[4. 夢の中に生きる者]

夢を見た。
彼がまだ生きていた頃の夢。
二人とも笑っていてとても幸せだった。
戦いに身を投じる自分をとても心配し、いつも共に戦い守ってくれた。
とても暖かくて優しい人だった。

あの時の自分は忍であり、女でもあった。
「女であろうとも、…を守りたい」って言った時の彼の顔は今でも忘れられない。
嬉しそうに微笑んで抱き締めてくれたけど「名無しは女の子だから、俺が名無しを守るよ」そう言ってくれた。
その言葉が恥ずかしくて素直に頷く事は出来なかったけれど、それでもとても嬉しかった。

(…夢)

彼の夢はもう長い間見ていなかった。
そのまま瞳を閉じれば、溢れんばかりの涙が頬を伝い落ちて行く。
横になりながらぼんやりと天井を見つめれば、今でもはっきりと思い出される顔。
色々な表情の中でも笑っている時の顔が一番好きだった。
どんなに時が過ぎようとも、あの頃の思い出は色褪せる事無く記憶の奥底にずっと残ったまま。

彼が死んでしまった後、私は女を捨てた。
誰かを守るという名目の下で自分が死ねる場所をいつも探していた。
愛していた人を失う事の辛さがこんなにも耐え難いものだと嫌という程味わった。
自分が物心付いた頃には既に親兄弟は他族によって殺され、心から大切に想う人は誰一人として居なかった。

そんな中で彼に出会い、愛を知り愛を大切に想う事を教わった。
そして…、目の前で愛を失う事の絶望も教わった。
自分の眼に宿るこの力がその証。

「   」

彼の名前を声に出したら、きっとまた立ち直れなくなる。
それが怖くて口にする事が出来ない臆病な自分が嫌になる。
この眼に宿る「万華鏡写輪眼」の力。
もしこの瞳術を使ってしまったら、自分と彼とを繋ぐ唯一の生きた証を消してしまいそうで怖くて仕方がなかった。

現実の世界に彼は居ない。
だから、あの頃の私は夢ばかり追い続けていた。
瞳を閉じればいつもそこには彼が居たから。
でも…、そうじゃないって気付いたのはいつだったか今ではもう思い出せない。

***

部屋の中はまだ薄暗く物音一つせず、ただ鳥の鳴き声か微かに聞こえるだけだった。
久しぶりに泣いたからなのか、頭は妙にすっきりとしていた。
きっと、夢の中でだけでも会えたからなのかなって思う。

寝巻の上から羽織を着て井戸で顔を洗った後にお勝手口へと向かう。
まだ起きている者はおらず、この静けさが心地良かった。
こういう時は静かに心を落ち付ける時間が必要だから。
そのままいつもの裏庭にある縁側に腰を下ろし薄暗い空を見つめる。

(会いたい…)

そんな願いが叶う筈もないのに、そう願ってしまえば再び涙腺が緩むのを感じる。

***

半刻ほど経った頃だろうか、昨日から屋敷に滞在していたミトさんに背後から声を掛けられる。
まだ早いと言うのに綺麗に着替えており、寝間着姿の自分とは大違いだった。

「こんな朝早くに会うとは珍しいですね。…泣いていた様ですが何かあったのですか?」

そう言いながら、心配そうに優しく頬を撫でてくれる様子に彼の姿が重なる。
ミトさんは彼によく似ている。
強くて優しくて、全てを包んでくれる様な暖かさを持っている。

もう絶対に人前で泣かないと決めていたのに。
溢れ出した涙は簡単には止められなくて、いつしかミトさんに抱き締められたまま泣いていた。
子供みたいに気持ちの赴くままにこんな風に泣いたのは彼が死んだ時だけ。
辛くて死にたくて、何もかもが闇の中に沈んでしまう様な気分だった。
それから、自分の拙い話をゆっくりと聞いてくれた。
自分の生い立ちや彼の事、この眼に宿る力、そして自分の女としての人生を捨てた事を話した。

