[21. 夢と現実 第一部]

角都と戦った時以来、変な夢を見るようになった。
会った事のない男の人と楽しそうに話している夢だったり、知らない大きな街で大人数で話し合っていたり色々。
変わった形のお面を付けている人達や、同じような服を着ている人達とか、色々な人に会う夢。

でも、そんな他愛のない夢だけじゃなくて、…人を殺す夢も何回も見た。
それはとても鮮明で、本当に自分がそれを体験しているかの様な感覚に陥る。
その夢を初めて見た時は恐怖よりも先に吐き気が押し寄せてきた。
身体は冷たく震え、その日はまた同じ様な夢を見そうで怖くて眠れなかった。

(…何で、あんな夢…見るんだろ…)

眠るのが怖い。
夢を見ない日もあるが、その夢を見る日は、いつも決まって真夜中に泣きながら目が覚める。
何で自分がこんな夢を見なければいけないのか。
幾ら自分が知らない人が出て来る夢でも、人を殺す夢を見るよりは何倍もマシだ。

慣れる事はなかった。
怖くて怖くて仕方がなかった。
何で自分は戦っているのか?
何で幸せそうに笑っているのか…?
その理由すら分からない。

また今日も同じ様な夢を見るのだろうか…。
そう考えただけで喉の奥に嫌な感覚を覚える。

ただ、一つ分かる事はこの「夢」がこの世界と何か関係があるという事。
夢の中で戦っている時は、修行の時とは違う本気の忍術が繰り広げられていた。
見た事のないような忍術が自分を襲い、それを避けながら相手を次々と倒していく。
何十人もの敵を倒し、やっと終わったと思えばまた戦いが始まる。
その繰り返しが延々と続く。
怖くて、悲しくて、辛い感情が留まる事無くどんどん心の奥底から溢れ出て来る。

見たくない。
でも、目を閉じても脳裏に焼き付いた記憶は簡単には消えてくれない。
震える身体は記憶を鮮明に蘇らせる。
そんな身体を両手で力いっぱい抱き締めたら今まで震えていた身体が少しだけ温かくなったような気がした。

***

ここ最近、名無しの様子がおかしい。
集中力、チャクラ共に以前より持続時間が減り、すぐに疲労が顔に出るようになった。
心拍が荒く顔色からしてここ数日、かなりの疲労状態が続いている事が分かる。

今だってそうだ。
おぼつか無い足取りでフラフラしている。
その疲労の原因が何かは知らないが、俺がどうこうする理由なんかない。
寝込むなら勝手に寝込んでいれば良いし、死なない限りはどうでも良い。

「ソォラァ!」

「きゃ…っ、うわっ!!」

名無しに向かって勢い良く攻撃を仕掛ける。
手は抜かない。
抜く必要なんかない。
いくら調子が悪かろうと、この程度の攻撃でやられる様では話にならない。

「いっ…、た…」

サソリの攻撃を避けた後、ふらついた足がもつれ、そのままその場に倒れてしまった。
すぐに立ち上がろうとしたが、足首に鈍い痛みを感じ顔を歪める。
痛めた足首を見ていたら、修行すらまともに出来ない今の状態に悔しさで涙が込み上げて来た。
こんな事になったのも全部あの夢が原因。
でも、あの夢の意味もそれを止める術も自分にはない。

「止めだ。帰るぞ」

「えっ…、ちょっ、サソリっ!いっ…っ」

痛みに気を取られ、次に顔を上げた時には既にそこにサソリの姿はなかった。

***

「大丈夫?」

「…はい。手当てしてくれて、ありがとうございます…」

サソリが去ってしまった後、自分の不甲斐なさに悔しいのか悲しいのか分からないが涙が出てきた。
どれぐらい泣いていたのだろうか。
そんな泣いていた自分を見つけてくれたのが小南さんだった。
その時は何も言わず、ただ背中を撫でながらずっと側に居てくれた。

