[飴と鞭]

*長編/From here to there with youヒロイン

「…おい、少し付き合え」

「へ?うわっ!サ、サソリ…!?」

修行も終わり自室へと戻る途中、後ろから声を掛けられたと同時に手首を掴まれ、有無を言わさず半ば強制的に連れて行かれる。
修行で疲れているからまた後でと言っても、うるさいと一蹴されてしまい結局そのままサソリの部屋へと連れて行かれた。

(…相変わらず強引だなぁもう…。でも、文句なんか言ったら後で怖いし…。また毒なんか混ぜられたら堪ったもんじゃない)

以前、サソリに頼まれていた事を忘れてしまいそのまま放っておいたら、後日用意しておいた飲み物に毒を仕込まれ苦しい思いをした事を思い出す。
勿論、致死量の毒ではなく、サソリ曰くお仕置き程度の軽いものだと言う。

それでも二日は寝込んだ事を思うと自分にとっては相当辛いものだった。
その一件でサソリの「お仕置き」はかなり過激なものだという事が嫌という程記憶に刻み込まれた。
よって言う事を聞いておかないと後が怖いのだ。

「飲め」

「………」

部屋に着き、サソリから手渡されたものはグラスに入った薄い水色をした透明な液体だった。
色はとても綺麗で普段だったら普通に飲むかもしれないが、サソリに手渡されるとそうはいかない。
条件反射で受け取ってしまったが、正直飲みたくない。
自分の身に「何か」は必ず起こると分かっていて飲める程勇敢ではない。

渋っている自分の様子を察してか、毒じゃねーよと軽く言うサソリの顔は少し笑っていて、いつもと違うその顔に心臓が跳ねた。

***

「…毒じゃないって言ったじゃん…」

「ククッ…、毒じゃねーとは言ったが、それ以外とは何も言ってねーよ。不用心に飲むお前が悪い」

身体が思うように動かない。
金縛りではなく身体中の隅々で何かが動きを縛っている様な感覚。
毒の時みたいに吐き気や頭痛とかはなく、身体自体は至って普通だ。
本当にただ身体が思う様に動かないだけ。

「…サソリ、今飲んだのって何…?身体の中が何かに縛られている感じがするけど…」

「効いてきたみたいだな」

「へっ?うわっ…!な、な…!」

サソリは傀儡師だ。
チャクラ糸を使って傀儡を自在に操る。
以前、身体を操られた事を思い出し、今回もチャクラ糸で操られていると思いサソリの指先を見たが、指は何一つ動いておらず、その考えが間違っていた事に気付く。
それでも自身の身体は勝手に動き続け、歩いたり座ったり、部屋中を動き回っていた。

サソリのチャクラ糸が原因じゃなければ、答えは一つしかない。

「…さっき飲んだのって…、何だったの?」

「俺のチャクラと特別に調合した神経薬を混ぜたものだ」

「サソリのチャクラと神経薬を混ぜたもの…?じゃあ、身体が勝手に動くのもそれが原因って事?」

傀儡師の最大の弱点は傀儡の操作に意識を向けなければならないため、自身が無防備になり易いところだ。
それを克服する為にヒルコを作ったが機動性は低く視界も悪い。
そこで自分の意思で相手を思い通りに動かす山中一族の秘伝忍術の研究と人体実験を繰り返し、出来たものがさっき名無しに飲ませた液体だ。

実験は成功と言ったところか。
自身の意思で名無しを操り動かす。
その様子を細かく観察し、己の仮説が正しかったという確証をつかむ。
効果の持続時間がどれぐらい続くかは分からないが、この様子ならまだ大丈夫だろう。

「ん〜…、何か変な感じ」

(効力は問題なし、次は…)

勝手に歩く足は目の前にあった壁を歩き始める。
自分の意思でチャクラを練っているわけでもないのに身体が勝手に足元にチャクラを集めている。

自分の身体と心が別物の様に感じる。
頭で考えている事とは別の行動を身体が勝手にする。
それから数十分は経っただろう。
術を使ったり部屋の中を色々動き回ったりしていた。

「持続時間も今のところは問題なさそうだな」

「…ねぇ…、もしかして私で実験してる?」

「もしかしてじゃねーよ。他の奴等でやっても良かったが、丁度任務でアジトに居なかったからな」

これは流石に怒っても良いだろうか。
修行の後で疲れているのにも関わらず、有無を言わせず部屋に連れて来られ実験体にされた。
サソリの当然だろと言う様な返事に沸々と怒りが込み上げてきた。

