隠れた瞳(暗殺教室・千速)


「なぁー、結局千葉の目ってどんなやつなんだよ」
「…つーか、何でそこまで気にするんだよ…」
「だってこんだけ想像しても違うって言うんだぜ!?そりゃ気になるだろ!?」

昼休み、お昼を食べながら菅谷が不貞腐れたように千葉に言う。
菅谷の机には今まで書いた100パターン以上の想像で書いた千葉の目のイラストの紙が散らばっていた。
千葉の前髪の下がどうなっている事は誰もが気になる所なので皆が菅谷の声に反応し、その場いる多くの生徒の視線が千葉の方へと集まってきた。
そんな慣れない空気に千葉は少し居心地悪そうだった。

「って言われてもなー。別に普通だぜ?」
「じゃあ何で隠すんだ?コンプレックスでもあるとか?」

頑なに前髪を見せない千葉になお菅谷は噛り付く。
しかしもしコンプレックス等でもあるなら仕方ないと少し諦めたような顔をした。
その表情に内心千葉はホッとするが前原がでもさー、と口を開く。

「千葉、確か去年軽音部でバンドやってた時は上げて目も出してたって聞いたぜ?てことはコンプレックスとはちょっと違うんじゃねーの?」
「何で知ってんの?」
「友達に軽音部の奴いたから。普段目ぇ隠してるけどバンドの時だけ見せる変な奴がいるって言ってたぜ?」
「変って…」

確かに普通ではないとは自覚しているがかつての仲間にそう思われていたとは少し心外だ。
しかしその事を言われるとコンプレックスだから、と言い切るのは少し難しい。
まぁそこまで隠す理由はないし、と千葉は小さくため息を吐きながら自分の前髪を軽く少し摘まんだ。

「コンプレックスってほどじゃないけどさ、なんか俺生まれつき目力が強いらしくて他人をじっと見ると妙に警戒されんだよ。特に女子。けどバンドの時は不特定多数に見られる訳だから気にせず上げてたんだよ」
「なるほどなぁー」

へー…、とその場にいた多くの人達が相槌を打つ。
これでいいだろうと、話は終わりだと言わんばかりに千葉はもぐもぐと口を動かすがそうは問屋が卸さなかった。

「けどさ、もうE組になってだいぶ経つんだし、今更千葉の目を見たからって警戒する奴なんかいないんじゃない?」

人の揚げ足を取る事にはピカイチのカルマがニヤニヤと悪巧みを考えているような笑みを浮かべる。
周りを見ると千葉を囲んでいる男子は皆同じような表情をしていた。
女子でさえ、まったく…、と呆れたような顔をしているが止めようとしてくれる人物は誰一人としていなかった。
それほどまでに皆千葉の前髪の下に興味を持っていたのだ。
実際の所、そこまで頑なに拒否する理由はないのだがここまで言われるとなんだか素直に見せる事に躊躇いを感じる。
これは面倒な事になりそうだと思いながら千葉はさっさと残り僅かな食べ残しを腹の中に入れる。
最後にとっておいた固ゆで卵をごくんと飲み込み、手を合わせるとそろそろと自分の席を後にした。

「あー…、俺、これから速水と射撃の訓練するからもう行くわ」
「そうはさせるか!」

逃げるが勝ち、という言葉通り、千葉はその場をダッシュで後にしようとするがいつの間にか回り込んだのか、前原が千葉を後ろから抱え込んだ。
それに合わせ、岡島と菅谷が千葉の腕を掴み、身動きの取れないようにした。

「ちょ…」
「まぁまぁ、いいじゃん。ちょっとだけ」
「お前らなぁ…」

ここまでされては逃げたくとも逃げれない。
もうどうにでもなれ、と千葉は全身ん力を抜いた。

「分かった。もう逃げないしちゃんと前髪上げるから手離せ」
「だーめ。そう言いつつ逃げる気だろ?」
「だから逃げないって…」

これ以上自分に注目が集まるのはいたたまれないという為に出てきた言葉だったがどうやら離してくれないらしい。
ここまできて漸く千葉は完全降伏した。

「よし!千葉も大人しくなった事だし…」

はぁ…、と千葉の口から漏れるため息は聞かなかった事にしてカルマはそれでは、とワクワク顏で千葉の長い前髪を分ける。
するとそこにあったのは。

「「…………」」
「……なんだよ」
「いや…千葉が想像以上にイケメンでビックリした」
「そうか?」

あまりに長すぎる沈黙に千葉は居心地悪そうにする。
訝しげにしている千葉のその声にカルマが一番早くハッと我に返った。

切れ長で涼しげにこちらを見る瞳はこちらが射抜かれてしまいそうなほどまっすぐで心に刺さる。
どうやら全体的な顔のパーツは整っているらしく、磯貝や前原とはまた違った意味の、大人な雰囲気を醸し出したイケメン顔に思わずカルマ達は息を飲む。

