[デイダラの災難]

*長編/From here to there with youヒロイン

「………」

いつからだったか、名無しの旦那に対する態度が変わったのは。
一時期は旦那から逃げ回っていた時もあったが、今となってはそれも懐かしい話だ。
目の前には旦那から修行を受けている名無しと楽しそうにその相手をしている旦那の姿。

以前と比べ各段に動きが良くなって来ている名無しの修行はもっぱら臨血界を併用したものが多い。
そのせいか、今は無き一族の稀少な能力を相手に出来る事もあり、ここ最近は自分達が非番の時は旦那が修行相手になる事が殆どだった。
暇潰しと言うには些か過激な攻撃も多々あるが、それを上手く躱して行く名無しも慣れた様子で反撃していた。

「ソォラァ!!」

三代目風影の砂鉄が頭上から降り注ぎ、名無し目掛けて襲い掛かる。
毒は染み込ませていないようだが、流石にこれはやり過ぎだと思い咄嗟に起爆粘土に手を伸ばすが、視線の先にある名無しの顔は落ち着いていて、ついその手が止まる。
案の定、土埃が晴れたそこには臨血界で周囲を守り平然とした様子の名無しの姿があった。
そしてまた始まる攻防戦。

(…ったく旦那もビビらせやがって)

鉄や鋼とは違い、自らの血液を媒体にする臨血界は旦那にとっても興味深いものなのだろう。
名無しが攻撃を防いだ事に対して驚きもせず口角を上げるところを見る限り、旦那がそれだけ名無しを評価しているという事が分かる。
修行で怪我をしたところで名無しはどうとも思わないだろうが、旦那の容赦無い攻撃に見ているこちらはハラハラさせられる。
相変わらず楽しそうに傀儡を操る旦那は普段よりも生き生きとしている様にも感じられた。

「はぁ、はぁ…。疲れた…」

そう言いながらその場に腰を下ろす名無しの身体には大小様々な擦傷が出来ており、頬と腕からは血が滴っていた。
まだ立ち上がる気にはならないのか、未だ座ったままの名無しに近づく旦那。
またネチネチと文句でも言うのかと思っていたが、予想外の光景に目を奪われる。

「おら、怪我してんじゃねーよ。腕も出せ」

「ん…、ありがと」

悪態を付きながらも何の躊躇いもなく名無しの頬に触れる旦那もそうだが、それを笑顔で自然に受け入れている名無しにも驚く。
あまりにも自然で不自然過ぎる光景に言葉を失う。
その間にもやり取りは続き、あっという間に傷は塞がり立ち上がる二人をじっと見つめる。
その後は今日の修行について話し合っていたりと、いつも通りの会話を続けていた。

(…何だアレ。名無しってばもっとこう…、恥ずかしがるタイプなんじゃねーのか?しかも相手はあの旦那だし)

それに旦那も旦那だ。
追い剥ぎに襲われている女が目の前に居ようが無視して行く様な性格なのに、名無しに対してはそんな素振りは感じられない。
ガキの頃から旦那とコンビを組んでいるからこそ、その行動が理解出来なかった。
リーダーから名無しを傷付けるなと命令は出ているが、それとはまた違う。
あの旦那が頼まれてもいないのに他人の為に何かをするなんて信じられなかった。

だが、理由はどうあれそんな二人の様子を見ている側としては、今の状況は全く面白くない。
いつの間にあんなにも距離が近くなったのかと考えてはみるが、心当たりなどまるで無く何も思い付かなかった。

***

粘土の調達も終わり自室へと戻る途中、共同のリビングから聞こえた聞き慣れた笑い声に足が止まる。
そのまま声のする方へと足を進めればテーブルに置かれた大小様々な酒瓶に満足そうな笑みを浮かべる飛段と興味津々といった瞳で酒瓶を見ている名無しの姿があった。

「何してんだ?っていうか、この酒どーしたんだ?うん」

「デイダラ!おかえりなさい。これね、さっき角都が要らないからやる、って言って置いていったの」

名無しの言葉にもう一度酒瓶に視線を向ければ、二十は優に超えるであろう量の酒瓶が目に入る。
最初は怪しいと思ったが、角都が名無しにやると言ったのならば変なものは入っていないのだろう。
改めて見てみると、そこそこ有名な銘柄の酒まであり驚く。