「サソリ…!今日こそは言わせて貰うんだから!!人の身体で勝手に実験しないでよね!
あと毒も勝手に混ぜないでよっ!死ぬかと思ったんだから!この若作り!わがまま!バカ!」

今日という今日は許せない。
日頃の恨みやら鬱憤晴らしもかねて言いたい事を全部言ってやった。
言い終わった後は、胸のムカムカも消えスッキリしていたが、我に返れば段々周りの空気が冷くなっている事に気付く。

目は絶対に合わせられない。
まさか、文句を言い終わって数分も経たない内に後悔するとは自分でも思っていなかった。
視線が痛い。
何も言い返さないところがまた怖い。

後悔先に立たず。
今更悔やんでも仕方ないと諦められれば良いが、相手がサソリではそうも行かない。
チラリと顔を見れば嫌な笑顔が目に入る。

「へぇ…てめーは俺の事をそんな風に思ってたんだな」

「えっ、いや…、その、それは…」

「良い度胸じゃねーか。若作り、わがまま、バカ、だったか?ククッ…、目上に対する躾のなってない奴にはお仕置きが必要だな」

そう言ったと同時に立ち上がり、こちらへゆっくりと歩いて来るサソリをじっと見つめる。
こちらへと歩いてくるサソリから逃げようにも身体は動かず、直立不動の姿勢をとったままその場に居た。
目の前に居るサソリの顔は嫌という程不自然に笑っていてそれが逆に恐怖を煽る。

「ご、ごめんなさい」

「もう遅い」

今度は一体何でお仕置きされるのだろうか。
前に飲んだ毒とは違う毒かそれともまた違う薬でも飲まされるのか。

サソリは一度決めた事は必ずやり通す。
「もう遅い」という事は、ようするに諦めろという事。
しぶとく逃げようと試みるが、やはり身体は思う様には動かなかった。

(今度は何日ぐらい寝込むのかな…)

サソリが目の前に立ったと同時に身体は両腕をゆっくりと動かし万歳の姿勢をとった。
ニヤリ、と悪そうに笑っている顔がやけに怖い。
ビクビクしながら次の行動を待っていたら、腰付近に軽くサソリの両手が添えられ考える間もなく一気に服を脱がされる。

「え…、ちょ…っと!このっ、バカっ…!!やだ…っ」

「ククッ…、良い眺めだな」

あまりにも突然の出来事で一瞬、何が起こったのか分からなかったが、段々と自分の状況を理解し始めたら恥ずかしさで顔に熱が集まるのを感じる。

「さて…、もう一枚いくか?」

「い、いかない!!」

もう一枚いくかとサソリは言うが、今の格好は袖のないインナーと下着のみだ。
どう考えてももう一枚は有り得ない。
軽くパニックになっている頭をフル回転させ、この状況の解決策を練るが、こんな状況では良い案も浮かばずどうする事も出来なかった。

「お前に選択肢をやる。このまま俺に脱がされるか毒で苦しむか。さて…、どっちを選ぶ?」

「そ、それは…。というか、その二択しかないの!?おかしい!絶対におかしいって!他にはないの!?」

理不尽と叫べたらどれだけ楽だろうか。
でも、そんな事を言えない自分が恨めしい。
どっちかを選べなんて絶対に無理だ。
毒で何日も苦しむ辛さはもう絶対に味わいたくないし、これ以上脱がされてそれを男の人に見られるのも恥ずかしい。

「じゃ、じゃあ…。他の事だったら何でもするから…」

「ククッ…まぁ、良いだろう」

***

「あの…、サソリ…。ちょ…っ」

「黙ってろ」

どうにかさっきの状況は免れたは良いが、今度は椅子に座らされ顔や身体を細かくチェックされている。
心拍数、筋力、現在の身体の状態、その他諸々。

「ねぇ…、サソリ。さっきから何してるの?健康診断?」

「まぁ…、似た様なものだな。いつかお前の身体は俺が貰う。その為に今はちゃんとメンテナンスしておかなきゃいけねーからな」

その言葉にすぐには反応出来なかった。
俯き大人しくなる自分とは裏腹に黙々と作業に取り掛かっているサソリ。

触られる部分が熱い。
サソリは深い意味があって言った訳じゃない事は分かっているけれど「俺が貰う」という言葉が頭の中をグルグルと回っている。
以前、ヒルコの中から出てきたサソリを初めて見た時にも今みたいに二人っきりだった。
その時も今みたいに優しい手つきで触れられた。

