[26. それぞれの決断]

「砂隠れのチヨ様…、一名が殉職。風影様は無事帰還されたとの事です。ガイ班、カカシ班は無事任務を終了。三日後には木ノ葉に戻る予定です。
それと、綱手様…。名無しについてですが、はたけカカシからの伝令によると、自らの過去と暁との関係をナルト君達に話したそうです」

「そうか…」

シズネの言った事は大方予想はついていた。
暁と接触する事になる以上、名無しと暁との関係をナルト達に伏せて置く事は難しい。
ましてや、名無しの性格を考えれば仕方のない事だったのかもしれない。

(さて…、これからどうするか…)

シズネに背を向け、椅子に座ったまま外を眺める。

今回の件は名無しにとって色々と考える事があるだろう。
「暁」は自分が思っていた以上に名無しの心を大きく占めている。
木ノ葉に九尾の人柱力であるナルトが居る以上、いずれまた暁とは戦闘になる。

これから名無しがどう行動するのかは分からない。
名無しはシズネ、サクラ同様に自分が信用出来る数少ない忍だ。
出来る事ならば名無しの意思を尊重し、自由に行動させてやりたい。

「…桔梗、お前だったらどうする…?」

今は亡き名無しの母であり、共に切磋琢磨しお互いを高め合った大切な友人。
その桔梗が遺した名無しを縛り付ける様な事はしたくなかった。

これは個人的な思いであって、火影として判断しなければいけない時には勿論里の為に最善な判断を下す。
だが、今はまだそういった状況ではない。
だから、少しでも名無しの好きにさせてやりたかった。

***

「人柱力ト名無しハドウシタ?」

「オレのノルマは終わってんだろ…、うん。…名無しはどんな手を使っても必ず連れ戻す」

ゼツにそう問われ、少し居心地の悪さを感じる。
不機嫌にそう言えば、空気を読まないトビが癪に障る事を言うから更に気分が悪くなる。
今回は名無しの姿を確認し、声が聞けただけでも自分にとっては十分だった。
傷が癒えればすぐにでも名無しの元へ向かう。

「センパイまたそんな事言って、しつこいと名無しちゃんに嫌われちゃいますよー?センパイってただでさえ、暑苦しいんだから。アハハハ」

「トビてめぇ!!」

相変わらずの後輩らしからぬ生意気な口調で話すトビに苛立ちを覚えるが、両腕がない今は起爆粘土も使う事が出来ず、その口を黙らせる事は難しかった。
そのまま三人でアジトへと戻る間も考えるのは名無しの事ばかり。
久しぶりに見た名無しは髪も伸び、随分と女らしくなっており、改めて三年という時の長さを実感した。

(ババアと小娘が加勢に来たって事は、旦那はやられたって事か…。あんな分かり易い場所に弱点なんか付けやがって。…どうせ今頃泣いてんだろうな)

容易に想像する事が出来る名無しの姿に小さく溜息が漏れる。
どうして名無しが泣いているかを分かっているくせに、その原因を作っている自分達の行動を止める事は出来ない。
矛盾しているという事は分かっている。
それでも、自分の存在を「爆発」という芸術の形でこの世界に示し、理解させる。
芸術こそ自分の存在を証明し確認する唯一の手段。

だからこそ、どんな理由があろうとも立ち止まる訳にはいかない。
例えそれが、大切な人を傷付けてしまう事だとしても。

***

無事に生還された風影様達と別れ帰路に着く。
サソリは倒れる直前に小さく「ここへは絶対に戻って来るな」と言った。
どうしてそう言ったのかは分からないけれど、サソリの言葉通り、風影様が生還された後もあの場所へ戻る事はなかった。

最後だって分かっていた。
それでも、自分にはやらなければいけない事がある。
それを蔑にする事は出来なかった。

(…反対されるかな)

今回の戦いで改めて「忍として生きる」という事の意味を知った。
綺麗事では済まされない程の憎しみや悲しみ、そして怒り。
その感情に押し潰されそうな程の重圧が心に重く圧し掛かる。

サソリが言った「暁の目的」
その目的の本当の理由を私は知らない。
何も知らない自分が彼等にどんな言葉を言って何も伝わる筈がなかった。
自分の言葉なんて、本当に何の意味も無いのかもしれない。
それでも、ほんの少しでも可能性があるのならば、諦める訳にはいかない。