その後、飛段から詳しく話を聞けば、角都の部下が管理している地域の有力者から報酬とは別に功績の褒美として受け取ったものらしい。
角都も数本持って行ったらしいが、まだ余っているという事もあり二人に声が掛かったらしい。
置いていったと言う事は自由に持って行っても良いのだろう。
どれにしようかと考えていたら、名無しの思いもよらない一言に動きが止まる。

「私、お酒って飲んだ事無いんだよね」

果実酒であろう瓶を手に取り、興味深そうな視線を向けている名無しは美味しいのかな、などと呟いており、折角なので飲んでみるよう勧めてみる。
果実酒ならば甘さもあり、酒を初めて飲む名無しには丁度良いだろう。
封を開ければ普段は嗅ぎ慣れない上品な香りがふわりと鼻をかすめ、すぐに上等な酒だと気付く。

「ん…、これ、飲みやすくてすごく美味しい」

顔を綻ばせ美味しそうに飲み干す名無しの姿に嬉しくなり、他の飲み易そうな酒も勧める。
飛段も勝手に好きなものを開けて飲み始めており、自分も気になる銘柄に手を伸ばし飲み始める。

***

どれぐらい飲んだだろうか。
テーブルと床には酒瓶が転がり、飛段に限ってはいつの間か半裸になっていた。
名無しは名無しで果実酒が気に入ったのか、相変わらず嬉しそうな顔で飲んでいる。
顔はほんのりと赤くなっており、それなりにアルコールも回っているのだろう。
いつもよりリラックスした様子でソファーにもたれ掛かっていた。

まさかこうして一緒に酒を飲めるだなんて思っていなかったから、名無しの嬉しそうな顔を見ているとこっちまで気分が良くなる。
その顔を見ていたら、ふとあの時の二人のやり取りを思い出す。
折角酒も入っている事だし普段は聞けない事を聞いてみるのも良いかもしれないと思い名無しの隣に腰掛け、同じようにソファーに身体を沈める。

「なぁ、最近サソリの旦那と何かあったか?」

「何か…?んー…、何かって言ったら、最近は解毒薬の調合を手伝ったり薬学について教えて貰ったり、修行したり…?あとは…、何だろ…」

その言葉に唸りながら答える名無し。
自分は男女間の事について聞いたつもりだったが、名無しから返って来たのは日常生活での出来事ばかり。
やはり自分の思い過ごしだったのか、名無しの口から自分が想像していた様な言葉は出て来なかった。
自分の心配も杞憂に終わり、すっきりとした気分でまた酒に手を伸ばす。

チラリと飛段へと視線を向ければ、自分と同じ様に名無しの隣に座るつもりなのか、酒を持ちながらソファーに向かって歩いて来た。

「はぁ〜、やっぱ久しぶりの酒は良いなぁ!」

「飛段はどんなお酒飲んでるの?」

飲んでみるか、と言いながら名無しのグラスに酒を注ぐ飛段の手元を見てみれば、名無しにはキツイであろう度数の酒が目に入る。
止めようかと思ったが、不味い酒の味を覚えるのもまた一興だなと判断し、そのままそのやり取りを見つめる。

案の定、それを口に含んだ瞬間の名無しの表情につい笑ってしまう。

「んんんんー!!んぅ、ん…っ…、うぅ…」

顔を歪め、口元を押さえながら我慢する名無しの表情と微かに漏れる苦しげな声に自分達の意識と視線が集まる。
名無しには相当不味かったのか、無理矢理に飲み干した後、すぐさま果実酒を流し込んでいた。

何杯か飲んで口内も落ち着いたのか、ようやくいつもの表情に変わる名無しとは対照的にいやらしい顔を浮かべる飛段に無意識に眉をひそめる。
肩を抱こうとする手を払い退けてやれば、不機嫌そうな視線を向けられるが、そんな事で諦める様な男ではない。
名無しの耳元に顔を寄せる姿に起爆粘土で吹き飛ばしてやろうかという気になる。

