[お守り]
*長編/From here to there with youヒロイン
「ちょ…、デイダラ苦しい」
「ありがとな。大事にするよ」
「…うん。デイダラも怪我しない様に任務気を付けてね」
温かい。
全部温かくて心地良い。
深呼吸したら鼻孔から名無しの良い匂いが鼻を通り、更に名無しを近くに感じる事が出来る。
近くに感じる名無しの温かさが心地良くて落ち着く。
こんな風に抱き締めたら、多少なり自分を男として見るかと思ったが現実はそう甘くは無かった。
名無しから感じるのは男女間の愛情ではなく、今日街で見た親子の様な家族としての愛情を感じる。
心地良いけれど、それは自分が男として名無しに認識されていないという事を意味するものだった。
縮まらない距離。
こんなにも近くに居るのにどうする事も出来ない想いが心の中でどんどん大きく広がっていく。
「………」
「デイダラ?…どうかしたの?」
何も言わない自分を心配しているのか、その瞳には薄っすらと不安そうな様子が見て取れる。
いつまで経っても自分に向かないその瞳も、自分の名前を呼ぶその声も全部塞いでしまいたくなる。
自分しか居ない世界に閉じ込めてしまいたい。
自分だけのものにしたい。
「わっ、ちょ…っ!デイダラっ…」
何も考えていなかった。
ただ、もっと名無しに触れたくて、もっと名無しを感じたくて仕方がなかった。
勢いよくベッドに押し倒し、そのまま唇を塞ぐ。
突然の出来事に大きく見開かれた瞳はすぐに強く閉じられる。
それでも、どうにかこの状況を抜け出そうと両手で身体を押し返そうとするが、所詮女の力が男に叶う筈もない。
片手で暴れる両手首を拘束し、ベッドへと押しつける。
そのまま首筋に舌を這わせ、ふとももに手を滑らせれば怯えた様な瞳をした名無しと視線が重なり合う。
「デ、デイダラ…っ、こんなの、やだ…!止めてっ」
その言葉を遮る様に再び唇を塞ぎ、履いていた衣服を剥ぎ取れば、今まで見た事が無い名無しの姿に更に欲が掻き立てられるのを感じる。
羞恥心からなのか恐怖からなのかは分からないが、その瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。
そんな名無しの涙にさえ欲情する自分は本当に狂っているのかもしれない。
ふとももをゆっくりとなぞる様に移動させれば、身体は強張り拒絶の反応を見せる。
服を捲り上げ、露わになった胸元に舌を這わせ吸い上げれば白い肌に栄える跡が残る。
行為が進むにつれ、もっと触れたい気持ちがどんどん大きくなる。
もっとキスしたい。
もっと感じたい。
そう思っていたら、つい拘束していた片手を離しそのまま唇を塞いでいた。
「い、って…」
頬に走る痛みは興奮していた自分の目を醒ますには十分なものだった。
だが、その痛みよりも名無しの表情に一瞬で血の気が引く。
大粒の涙がぽろぽろと頬を伝いベッドへと落ちる。
そんな顔をさせるつもりなんか無かった。
好きだからこそ大事にしたいって思うのに上手くいかない。
泣き顔なんて見たくなかった。
それでも、その原因を作ったのは紛れもなく自分自身で、自分勝手な想いで名無しを傷付けたかと思うとやるせない気持ちが溢れる。
「…ごめん。外で頭冷やしてくる」
そんな姿を見ていられなくて肌蹴たままの名無しに布団を掛けてやり、そのまま足早に逃げる様に部屋を出る。
***
アジトから少し離れた場所に寝転がり、ぼんやりと夜空を見つめる。
「最低だな」
今更ながら自分のやった事に後悔が押し寄せる。
名無しの泣き顔がずっと頭の中をぐるぐる回って離れない。
今日一日、名無しとずっと一緒に居られて良い日だったのに、一気にどん底へと落ちた気分だった。
せっかく貰ったお守りも今はただ切なかった。
今までの関係を壊したのは自分自身。
今更後悔しても遅いが、それでも自分の馬鹿さ加減にうんざりする。
「…そういや、名無しを泣かせたのって初めてだな…、うん」
もう何度目か分からない溜息が漏れる。
ここに来てもうかなりの時間が経っている。
それでも動く気になれないのは、それ程精神的なダメージが大きかったからなのだろう。
見上げている星空は何一つ変わらず、ずっとそのまま。
時間だけがただ流れて行く。
明日からまた旦那との任務が入っている。
少しでも時間に遅れれば何を言われるか分からない。
渋々身体を起き上がらせ、沈んだ気持ちのままアジトへと向かう。
自分部屋は名無しの部屋を通り過ぎた先にある。
あの後、部屋に戻り眠りに就いたのだろうか。
扉から漏れる光は無く、部屋は静寂に包まれていた。
自身の部屋に着き、扉付近に置いてある時計に視線を送れば既に日付が変わっていた。
「…寝よ」
このまま起きていても仕方がないし、明日も早くから任務が入っている。
こんな気分で朝から旦那の怒鳴り声なんか聞きたくない。
そう思いながら真っ暗な部屋を進みベッドへと腰掛ければ、何かがそこにあった。
まだ暗闇に瞳が慣れておらず、目を凝らして見てみれば自分の目を疑う様な光景がそこにあった。
部屋を出る前に掛けてやった布団を被り、静かに眠っている名無しの姿が目に入る。
自分がベッドに腰掛けた事により体重が掛かり、名無しの身体が少しこちら側に沈み込む。
勿論このままじゃ眠れないし、これ以上ここに居たらまた名無しを傷付けるかもしれない。
そう思い、恐る恐る声を掛けて起こせば段々と意識がはっきりしてきたのか、少し驚いた表情の名無しと視線が合う。
「…こんなとこで寝るなって。ちゃんと自分の部屋に戻れよ」
