻り、全てを思い出したら自然と自分の中にあったお前への気持ちに気付いた」

そう、理由は至って単純な事だった。
あの時、自分はイズナに嫉妬していたのだ。
だから、いつまで経っても自分を見ず、自身にイズナを重ねる名無しにも腹が立った。
傷付ける様な事を言って、その時だけでも自分で名無しの心を満たしたかった。

今思えば、随分と子供染みていて情けない事をしたものだと思う。
その後、名無しを斬った事も全て思い出して、背筋が凍る様な思いだった。
生きている事は分かってはいたが、それでもいても経っても居られなくなり、裏庭に居た名無しを捕まえた。

「そろそろ、ワシの気持ちに答えたらどうだ?本気で言っている事ぐらい分かるだろ。嫌なら言葉でも態度でもどちらでも良いから示せ」

自分の事は全て話した。
これで名無しが自分を拒否しようとも、簡単に諦めるつもりなどない。
下を向いている名無しの顎を軽く持ち上げ、上に向かせ視線を合わせる。
その行動にも抵抗はせず、今度はちゃんと真っ直ぐ視線を合わせた。
少しの沈黙の後、自分の中で答えを出したのか、瞳を閉じ深く呼吸をした後にゆっくりと話し始めた。

「…私は普通の女みたいに綺麗に着飾ったり、笑ったりなんかしないし、今まで多くの人間をこの手で殺して来た。それはこれからも消える事はない」

「………」

「それに…、私はお前がずっと嫌っていたうちは一族だぞ。…お前こそ、目を覚ましたらどうだ?」

そう言い終わった後の名無しの顔は、今にも泣きそうな顔をしていた。
初めて名無しを抱いた時に「あの時に女を捨てた」と言った。
そして、自分は普通の女に戻れないし、戻ろうとも思わないとも言った事を覚えている。
イズナが死んだ「あの時」が名無しを変えた。

確かに名無しの言う通り、普通の女の様に着飾る事も無ければ笑う事もない。
それでも、自分はその「名無し」を愛した。
それに、そんな顔をされて黙って引き下がれる訳が無い。

「もう、お前がうちは一族の者だろうとも構わない。それに、ワシは普通の女なんかいらん。着飾らんでも笑わんでもワシはそのお前を愛した。
それに、そんな泣きそうな顔で言っても無駄だ。ワシはお前自身の本心が聞きたい」

扉間に言われるまで、自分がどんな顔をしているかなんて気付いていなかった。
自分を愛してると言ってくれたその言葉は、本当はすごく嬉しかった。
でも、その嬉しさ以上にあの時の恐怖が心を占める。
愛する人を目の前で失う恐怖を感じてしまったら、それがずっと心の奥底に留まって消えない。
まるで解ける事のない鎖に縛られている様な感覚。
忍である以上、常に死とは隣り合わせで、またいつか突然自分の目の前から居なくなってしまうのではないかと思ったら怖くて仕方が無かった。

臆病だという事は分っている。
それでも、もう二度とあんな思いはしたくない。
ならば、扉間の言葉を受け入れてはいけない。
それが自分の答えだった。

「…私は、」

それなのに、自分の出した答えを伝えたいのに上手く言葉が出て来ない。
このままその言葉を受け入れたい気持ちとそれを拒絶したい気持ち。
その二つの想いが入り交ざり、どうしたら良いのか分らない。
真っ直ぐこちらを見つめる瞳は真剣で、その言葉が心からのものだという事が痛い程に伝わってくる。

それでも、言わなければいけない。
さっきと同じ様にもう一度深く呼吸をし、ゆっくりと口を開く。

「…私はもう、誰も愛したくない。それに、私より良い人なんてたくさん居るし、私達は…、忍だ。だから、「ワシはお前を残しては死なん。だから、信じろ」

最後の言葉を言おうとした瞬間、遮る様に発せられた扉間の言葉に頭が真っ白になる。
「信じろ」
その言葉に言おうとしていた言葉もその想いも全部掻き消された様な気分だった。
そして、その後すぐに涙が頬を伝うのを感じた。

一度流れ始めた涙は拭っても拭っても止まる事なく流れ続け、気付けばまた抱き締められていた。
まるで今まで心の奥底に留まっていたものを洗い流すかの様に心の赴くままに泣いた。
こんな風に泣いて恥ずかしいとか、みっともないとかなんて考えられる余裕なんてない。
この涙が喜びから来るものなのか、それとも悲しみから来るものなのか。
今の自分にはそれすらも分からない。
ただ、自分の意思とは関係なく流れ続ける涙は止まる事はなかった。

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