「なぁ、名無し…、今から俺と気持ちイイ事しねぇ?」

「オイ飛段!名無しに変な事言ってんじゃねーよ!さっさと離れろ!」

自分の予想通りの言葉に分かってはいたが腹が立ち、名無しを飛段か引き剥がす様に自身の方へと引っ張る。
間に挟まれている名無しはそんな自分達の事も対して気にしていないのか、笑いながら飲んでいる。
その顔は酒のせいかいつもより幾分幼く見え、それが逆に新鮮で惹かれる。

本当は自分だってこのまま部屋に連れ込めたらとは思うが、酔った相手に手を出すのは流石に卑怯だろう。
それに下手な事をして名無しに嫌われるのは避けたい。

「じゃあよー、俺とデイダラちゃんだったらどっちに抱かれてぇ?名無しが選ぶんなら文句はねーだろ?」

「おいっ…!」

酔っ払いの戯言とはこういう事を言うのだろう。
飛段の名案だろ、という様な口振りに呆れてものが言えない。
とは言っても、飛段の言葉に乗るのは癪だが、名無しがどちらを選ぶのかは気になる。
例え酔っ払っていたとしても飛段より自分を選んでくれたら正直嬉しい。

そんな甘い期待を持ちつつ名無しの言葉を待っていたが、聞こえて来たのは予想外のものだった。

「んー…、どっちも、嫌」

飛段は名無しの言葉に対し気にした様子はないが、いくら酔っ払っていたとしても、まさかこうもはっきり嫌だと言われるとは思ってもいなかった。
小さく欠伸をし、目を擦りながら眠そうにしている名無しに未だ懲りずに話し掛ける飛段に冷めた視線を送る。
空気を読めないところが飛段の駄目なところだ。

嫌だと言われた事に多少の落ち込む気持ちはあるが、まだ振られた訳ではない。
そんな事を考えながら新しい酒に手を伸ばそうとしたら、背後から聞き慣れた声が耳に入る。

***

朝から行っていた傀儡の調節と仕込みもようやく終わり、気晴らしがてら修行でもつけてやろうかと名無しの部屋に行く途中、耳に入って来た話し声に意識が向かう。
どうやら探していたら人物もその場にいるらしく、そちらの方に足を進めれば飛段らしい馬鹿げた会話とデイダラの怒鳴り声が聞こえて来た。
名無しも普段のような話し方ではなく、どこか間の抜けた様な声色で返答するあたり、酒でも飲んでいるのだろうと推測する。
そのまま目的の部屋へと入れば案の定、散らかった酒瓶と眠たそうな顔でデイダラにもたれ掛かっている名無しの姿が目に入る。

「ったく…、コイツどれだけ飲んだんだ?」

「そんなには飲んで無い筈だけどな、うん。ただ初めて飲んだみたいだから、酔いの回りが早かったんじゃねーのか?飛段が飲んでた度数の高い酒も飲んだしな」

「あーあ、寝ちまった」

飛段の言葉通り先程よりもデイダラに身体を沈ませ、寝息を立て始める名無しに溜息が漏れる。
これでは修行どころではないし、毒の調合を手伝わせる事も出来ない。
溜息を吐きながら予定を潰された腹いせに頬を抓ってやれば、まだ眠りが浅かったのか薄っすらと瞳を開ける名無しと視線が合う。
酒のせいでぼんやりとした視線を向ける名無しの顔は薄っすらと赤く、まるで事後の様な雰囲気を感じさせる。
その顔を見ていたら先程の飛段とデイダラの会話を思い出し、無意識に口角が上がる。

「…なぁ、名無し。お前は誰に抱かれたいんだ?ちゃんと教えてやれ」

「サソリ…?んー、サソリが良い…」

アルコールが効いている頭はいつもは出てくるであろう羞恥心や理性はなりを潜め、その言葉に素直に答える。
自分の事はちゃんと認識しているのか、眠たそうにしながらも身体を起こし自分の方に寄って来る名無しに満足する。
それでも眠い事には変わりないからか、欠伸をしながらぼんやりと立っている。
部屋に行きたいのだろう。
催促の声が聞こえ、そのまま自身も自室へ戻ろうと踵を返す。

