[ 夢と現実 第三部]

「…これが二人のお墓…」

墓石には二人の名前が刻まれていた。
誰かがお墓の管理をしてくれているのだろうか。
そこには一輪の白い花が手向けられていた。
色々な想いが入り混じって、どうして良いのか分らなかった。
でも…、分らないけれど答えはもう自分の中で何となく出ていた。

「…お母さんも辛かったんだ。それでも戦わなきゃ守れなかった。…今ならその想いが分かる気がする」

ここへ来る途中に買った花を白い花の隣に手向ける。
あの夢が結果としてこの世界の「真理」を教えてくれた。
世界が抱える問題とそれによって生じる犠牲と愛情の入り交じったもの。

自分が簡単に「守りたい」と口にした言葉がどれ程、重たくて難しい事だという事を知った。
何も分かっていなかった。
両親は自分を救う為に死んだ。
自分の命は両親の犠牲の上に成り立っている。

『何かを守る為には何かを犠牲にしなければいけない』

この言葉の意味を理解していなかった。
口にする事は容易くとも、それを実現させる事の意味と覚悟を何も理解していなかった。

「…私、どうしたら良いのかな…。分かってた筈だった。でも…、やっぱり辛い」

「どうするかはお前自身が決める事だ。忍になれないと言うのならば、ならなければ良い。それがお前の出した答えならばそれに従えば良い」

ポン、と頭に手を乗せられ、まるで子供をあやす様に軽く撫でられる。
出した答えに従えば良いと言ったイタチの言葉が本心なのか、そうではないのかは分からないが、そう言ってくれた事が嬉しかった。

***

イタチは少し用事があるという事で、今は居ない。
その代り、今は白虎が側に居てくれている。

墓石の前に腰を下し、そこに刻まれている名に指を滑らせる。
はっきりと残っている自分と両親とを繋ぐもの。
自分がこの世界に生まれ落ちたという証。
そして、この里が自分の生まれた場所だという事。

「…私ね、ずっと寂しかった。周りの皆には両親がいるのに、どうして自分には居ないのかなって」

隣に居る白虎は何も言わず、ただこちらを見つめている。
時折、視線を墓石へと戻すが、それでも話を聞いてくれた。

「勿論、おばあちゃんは私にとって、とても大事な人でたった一人の家族だから、おばあちゃんが側に居てくれた事は嬉しかった。
…でも、やっぱり私も皆みたいに両親と遊んだり、怒られたり、笑ったりしたかった。ずっと家族皆で一緒に居たかった…。一緒に、生きて欲しかった…」

ポロポロと零れ落ちる涙は止まる事無く地面に染みを作っては消えていった。
初めて自分の心の奥にある想いを吐き出した。
こんな事を言っても何かが変わる訳でもないのに、それでも言わずにはいられなかった。

「…名無し様…。共に生きて行く事は叶わずとも、ご両親は名無し様の幸せを願っておられるでしょう。私がこんな事を申上げるのは、
厚かましい事だと存じ上げておりますが、私も名無し様の幸せを心より願っております」

自分を労わってくれている白虎の心がとても嬉しかった。
両親は私を命を掛けて守ってくれた。
私の命は今も知らず知らずの内に色々な人に守られている。
忍として生きて行くという事は辛く悲しい事も受け入れなければいけない。
今の自分は全てを受け入れて強く進んで行く為の強い心は持っていない。
今回みたいに心が潰れそうになる事だってある。

それでも…、目を背ける事は出来ない。
お母さんとお父さんが最後まで前を見つめて生きた様に、自分もそうありたいと思うから。
ゆっくりと深呼吸したら花のいい香りが鼻をかすめる。

「おっ?先客かのォ?」

ふと、背後から男の人の声が聞こえ、そちらへと顔を向ければ、まるで歌舞伎役者の様な身なりをした白髪の男性が立っていた。
その手には、墓石に手向けられている花と同じ白い花が握られていた。
瞳が合い、声を発しようとした途端―
男性の手に持っていた花がゆっくりと地面へと落ちた。

「お前さんは…、それに、その口寄せは…っ」

***

まさか桔梗の娘が生きているとは夢にも思わなかった。
桔梗が亡くなったと報せを受けたのは、随分時が経った後だった。
あの頃は、戦争が多く中々里へは帰れなかった。
里へ戻り、その報せを聞いた時には、既に苗字一族は里から消えていた。