なるべく穏やかな口調で怖がらせない様に話し掛ければ横になったまま小さく頷き、そのまま視線を逸らされる。
***
どれぐらいの時間が経っただろうか。
一向に動く素振りを見せない名無しに視線を向ければ、何も話さないから余計に名無しが何を考えているのかが分からない。
瞳を閉じ寝ているのか、起きているのかも分からない。
小さく名前を呼んでも返事はなく、静寂が辺りを包む。
「さっきは、酷い事してごめん」
「…どうして、あんな事したの?」
そう独り言の様に呟けば、小さいながらもはっきりとした声でそう問われる。
まさか返事が返って来るとは思ってもいなかったから、素っ頓狂な声を出してしまった。
問われたその答えは簡単で、自分にとってそれはとても大事な言葉だった。
本当は言ってもいいのか迷ったが、今更隠したってどうにもならない。
ならば、はっきりと自分の気持ちを伝えてちゃんと名無しの口から答えを聞きたかった。
「…もう、あんな事しないから。ホントにごめん」
「………」
話している最中も何も言わず、ただ黙って聞いていた。
だから、少し不安になった。
そう思っていたら、本当に小さな声で何かを言っているのに気付く。
その声はとても小さくて耳を澄まさないと聞こえない程。
「…順番逆でしょ」
今度ははっきりとそう聞こえた。
少し怒った様な声色でそう言われれば何も言い返せない。
上手い事が言えるはずもなく、小さくごめんと返せば再び沈黙が訪れる。
「話も聞いてくれなかったし、いつものデイダラじゃなかったからすごく怖かった」
「…ごめん」
さっきから同じ言葉しか言えない自分が情けない。
急に押し倒され、手首を拘束されながら好き勝手にやられたら誰でもそう思う。
ましてや、自分が心配していた人間にそんな事をされたのだから余計に怖かったのだろう。
ベッドの横にあるランプに明かりを灯せば、弱々しい灯りながらもお互いの様子を確認するには十分だった。
それでも、自分と同じ様にベッドに座っている名無しの顔は俯いていて表情を窺う事は出来なかった。
「…そういえば何で部屋に戻らなかったんだ?…ここに居るの嫌だったろ?」
「………」
ふと、何気なく問うた質問に返事は返って来なかった。
そんな名無しを訝しげに思い、名前を呼ぼうとしたら、ゆっくりと俯いていた顔を上げて何かを言いたそうな表情をしていた。
言うか、言わないでおこうかと迷っている様な、そんな感じ。
「もう関わらないで欲しい」とか「嫌い」だとか言われたら、流石の自分も落ち込む。
時間にしたらほんの数十秒程だが、今の自分にとってはその時間さえも長く感じた。
「…じゅ、…だって…言っ、でしょ」
「…?よく聞こえなかったから、もう少し大きな声で言ってくれよ」
顔は上げているけど、ギリギリ自分に聞こえない程の声で話され、途切れ途切れにしか聞き取れなかった。
その言葉にまた少し怒っている様な、戸惑っている様なそんな表情を浮かべる。
それでも決心がついたのか、一度深く呼吸し自分と視線を合わせる。
「…順番が逆だって言ったの」
「順番が逆?…どーいう事だ?」
「どーいう事って…。好きな人にあぁいう事するのって普通はちゃんと告白してからでしょ?それなのに、何も言わないであんな事するし…、
好きって言った後も、私の話しを聞かずに勝手な事言うから…!私の気持ちも考えてよ…」
急に怒り出したかと思えば俯いて小さく嗚咽混じりに泣いている名無しの姿が目に入る。
その姿が無性に愛おしくて抱き締めていいものかと思ったが、ゆっくりとその身体を抱き締めれば肩に額を乗せ身体を預けられる。
冷静さを装ってはいるが、さっきの名無しの言葉の意味を理解しようと頭の中は必死に動いていた。
心臓が少しずつ早くなる。
もしかしたら自分の都合の良い様に勝手に解釈しているだけかもしれない。
それでも少し期待してしまう。
「バカ…。デイダラなんか嫌い…」
「…悪かった。もう一度言うからちゃんと聞いてくれよ。…オイラは名無しが好きだ。好きだからキスしたいし心も身体も全部欲しい」
両肩を掴まれそう言われる。
デイダラの真っすぐこっちを見つめる瞳から視線が逸らせない。
部屋でずっと待っていたのも自分の気持ちを伝えようって思ったから。
デイダラを部屋で待っている間もあの時は本当に怖いって思ったけれど、きちんと話をしたかったから待っていた。
デイダラの事は好き。
いつも楽しそうに色々な事を話してくれたり、いつも一緒に居てくれる。
居心地が良くていつの間にか好きになっていた。
だから、好きだって言ってくれた時はすごく嬉しかった。
「好き」
「…へ」
ぽつりと小さくそう呟けば、間の抜けた様な声が聞こえた。
一瞬何を言われたのか分からなかったのか、全く反応がなかったが、勢い良く肩を掴まれ、もう一度言って欲しいと言われた。
そんなデイダラの様子が可笑しくて、少し笑ってしまった。
もう一度、今度はちゃんと聞こえる様にそう言えば、今まで見た事が無いぐらい嬉しそうなデイダラの顔が目に入る。
自分を抱き締めるデイダラの腕が心地良い。
温かくてとても落ち着く。
触れるぐらいの軽いキスをしたら、少し驚いた表情の後すぐに満面の笑顔に変わって行った。
こんな風に誰かに愛される喜びを知ってしまった以上、きっともう離れられない。
そんな事をぼんやりと考えながら瞳を閉じれば、また強く抱き締められ優しい口付けを落とされた。
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