***

「…話は分かった。それで、お前はどうするつもりだ?いくら奴等と面識があったとしても相手はあの暁だ。何が起こるかは分からない」

「分かっています。それでも…、今の自分に出来る事はそれしかありません」

名無しの凛とした声が静かな執務室に響く。
昨晩、砂の国から戻ったカカシ・ガイ班共に二班にはしばしの休暇を与えた。
名無しも思う事があるだろうし、これからの事も考えなければいけなかった。

サクラとカカシから暁と名無しの話を聞き、正直なところ近い内にこうなるであろう事は予想していた。
真っすぐこちらを見つめる名無しは真剣で覚悟を決めたような様なそんな表情だった。
今回の件で名無しなりに罪悪感を感じているのだろう。
そして、それを止める事が出来なかった自分を責め、その責任を一人で背負おうとしている。

「お前の覚悟は分かった。私は桔梗の忘れ形見であるお前を弟子として、そして娘の様にこの三年間を見て来た。私はお前を信じているし、何を言ったところで止まらないだろう。
…これより、苗字名無しに極秘任務を言い渡す。暁と接触し、奴等の動向を探り目的を阻止せよ」

「綱手様…!」

もし、ここで名無しの申し出に反対したとしても、必ず強行的に一人で暁の元へと向かうだろう。
ならば、火影直々の「極秘任務」として行かせた方が名無しの動向が分かるぶん少しは安心出来る。
名無しには白虎様も付いているし、何かがあればすぐに白虎様がカツユを通して教えて下さるだろう。

「出発は五日後だ。それまでは十分に身体を休めておけ」

「ありがとうございます…!」

深々と頭を下げ、執務室を後にする。
自分の事を理解し信じて下さる綱手様を木ノ葉の火影として師匠として心から誇りに思う。
この人の元で強くなれた自分を信じて前に進む。
それが今の自分に出来る事。

***

「そろそろ出て来たらどうだ」

「………」

窓の外に居る人物にそう声を掛ければ、少し気まずそうに窓から中へと入って来た。
随分と気配を消すのが上手くなったと思ったが、あえて口には出さず言葉を待つ。
さっきの名無しとの会話を聞き、どう思ったのかは分からないが、それなりに思う事はあるのだろう。

「言いたい事があるのならば、出発前にはちゃんと言っておくように」

「…ばあちゃんは、姉ちゃんと暁との関係知ってたのか?」

そう問われ、今回の任務に就く前、名無しが執務室で過呼吸で倒れた時に聞いた事を話した。
自分と同じ人柱力である砂の我愛羅が暁に狙われ、そして一尾を抜かれ命を落とした事はナルトにとって他人事ではなかった。
それ故に、今回、名無しの口から真実を聞き、暁と深い関係のある名無しに対してどう接していいのかが分からないのだろう。
ナルトの気持ちも分からないでもない。
それでも、ナルトも名無しの「覚悟」を聞いている以上はこれからの事を考えなければいけない。

「…木ノ葉に戻ってサクラちゃんから、姉ちゃんがどんな気持ちで暁の奴と戦ってたのか、目の前でそいつが死んでどれだけ泣いてたのか…。
自分の命を使って我愛羅を生き返らせようとしていた事とかも全部聞いた」

「そうか」

さっきの名無しとの会話を思い出す。
名無しが執務室に入って来た時と同時期にナルトの気配を外に感じた。
自分に用事があって来たのかは分からないが、名無しが先に執務室に入ってしまい、入るタイミングを失ってしまったのだろう。
そのまま名無しとの会話を外で聞いていた。

『…私にとって、この里に住む皆も暁の皆も同じぐらい大切なんです…。だから、どちらかを選ぶ事は私には出来ません…。
それでも、彼等のせいで各国の隠れ里が危険に晒されるのであれば、私はそれを止めなければいけません。私一人の力じゃ何も変えられないかもしれない…。
だけど、このまま何もせず待っているだけじゃ、また誰かが傷付く事になる。もう…、嫌なんです…。大切な人が傷付いたり、居なくなったりするのは…』