でも、サソリが欲しいのは自分の能力。
「いつか、お前の身体は俺が貰う」とサソリは言った。
それは、いつかサソリは自分を殺すという事。
サソリにとって自分はただの能力者で取るに足りない存在なのかと思うと切なくなる。

(…私はサソリにとってその程度の存在なのかな)

さっきまでの気恥ずかしい気持ちもいつの間にかどこかへ行ってしまった。
今はただ誰にもこの顔を見られたくなかった。

***

さっきまでの勢いはどこへやら。
急に黙り込みずっと下を向いたまま何も話さない。
こいつは自分の中で色々と物事を考えている時にこういう顔をする。
その顔はいつものものとは違い、表情も暗く感情を表に出さず押さえ込んでいる様な感じだ。

動かす手は止めず、その顔をチラリと盗み見する。

(憂いを帯びた表情も嫌いじゃねーけどな)

今、何を考えているのかは分からないが、こいつは時々物事を悲観的に考える時があり、そんな時は決まってこんな顔をしていた。
この部屋に来て今までの行動を考えてもそんな表情をするような事は何もしていない。
皆目見当がつかないその様子に面倒臭さを感じるが、分からないまま終わらせるという事も性に合わず、仕方なくもう少し様子を見る事にした。
こういう時の名無しは何を聞いても絶対に話さない。

「…まだ時間、掛かりそう?」

「もう少しで終わる。…よし、次は背中だ。後ろ向け。もう身体は動く筈だ」

「へ?あ、本当だ…」

さっきまで感じていた縛られる様な感覚はなく、ようやく身体の自由を取り戻せた。
ずっとサソリの方を見ているのも辛かったから後ろを向けと言われた時は少しほっとした。

背中にサソリの手が添えられゆっくりと動き出す。
その手はとても優しくて普段のサソリからは想像出来ない程だった。
だけど、今はその優しい手さえも胸を痛ませる。

「よし、終わりだ。お前もう少し飯食って筋肉付けろ。吹っ飛ばされた時とかに踏ん張れねーぞ」

「…サソリは何で私の身体が欲しいの?…他にも良い傀儡はたくさんあるでしょ?」

本当は何も知りたくないし何も聞きたくない。
聞くのが怖いから。
でも、サソリの言葉が全部「その時の為」だけの言葉だと思ったら悲しくて言わずにはいられなかった。

(バカみたい…。私、傀儡に嫉妬してるのかな…)

自分を傀儡としてではなく名無しとして見て欲しい。
もっと、その関心を自分自身に向けて欲しい。

「#名無し#」は生きている。
サソリの芸術みたいに永遠に残る事は出来ない。
サソリが自分に関心を向ける事はない。
だから自分を傀儡として見ているサソリの瞳を見るのが嫌だった。

「…今の聞かなかった事にして。…部屋、戻るね」

そう言いながら立ち上がり足早に部屋を出る。
自分で言っておきながら、サソリの返事を聞くのが怖くて逃げ出した。

涙は出なかった。
薄々は気付いていたから。
それでも違うんだって気付かない振りをしていた。

「ククッ…、あいつもまだまだガキだな」

名無しの去っていった方を見つめていたら少しだけ笑いが込み上げて来た。
傀儡に嫉妬するとは相変わらず面白い奴だ。
デイダラには悪いが、どうやら名無しの身体は自分が頂けそうだ。

部屋で拗ねているであろう名無しの元へ行く足取りは思っていたよりも軽く、少し楽しんでいる自分自身が居る事に気付く。

***

「おい。開けろ」

「嫌」

これで何回目のやり取りだろうか。
これだからガキは何を言っても聞きやしない。
デイダラよりかはマシかと思ったが、こいつも似た様なものだ。
頑固で意地っ張り。

この自分がたった一枚の扉ごときに手間取る事もない。
手を離さないのならば、離さなければいけない状況を作ればいいだけの事。
扉に物質への高い浸透性を持つ、接触性の痺れ薬を染み込ませる。

「いっ…!何、これ…?手が…」

「即効性の高い痺れ薬だ。素直に開けないお前が悪い。さて、さっきの話の続きだが…。確かに良い傀儡はたくさんある。だが、お前程の傀儡は居ない」

「………」

どう答えて良いのか分からない。
傀儡だと言われた事は勿論悲しかった。
だけど、サソリは「お前程の傀儡は居ない」って言った。
その言葉がどんな意味を持っているのかが分からない。