***

旦那と名無しの口から発せられた思いもよらない言葉。
部屋から出て行こうとする二人を大声で呼べば面倒臭そうな視線を向けられるが、爆弾を落としたまま去られるのは堪ったものじゃない。

「ちょ、ちょっと待てよ旦那!どーいう事だ!?」

「うるせェ!いちいち叫ぶんじゃねーよ。殺すぞ」

自分の言葉に構わず出て行こうとするが、咄嗟に名無しの手を掴み引き止めればようやく足を止める旦那に胸を撫で下ろす。
だが、それが気にくわなかったのかより一層機嫌の悪くなった視線を射る様に向けられる。
恐る恐る二人の関係について問えば、これでもかと言う程に悪い顔をした旦那に嫌な予感がする。

「俺は罠に掛かった獲物を逃す程お人好しじゃねーよ。それに…、こいつ程面白くて興味深い女は居ないからな」

「…サソリ?んっ…、ふふっ、好き…」

そう言いながら名無しを手繰り寄せる手は普段の旦那からは想像出来ない程に優しいもので、その手付きにもまた現実を突き付けられた気分になる。
名無しの顔も嬉しそうで、そんな顔を見せられたら嫌でも名無しにとって旦那が特別なのだと思い知らされる。
自分達に見せるものとは違う甘さを含んだ声色と表情に嫉妬する。
にやりと笑う旦那に恨めしそうな視線を向けるが鼻であしらわれ、部屋から出て行こうと足を進める旦那の背中を見つめる。

だが、部屋から出て行くまであと数歩という所で余計な事を口走る飛段の言葉に立ち止まり、先程よりも更に悪い顔で振り返る旦那にまた嫌な予感がした。

「なぁサソリ〜、名無しってヤってる時ってどんな感じなんだ?」

「あ?…どんな感じ、か。そうだな…、焦らされて我慢してる時の顔がすげーそそられる。あとは…、言えねーなァ」

そうわざとらしくにやりと笑う旦那に心の中で悪態を付くが、ここで何かを言ったところで負け犬の遠吠えだ。
口をつぐめばまた楽しそうな顔をする旦那を心底吹き飛ばしてやりたいと思ったのは今日が初めてだった。

「いいなぁー、俺も名無しとヤリてー!なぁ、今からヤるなら俺も混ぜてくれよぉ。ゲハハハ」

「ククッ…、馬鹿言ってんじゃねーよ。ガキは色街の女ででも我慢してろ」

聞きたくも無い名無しとの情事の話に旦那の思惑に乗せられるのは癪だが、ついその姿を想像してしまう自分が憎い。
そして飛段の単純さや馬鹿さ加減が今日程羨ましいと思った事はない。
言いたい事だけ言って去って行く旦那はいつも以上に楽しそうで、本当に嫌な性格をしていると心底思う。

***

二人が部屋に戻った後、飛段もフラフラと部屋へと戻り残ったのは自分だけ。
さっきまでの酔いもすっかり覚め、正直今の気分は最悪だ。
飲んでいる途中で名無しに旦那との事を聞いた時は日常生活での出来事ばかりで、てっきり自分の勘違いだったのかと安心していた。
その矢先にさっきの二人のやり取りを見せられ気分が一気に落ちる。

いつからそんな関係だったのだろうか。
名無しが旦那から逃げ回っていた時からなのか、それともそれよりも前からなのか。
考えれば考える程分からないが、まさかあの旦那が名無しを受け入れるとは思いもしなかった。

「はぁ…、最悪だ。うん」

さっきの旦那との会話を思い出すだけで深い溜息が漏れる。
自分が名無しを好きだという事を知っている上でのあの言葉に恋人としての余裕を感じ、今更ながらに苛々が募る。
本当に性格の悪いオッサンだと思う。
旦那の言葉をそのまま鵜呑みにする訳ではないが、どうしても頭に浮かぶ名無しの顔に頭を抱えそうになる。

そんな苛つきを掻き消す様に酒を一気に流し込むが、気分は相変わらず変わらない。
そして、その映像を消そうにも酔った頭ではどうにも出来ず、また酒をあおる。

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