薄っすらと涙を浮かべながらそう話す名無しは、ひどく悲しそうで、大切な人を失う事の辛さと深い悲しみを思い出させる。

一尾の人柱力である我愛羅はチヨ様の転生忍術により生き返った。
その事が、名無しに自身の出生時に起こった出来事を思い出させるのだろう。
他人の命の上に成り立っている己の命。
その現実を目の当たりにし、遺された者が継ぐ遺志を全うしようとしている。
一人で全てを背負い過ぎだと言ったところで名無しの覚悟が変わる訳でもない。
それならば、せめて、その覚悟を貫き通す事が出来る様な状況を作ってやる事しか出来なかった。

***

五日という時間はこんなにも過ぎるのが早かっただろうか、そう思う程、この五日間はあっという間に過ぎていった。
綱手様から極秘任務の命を受け、今日が「その日」だ。
配属されているカカシ班の皆には綱手様から上手く伝えて下さる様なので安心した。

外はまだ陽が昇りきっておらず、肌に感じる空気は少し冷たかった。
辺りは静まり返っており、里入口の門へと続く道がやけに長く感じられた。
自分が今からやろうとしている事は、もしかしたらまったく意味が無い事かもしれない。
それでも、何もせずにただ待っているだけなんて自分には出来ない。
これ以上、誰かを失うなんて耐えられない。

門前に着き、じっとその門を見つめた後にもう一度振り返り里を見渡す。
この里で過ごした時間は短いけれど、自分がここまで成長出来たのはこの里の皆の存在があってこそ。
そしてここは自分の生まれた場所。
幼い頃の記憶なんて無いけれど、それでもこの里が自分とこの世界を繋ぐ存在だから。

(…そろそろ、行こう)

いつまでもここに居たら決心が揺らぎそうで怖い。
そのまま振り返り、足早に門を出る。

その時だった。
門を出た瞬間、目に入った光景に驚く。

「ナルト君…?」

そう遠慮がちに声を掛ければ、伏せられていた顔が上げられこちらへと向く。
まさか自分もこんな時間にこんな場所で誰かに会うなんて思ってもいなかったから驚いている。
最近は暖かくなって来たとはいえ、朝方はまだ冷える。
長い時間この場所に居たのだろうか、ナルト君の耳は少し赤くなっていた。

風影様奪還時から今までナルト君とは面と面を向かって話をした記憶が無い。
自分を避けている理由が分かっているからこそ、話し掛ける事も出来なかった。

「…姉ちゃん一人でどうするつもりだってばよ」

その口振りから自分が里を出る事をナルト君が知っているという事を理解する。
真っ直ぐにこちらを見つめる瞳を見つめ返せば、朝靄の中でもはっきりと分かる綺麗な瞳がそこにあった。

皆を守りたい事、彼等を止めたい事、その為に自分がやろうとしている事を話した。
ずっと真剣な眼差しで話を聞いているナルト君は、何を思っているのだろうか。
全て話し終わった後にまた少しの沈黙が辺りを包み込む。

「ナルト君と初めて会った時、私に「大切な何かを守りたいって思った時に、本当に強くなれる」って教えてくれたでしょ?その言葉があの時から私を変えたの。
私にとって、里の皆も暁の皆も同じぐらい大切でどちらも守りたい。でも、それは言葉にするのは簡単だけど、とても難しい事。それでも私は自分の言葉を曲げたくない。
どちらも守る。…それが私の出した答え」

少し泣きそうな顔でそう自分に言い聞かせている様にも見えた。
姉ちゃんの事は修業に出ていた分、まだ皆程よくは知らないけれど、それでも姉ちゃんが話す全ての言葉には嘘が無い事ぐらい自分にも分かる。

姉ちゃんは自分の目の前で大切な人を失ったにも関わらず、それでも皆を守ろうとしているのに、今まで自分の事しか考えていなかった自分に嫌気が差す。
俯いたまま小さく「ごめん」と呟けば、そのまま優しく抱き締められて「ごめんね」と言われた。
その謝罪の言葉が何を意味するものなのか、それは姉ちゃんにしか分からない。
それでも自分はこんな風に里や仲間を想い守ろうとするこの人やその想いを守りたいと思った。

姉ちゃんとはそのままそこで別れた。

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