「…私は傀儡じゃないよ。ちゃんと生きている」

「人間の命には限りがある。朽ちると分かっている物に何の意味がある?お前もこの身体になれば永遠に今を保った状態のままで生きられる」

サソリの手が頬を摩る。
その手は冷たいが優しかった。
どんなに瞳を固く閉じてもサソリの顔が頭から離れず、ずっと残っている。

「名無し。目、開けろ。…特別に俺がお前を気に入ってる理由を教えてやる」

「え…っ」

「お前のその苗字一族の能力は勿論だが、その表情と瞳も嫌いじゃねぇ。傀儡にはそんなものはねーからな。だから、お前の持つその二つに興味が湧いた。
俺は興味を感じない相手を傀儡にしたいと思う程落ちぶれちゃいねーよ」

目を見開く名無しの顔はその言葉に対する驚きを隠せず複雑な表情をしていてた。
その顔だ。
自分の気に入った物を永遠にこの手の中に残したい。

以前、デイダラに培養した自身の身体を見せた時に初めて名無しのこれからの成長を見てみたいと望む自分が居る事に気付いた。
それは紛れもない真実で、その時に初めて自身の名無しに対する期待を知った。
その時はただその考えに苛立ち認めたくなかった。
だが今はいつか名無しを傀儡にするまでの間だけでもその成長ぶりを見届けるのも悪くはないと思い始めていた。

気に入った奴しか傀儡にはしない。
いくら能力が高かろうとも嫌な奴を使うのは虫唾が走る。
今までの行動からして、どうやら名無しは自分がただ一族の能力欲しさだけで傀儡にしたいと思っていた様だ。
あながち間違ってはいないが、一人で勘違いしていたこいつも悪い。

(まぁ、鞭だけじゃ腐っていくだけだしな。たまには飴も必要、か。ククッ…、まったく飽きない奴だ)

顎を掴み目線を合わせる。
嫌がりはしなかったが目線は不安そうに左右を行ったり来たりしていた。
掻っ切れそうな程の細い首筋にゆっくりと唇を這わす。
さっきまでの不安そうな瞳は一変し、一瞬にして再び驚きの表情へと変わる

「ひっ…!やっ、だ…!ちょっと…、サソリっ!」

「ククッ…、良い顔も出来るじゃねーか」

時折、首筋を口付ければその度に名無しの身体は小さく反応し、裾を握る手に力が込められる。

***

首筋に感じる感触にどうする事も出来ず瞳を強く閉じていたら、突然の浮遊感に襲われた。
そのままベッドへと運ばれ、そして覆い被さられ見下ろす形でサソリに見つめられる。

「さて…、どうする?」

「え…、ど、どうするって言われても…、わ、私、こういうの分かんないし…」

その言葉に納得する。
以前、部屋に来た時に男に慣れていない名無しをからかって遊んだ事を思い出す。
あの時、あれだけで赤くなったという事はこんな状況になってもどうしたら良いのか分からない筈だ。
それにしてもこいつの表情は芸術意欲を掻き立てる。

「俺に抱かれたいか、抱かれたくないかのどちらかだ」

「っ…」

そうハッキリと言ってやれば、一瞬固まった後に片手で自分の顔を覆い隠し、小さく何かを呟き始めた。
その声はとても小さく聞き取る事は難しかったが、意識を集中させその声に耳を傾ける。

「わ、私はそういう経験はないから分からないけど…。こ、こういうのって、自分の大切な人と…する事でしょ…?だから、私じゃ…、ダメ」

名無しなりに身体を重ねるという事にある種の理想を抱いている様だが、現実はそう簡単に思う様にはいかない事も多い。
忍ならば尚更その考えが甘いという事を理解しなければならない。

理想と現実は違う。
ダメだと言われて止める程、自分は甘くはない。
それに名無し自身を自分で縛れば必ず逃げられなくなる。

「ダメ、か…。ククッ、そういえばさっきお前が俺に言った言葉を覚えてるか?」

「え…、言葉?私、何かサソリに言ったっけ…?」

「『他の事だったら何でもするから、その二つは勘弁して』とお前は言った。…まぁ、何でもするって事だな」

サソリのその言葉の意味に気付き、咄嗟に声を発しようとした途中でその音は消えた。
その次の瞬間には瞳いっぱいに美しい赤のみが鮮明に写っていた。
結局は上手く言いくるめられた様な気がするが、サソリの言葉一つで浮き沈みする自分は思っていた以上にサソリに惚れていたと自覚させるには十分過ぎるものだった。

結局その日は名無しの部屋から出てくる者は誰もおらず、そのまま夜は静かに更けていった。

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