「ワシの居ない間にそんな事があったとは…。白虎様も辛かったでしょう。それでも、この子が無事でいてくれた事が何よりも救いだ」

「そうですね…。ふふ、しかし、このような場所であなたに会うとは思いませんでした。綱手と大蛇丸は元気ですか?」

「綱手は火影になっても酒癖の悪さは直らんし、大蛇丸は相変わらずあのままじゃのぉ…」

近くに落ちていた小枝を拾い、弧を描くように遠くへと投げる。
白虎様とももう長い付き合いだ。
綱手や大蛇丸の事も昔から知っている。
ワシ等がガキの頃よりずっと前から桔梗とその一族を守っていた。
十数年ぶりに会ったが、優しい瞳は相変わらず変わらない。
そして、今は桔梗の娘である「名無し」を守っている。

「そういえば、今名無しはどこに住んでいるんですか?ここの地理も忍術も知らんでしょう」

「あっ、それは…っ」

言える訳がない。
暁のアジトに住んでいる事も、そこにイタチが居るという事も。

白虎と自来也さんの話を聞いていても、自来也さんが普通の忍ではないという事が分かる。
もしかしたら彼等と同等かそれ以上の能力者かもしれない。
悪い人じゃない。
でも…、きっと自来也さんにとっても彼等は敵。

「今は湯隠れの里付近で生活をしています」

「そうですか…。木の葉には戻らんのですか?」

「名無し様もその場所を気に入られているし、周りの方達も多少なり癖はありますが、名無し様の事を大切にして下さいますし、
それなりに腕も立つ方ばかりなので、今のところは何とも言えませんね」

自分の代わりにそう答えてくれた白虎の顔は相変わらずで、自分の心を簡単に見透かされた気分だった。
自来也さんも白虎の言葉に疑問を持つ素振りもなく、それ以上その件については詮索してこなかった。

***

今、自分と自来也さんが居る場所は居酒屋だ。
流石に白虎は店には入れないので、一度戻ってもらった。
「あなたが一緒なら私も安心です」と言う程だから、自来也さんは白虎に相当信頼されているという事が分かる。

「ナルトが言っておった「ビジンな姉ちゃん」がお前さんの事だったとはな。世間は思った以上に狭いもんだのォ!」

「そんな…、私もまさか自来也さんがナルト君のお師匠さんだったなんて思いもしませんでした」

そう。
昨日の夜に出会った男の子、ナルト君。
その師匠が自来也さんだ。
話を聞いていると数日後には里を出てナルト君と三年ほど修業の旅に出るらしく、出発までの間ゆっくり身体を落ち着けているらしい。

「それにしても桔梗の若い頃にそっくりだのォ…。その瞳もまるで瓜二つだ。ナルトが美人な姉ちゃんって言ったのも頷けるな」

「…自来也さんは母をご存じなんですよね。母はどんな人だったのですか…?おばあちゃんはあまり話してくれなかったから…」

「そうじゃのォ…。桔梗は―」

***

陽もだいぶ落ち、薄暗い路地の途中。
一人の男と一匹の白い虎が佇んでいる。
その周囲はまるで、時が止まったかのように静けさが周りを包んでいた。

「…どういうつもりだ?何故、お前がここに居る。それに…、どうやって俺の居場所を掴んだ?」

「私達四神は六道仙人が祖。あの方によって最初に生命を与えられた獣。それ故に人智では知りえぬ事も我々には造作もありません」

「ならば、その獣が俺に何の用だ?」

こちらを静かに見つめる瞳を見ていると、まるで全てを見透かされる様な気分になる。

見透かされる気分というよりも。
もう白虎は全て分かっているのかもしれない。
自分がやろうとしている事も、犯した過ちも。

「…あなたは名無し様を暁から遠ざけるおつもりですね」

この言葉で確信した。
ここまで知られてしまっているという事は、これから先に起こるだろう事も分かっている。
それでも、確認をするという事は、自分の「覚悟」を見極めるつもりなのだろう。
これから遠くない未来に起こるであろう出来事を。

「ふっ…。どうやらお前に嘘は必要ない様だな。俺はそう遠くない未来に弟と戦い死ぬ。それまで名無しには一人で生きて行ける程の力と心を身に付けて欲しかったが…、
それは到底叶いそうもない。忍に必要な素質は十二分にあるがあいつは優し過ぎる。己の心を殺し相手を傷付け倒す事など出来る筈がない事はお前も分かっている筈だ」

「………」

「名無しに忍は向いていない。俺の推測だが、暁のリーダーであるペインも名無しだけは恐らく傷付ける事はないだろう。
しかし、これからの事を考えたら里の保護下に入った方が名無しの為になる。いつまでも俺が側で守ってやれる訳じゃないからな…」