「…辛かったのですね。それでも貴女は女性の身でありながらも今までこんなにも気丈に生きて来た。それは貴女自身の強さです。貴女は決して弱い女性ではありません。
勿論、自分自身の弱さを知る事はとても大切で難しい事です。その弱さを知っているからこそ、強くあろうとする気持ちが生まれ、こんな風に想って泣く事が出来るのです。
涙を流す事は決して恥じる事ではありません。時にはこんな風に胸の内にある想いを吐き出してしまう方が一人で隠してしまうよりもずっといいわ」

こんな風に誰かの前で泣いたのはマダラ以外で初めてだった。
ずっと背中を撫でてくれているミトさんの手がとても暖かく落ち着く。
自分が落ち着いた頃を見計らい、わざわざ暖かいお茶まで用意してくれた心遣いには本当に感謝しきれない思いがあった。
こんなにも出来た女性があの男の許嫁かと思うと、本当に残念で仕方がない。

「貴女にそんなにも想われているなんてとても素敵な人だったのね」

「…私が今までに出会ったどんな人よりも優しくて、家族を大切にする人でした。本当に私には勿体無いぐらい」

「ふふ。貴女にもまたいつの日にか、本当の貴女を心から愛してくれる方がきっと現れるわ。もし、また辛くなった時は一人で何でも抱え込まずいつでもいらっしゃい。
名無し、人は愛される事から愛する事を学ぶわ。これだけは決して忘れては駄目よ。…そろそろ皆が起きてしまうわ。貴女も着替えてらっしゃい

そう言い、微笑みながら頭を撫で部屋へと戻って行ったミトさんの後姿をじっと見つめる。
泣く事を許してくれた事が嬉しかった。
今まで心の奥底に誰にも気付かれぬ様に溜め込んでいた分、たくさん泣いて、気持ちも随分と楽になり落ち着いた。

***

「あなたと言う方は…。女性同士の話に聞き耳を立てるなんて関心しませんよ?」

「外の空気を吸おうと部屋から出たら話し声が聞こえてな。そう怒るな。美しい顔が台無しぞ」

「まったく…。あの子は私達が思う以上に女性として辛い人生を歩んでいます。どうにか救ってあげられたらいいのですが…、
その役目は私ではなく、本当のあの子を愛してくれる方にしか出来ません…。ですから、あまり名無しをからかわないで下さいな」

少しご立腹な様子の許嫁を見てその姿さえも愛おしいと思う自分は相当ミトに惚れ込んでいる様だ。
ミトの優しさの奥にある強い心は誰しもの心を癒し導いて行く。
自分も名無しも例外ではない。
まるで、教えを説く偉大な人物の様にも感じる。

名無しも千手一族の者ではないミトに対しては全面的に信頼を置いており、今回の様に弱さを曝け出す事の出来る唯一の人物だ。
自分や扉間の前とは態度が真逆と言っていい程違うし、随分と物腰も柔らかく素直になる。
ミトも名無しの事を妹の様に可愛がっており、よく二人で話しているのを見掛ける。

「名無しなら大丈夫だ。あの娘は強いからな。むしろ、オレはあのまま一生嫁を取らずに独り身でいそうな扉間が心配ぞ…」

「ふふ、扉間も大丈夫ですよ。ああ見えて気の利く優しい男です。いつか、扉間にも彼を理解してくれる素敵な女性が現れますよ」

そうだな、と返事を返せばミトの満足そうに微笑む顔が目に入る。
自分の事を理解し、共にこれからの未来を歩んで行ってくれる。
本当に良い女と巡り合えたと常々そう思う。

***

ミトさんと別れてすぐに部屋へと戻り、もう一度あの夢を思い出す。
自分も彼も皆が楽しそうに笑っている姿が頭に浮かぶ。
それだけで顔が綻ぶのを感じる。
頬を伝う涙が握っていた拳にポツリと落ちる。

私は彼に愛されて、そして人を愛する事を教わった。
それは、何があろうとも変わる事のない大切な真実。
皆がそれぞれ心に想い描く幸せは、同じものじゃない。
その幸せが同じでない限り、これから先もまだまだ戦いは続く。

彼が守りたいと願った一族や仲間を守りたい。
だから…、いつかこの身が朽ちるその時まで、もう少しだけ生きる意味を探してみようと思った。

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