「落ち着いた?」

そう問われ、小さく頷けば優しい声で名前を呼ばれた。
小南さんは何も言わずにただずっと聞いていてくれた。
夢の話や修行に全然集中出来ない事とか色々。
たかが夢に怯えているなんて馬鹿げてるって思われても仕方がなかった。
でも、もうこれ以上耐えられなかった。

「…何でこんな夢をみるのか…、全部が本物みたいで、怖いんです…」

「名無し…」

名無しの夢は恐らく一族特有の能力が原因だ。

能力を他者に継承する一族。
本来ならば世代交代の度に行われるのが一般的なのだろうが、名無しの場合は例外で対象者が死者だった。
名無しを生き返らせる為に全てを掛けた母親の能力や思念がそのまま名無しの中に残り、留まっている。
原因は分からないが、話を聞く限り名無しの見る夢は母親がかつて自身が体験した過去のものだろう。

この世界は名無しが思っている以上に辛い世界だ。
戦わなければ何も守れない。
命を掛けて必死に戦っても大切な人を守れない時だって何度もあった。

「…この世界はあなたの住んでいた世界とは真逆と言って良い程に環境が違うわ…。それに…、名無しの見た夢だって今も実際に現実で起こっている事なの」

その言葉に目を伏せ小さく頷く。
薄々は感じていた。
この世界がそういう世界なんだって。
ただ、信じたくなかった…。
自分達の大切なものを守る為に戦い続ける。
夢の中で戦っている時、いつも心の中では愛する人たちの事を想っていた。
早くこの戦いを終わらせて、愛する人の元へ帰りたいと願っていた。

「…小南さんも、ここの皆も…、…人を殺した事って、あるんですか…?」

「えぇ…、あるわ」

そう答えれば、名無しは驚いた様な顔をし、そしてすぐさま悲しそうな表情へと変化していった。
その姿はあまりにも弱々しく儚げで、名無しの心が折れてしまうのではないかと思う程だった。
少しの間、お互い沈黙が続いた。
これからもう自分の好きな名無しの笑った顔が見られないのかと思うと心寂しくなった。
そんな事を考えていたら、今まで俯いていた顔を上げた名無しは意外な言葉を口にした。

「…私は、この世界が怖いです。…でも、この世界ではそれが普通で、当たり前に起きている事…。慣れる事は出来ないけど、
それがこの世界の出来事なら…、私はそれを受け入れなきゃいけないと思っています…」

「名無し…」

「確かに、この事実は辛いです…。でも、人は簡単に人を嫌いになる事なんて…、出来ないです…」

弱々しくそう話す名無しを力強く抱き締めれば、小さく鼻をすする音が聞こえ泣いている事が分かる。

名無しがこの世界に来て、暁が名無しの「帰る場所」になった。
何も知らず、行く宛のない名無しをこちら側に引き込んだのは、紛れもなく自分達だ。
ただ泣いている身体を包む事しか出来ない自分に言葉では言い表せない感情が心を占める。

「…ごめんなさい。あなたをこの世界に引き込んでしまって…」

弥彦。
あなたならこんな時どうするのだろう。
誰からも慕われていたあなたは私の希望だった。
極力、武力には頼らず、双方に死者が出ぬよう出来る限りの事をして平和を求めた。
それでも…、 あなたは私と長門を救う為に自らを犠牲にして死んだ。
結局、自分はあの時どうする事も出来ないまま、ただ二人の足手まといだった。

動かない弥彦の身体。
あの時初めてこの世界の不条理と残酷さを知った。
生きるか死ぬか。
その選択は自らの意思に関係なく突然訪れる時もある。
そして、悲しく辛い別れも突然に。

「…私は自分の意思でこの世界を知りたいと望みました。知る事が辛い事だって何度もありました。でも…、知らないままじゃ何も変わらないし、変えられない」

目を伏せながら話す名無しの姿はまるでその言葉を自身に言い聞かせているかのようだった。
小さいけれど、確かな意思の込もっている言葉は名無しの奥に秘めた心の強さをうかがい知る事が出来る。