いつまでもこのままの状態が続けば続く程、名無しの心は暁に縛られ離れられなくなる。
暁も名無しを求め始めている。
名無しの全てを手に入れようと。
守ると決めた以上はどんな手を使ってでも守り抜く。
無事に生きてさえいてくれれば、恨まれようとも構わない。

「…分かりました。私も協力しましょう。名無し様が里の保護下に入った際には私が動きます」

「あぁ、そうしてくれ」

話はここで終わった。
軽く頭を下げる白虎の脇を通り過ぎる。

今回の事で、苗字一族について気になる事が増えた。
「四神は六道仙人が祖。あの方によって最初に生命を与えられた獣」と白虎は言った。
その獣がなぜ、苗字一族を守っているのか。
いつから、そういった関係になったのか。

六道仙人、苗字一族。
それぞれの関係性が何を意味し、どう影響してくるのかは分からないがもう一度調べてみる必要がある。
この場を去ろうと足早に歩を進めれば、背後から核心を突いた言葉を掛けられる。

「あなたは…、罪を赦されたいと思った事はありますか?」

「愚問だな」

静寂の中に響く声は、なんの躊躇いもなく簡単に頭の中に入ってくる。
それは、まるで遠い日の優しい思い出の様に、いとも簡単に。

赦されたいと思った事はありますか?
答えは簡単だ。
俺は赦されようとは思わない。
大望を成就し、己の命が尽きる時にようやく死をもって贖う事が出来るのだから。

***

予定では今日中に里を出てアジトへ戻るつもりだったが、イタチの居場所が分からず今も帰れずにいた。
迎えに来ない原因は分かっている。
自来也さんは「三忍」と言って、木の葉の里では勿論、他国でもその名が知られている程の忍だ。

危険な目にあって欲しくない。
それでも、連絡が取れない以上、心配は尽きない。
どうにかイタチと連絡を取る方法を考えていたら、背後に感じ慣れた気配を感じた。

「名無し様。少しお話したい事が御座います」

背後に現れた白虎に店中は驚きの声を上げるが、自来也さんが何とか抑えてくれた。
そのまま足早に店の外へと出て、人目の少ない場所へと移動する。
ここは、店から少し歩いた所にある公園だ。
昨日初めてナルト君と会った場所。

「名無し様。単刀直入に申し上げます。彼は貴女様がこの里に留まる事を望まれております」

「え…っ、どういう…」

思っていた事と違う事を言われ、一瞬、頭が混乱する。
この里に留まる?
アジトへは戻れない?

「…な、何で!?イタチがそう言ったの…?」

「名無し様が生きておられる事が明るみになった以上、いつ暁との関係性が公に出るか分かりません。暁は犯罪組織です。
これは名無し様と暁との関わり合いを知られる事を危惧しての判断だと思われます。…彼は彼なりに貴女様を守ろうとしています。どうか、そのご意思を…」

「………」

分かってる。
イタチが自分の事を考えてそう言った事も、白虎が言っている事も。
それでも、その言葉を素直には受け入れられなかった。
危険だという事は分かっているけど、気持ちは簡単には変えられない。

離れたくない。
もっと皆と一緒に居たい。

「私は…、もっと皆と一緒に居たい…」

何か上手く言えたら良いのに、と思うけど、考えても考えても答えは出て来ない。
出て来る言葉は、まるで駄々をこねる子供の様な言葉だけ。
自分の行動が彼等を危険に晒してしまうかもしれないのに、彼等と過ごした日々を諦める事が出来ない。

「…名無し様、私の役目は貴女様をお守りする事。彼等の為にもどうかご了承下さい」

「彼等の為」
万が一、自分と暁との関わりが知られてしまった場合、どうなるかは分からないが、良くない事が起こる事ぐらい私にも分かる。
深く深呼吸して心を落ち着かせれば、自分の思いが心に浮かぶ。
私は彼等を守りたい。
今はまだ力もなく守られるだけだけど、いつか彼等を守れる程強くなりたい。

そう心に決めた。
大切な人を失いたくないから。

「皆、何も言わずに居なくなったら怒るかな…」

「その件につきましては、恐らく彼が上手くやられると思います」

「うん…、そうだね。イタチならきっと大丈夫」

鼻をすすり零れ落ちる涙を拭く。
今はまだこんな方法でしか彼等を守る事は出来ないけれど、今は自分が出来る事をやるしかない。

会えなくても忘れる訳じゃない。
いつか、また会える時まで。
その時にはきっと今よりももっと強くなっているから。

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