「私は…、強くなりたいです。心も身体も全て。…だから、謝らないで下さい…。小南さんは何も悪くないです。これは、私の意思だから」

「ふふ…、本当に何であなたみたいな子が私達の前に現れたのかしら…」

「小南さん…?」

この子は強い。
きっとこれから先もどんどん強くなる。
自分の弱さを知っているからこそ、その弱さを糧に強くなれる事だってある。
もしかしたら…、自分は名無しの存在に弥彦を重ねて見ているのかもしれない。
どんなに辛い時でも生きる事を諦めない。
そして自分の道を信じて進む事の出来る心の強さを。

名無しの側に居ると皆で無邪気に笑いあっていたあの頃を思い出す。
自来也先生、弥彦、長門の四人で一緒に居た頃を。
穏やかで楽しかったあの頃を。

「私に考えがあるわ。白虎を呼んでもらってもいい?」

***

「…お話は分りました。名無し様…、お辛い思いをさせてしまった事をどうかお許し下さい」

「白虎は悪くないよ。私ももっと早く相談するべきだったね。…私の方こそごめん」

名無しの一族は木の葉でも希少な能力を持つ一族だ。
木の葉になら一族の記録なども残っているかもしれないし、もしかしたら名無しの両親に関する記録もあるかもしれない。
しかし、そんな希望も白虎の言葉により、潰える。

「…恐らく、里には一族にまつわる記録は残ってはおりません。桜花様が自空間忍術を使われる前に里に一族の記録が残らぬ様、全ての資料を処分されました」

「じゃあ、他に手掛かりは?」

「…名無し様のご両親のお墓ならば、唯一、今も里の墓地に御座います」

その言葉に小南さんの優しい顔を向けられ瞳が合う。
「決まりね」と言うや否や小南さんは素早く印を結び瞳を閉じた。
それから数分後。
部屋をノックする音が聞こえ扉を開ければ、そこにはイタチの姿があった。

「木の葉に行けばいいのか?」

「えぇ。本当は私が連れて行ってあげたいけれど、木の葉の事ならあなたの方が適任だと思って。それにあなたなら色々な面でも安心出来るわ」

部屋に来たばかりのイタチが何故今までの小南さんとの会話を理解しているのか分らず、戸惑い変な声が出そうになった。
しかし、二人の会話を聞いている限り、どうやらイタチが木の葉の里まで連れて行ってくれる様だが、
急に面倒な事に巻き込んでしまって申し訳ない気持ちの方が強く、素直には喜べなかった。

***

『出発は明朝七時だ。火の国までは少し遠いからな。今日は無理にでも寝ておけ』

『名無し、無理せず気を付けて。何が起こるか分からないからイタチから離れないように』

『…うん。二人ともありがとう』

イタチによると、アジトから火の国・木の葉の里まではここから半日は掛かるらしい。
勿論、それはイタチの足で半日という事で自分の早さに合わせて行ったら丸一日は掛かるかもしれない。

この世界に両親のお墓が残っているなんて今まで思ってもいなかった。
小南さんやイタチが話を聞いてくれたり一緒に行動してくれているという事はとても嬉しいけれど、その反面、申し訳ないという気持がずっと残っていた。

「イタチ…、ごめんね。面倒な事に巻き込んじゃって」

「気にするな。それに、木の葉に行くのならば里について詳しく知っている俺が適任だからな」

「…そっか、ありがとう」

やっぱりイタチは優しい。
たまに素っ気なくて、意地悪な時もあるけど、本当はすごく優しくて温かい人。
イタチだけじゃない。
優しさの形は違うけど暁の皆もそう。

(…やっぱり、私は皆を嫌いになる事は出来ない…。だって、こんなにも優しい)

例え、この世界で忍として生きている彼等が、あの夢の出来事と同じ戦いに身を投じる生き方をしていたとしても、私がそれを否定する事は出来ない。
それがこの世界の真実なのだから。

***

「はぁ、はぁ…っ。やっと、着いた…」

朝早くにアジトを出たにも関わらず、結局、火の国に入り木の葉の里付近に着いたのは陽もだいぶ傾いた夕暮れ時だった。
今、自分達が居る場所から歩いて数キロ先に「あん」と書かれている大きな門が見える。
その立派な門構えから見て、どうやらあの門が木の葉の里への入口だという事が分かる。

「…少しは落ち着いたか。まず里に入る前にいくつか言っておく事がある。言っておく、と言うよりもむしろ注意すべき事だ」

「注意する事…?」

「あぁ。里に入ったら暁という言葉と俺の名を呼ぶ事を一切禁止する。次に、万が一俺とはぐれた場合はすぐに白虎を口寄せし、俺が来るまで必ず一緒に居ろ」

イタチとはぐれた時に白虎と一緒に居る、という事は分かるが「暁という言葉と名前を呼ぶ事を一切禁止する」という事は良く分からなかった。
でも、イタチが一切禁止するとまで言うのだから何か理由があるのだろう。

***

「…ねぇ。何であんなに大きな入口があるのに、あそこから入らなかったの?」

「無駄口を叩くな。ここでは人目に付く。付いて来い」

(うーん…。人目に付くとマズイ事でも起こるのかな…。さっきも名前を呼ぶなって言ってたし、それに変化までしてるし…)

イタチはこの里の出身らしいが、さっきからの行動を見ていると、まるでこの里に入る事を他の人達に隠している様に感じた。
どうして、と聞きたかったが、人目に付くと言われた以上は今は黙ってイタチの後に付いて行く事を優先させるしかなかった。

***

「本日はお一人様部屋は既に満室になっているので、空きが御座いません。一部屋を襖で仕切ってあるご家族様用の少し大きめのお部屋でしたら、
すぐにでもご用意出来きますが、如何なさいますか?」

「あぁ…、それで頼む」

もう日も暮れ、夜は大人しくしていろという事なので、両親のお墓は明日見に行く事になった。
丸一日ほとんど動きっぱなしで正直なところ、そろそろどこかで休みたいと思っていたところだったからその提案は有難かった。
しかし、そういう時に限って中々部屋が空いておらず、四軒目でようやく宿を取る事が出来た。
早く思いっ切り足を伸ばして休みたい。

「お待たせ致しました。こちらが鍵になります。お部屋は二階の右手一番奥の部屋になります」

「ありがとうございます。ふう…、これでやっと休める…。早く行こ」

「………」

名無しと一緒に居るとたまに頭が痛くなる。
普段は礼節をわきまえ、物覚えも良く頭が良いが、人間関係の部分は少し心配なところがある。
普段から周りに男しか居ない環境に慣れてしまっているのか、男に関して危機感を全く持っていなかった。
男に関してというよりも「暁」に所属しているメンバーに対して、と言った方が正しいが。

「思ってたよりも広い部屋だね。私こっち側で良い?」

「はぁ…」

名無しが溜息の意味を理解するはずもなく、呑気な顔で窓の外の景色を眺めていた。

「俺は今から出掛けてくる。明日に備えて今日は早めに寝ておけ。明朝には戻る」

「えっ…、出掛けるの…?明朝にはって今日はこのまま帰って来ないって事?」

「あぁ」

そう答えれば名無しの表情が少し曇っている事に気付いたが、気付かぬ振りをしそのまま何も言わず窓から外へと出る。
いくら変化をしているからと言って、下手に動き回る訳にはいかない。
既に、暁の存在が里に知られてしまった以上、見付かればいつ戦闘になるか分からない。
しかも、今回は名無しが居る。
極力危険は回避し穏便に事を運ばなければならない。

(…本来ならば里に入り保護してもらうべきだが、それには名無しの素性を明かさなければならない。三代目が亡き今、
名無しの能力を知った上層部がそのまま野放しにしておくとは考え難い…)

新しく就任した火影は、三忍・自来也と同じ三代目に師事していた人物だ。
初代火影の孫で、その思想を受け継いでいる。
出来る事ならこれ以上名無しがこちら側に入って来る前に暁から遠ざけたい。

(…手は早めに打っておいた方が良さそうだな)

これ以上、暁に気持ちを傾けさせない為にも。
木の枝に腰掛け、薄っすらと星が輝き始めている空を見上げ、そのまま瞳を閉じる。

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