「お前勿体無いなー。隠さないで目ぇ見せた方が絶対モテるぞ?」
「だから見せると警戒されるんだって…」

前原はそう言うが千葉自身は気乗りしないようだった。
まだ前髪が十分な長さではなかった為に目を出していた頃、特に小学生の時はここで言われているようにまだ落ちこぼれではなかったので多くの者達と話す機会は多かったがそれは最初だけであって、段々と皆が視線をズラすようになっていったので軽いトラウマとなっていた。
前髪を伸ばした今、そのトラウマはだいぶ薄れたが今の状態に慣れてしまったので今更前髪を上げるのは落ち着かない気分だ。

「とにかくもういいだろ?俺、速水と約束あるしもう行くぞ?」
「あ、じゃあせめてそのまま行きなよ。速水さん、きっと驚くよ?」
「や、別にそんな事する必要なくね?」

やんわりと千葉は拒否するがカルマは聞き耳を持たない。
誰かピン持ってる人ー、とカルマが言うと菅谷がすかさず名乗りあげた。

「お、さすが菅谷」
「俺もそこそこ髪長いからなー。たまに使ってるんだよ」

カルマは菅谷からピンから受け取るともうどうにでもなれというように抵抗をやめた千葉の前髪にピンをさした。

「うん。やっぱりイケメンだな」
「もういいか?俺ホントにそろそろ行くぞ?」
「…やけに聞き分けがいいな。この教室出たら取ったりするなよ?」
「……ソンナワケナイダロ」
「怪しすぎる!」

千葉の企みはあっさりとバレてしまったらしい。
しかし下世話なE組としては珍しく瞳を出した千葉にツンデレスナイパーという異名を持つあの速水がどんな反応をするか見たい所。
いっそのことワックスで固めるてしまうかという話まで出てきた。

「おい、いい加減に…」
「ちょっと千葉!いつまで食べてるの!今日はコンビネーションの確認するから早く来いって言ったのアンタ、で、しょ……」
「は、速水…」

なんやかんやであっという間に昼休みも終わりに近づいてきた。
しかし約束をしていたのに中々来ない千葉に痺れを切らしたのか、速水は早足でクラスへと戻ってき、ドアを勢いよく開けた。
千葉を怒鳴りつけてやろうと意気込んで口を開くが珍しい千葉の姿に思わず動きが止まった。

「えー…と、速水サン?」

珍しく大きく目を見開いたまま、微動だにしない速水を訝しんで千葉が恐る恐る速水に近付く。
そんなに怒っているのかと思い、千葉は自分よりも幾分か低い所にある速水の顏を覗きこもうとした。が、

「いだっ!」

ピンを付けたまま千葉の顏が近付いてくると速水は黙ったまま勢いよくその前髪からピンを抜き取った。
あまりの衝撃に千葉は思わず自分の前髪を抑える。
何本か髪の毛が抜けたのはきっと気のせいではないはずだ。

「ちょ、何するんですか速水サン…」
「へ?……あ、」

無意識のうちの行動だったらしく、速水は手に持ったピンを見るとマズイ、という表情をした。

「え、あ、ゴメン千葉。なんか知んないけど手が勝手に…」
「いや、それは別にいいんだけど…」

しかしいつもと少し様子の違う速水に千葉は少し戸惑う。

「どうした?何かあったか?」
「何か、っていうか…」

千葉は速水の頭をぺしぺしと軽く叩きながら淡々と聞く。
だがいつもの速水なら千葉にこうやって触られると髪がぐしゃぐしゃになる、と少し怒った顔をするはずだ。
それなのに今の速水はただ困惑しているという感じで言葉が煮え切らない。
本格的にいつもと違う速水に千葉までもが調子が狂ってきてしまった。

「ホントにどうした?変なモンでも食べた?」
「別にそういうのじゃないけど…」
「りーんか、それよりさ、千葉の目ぇ見てどう思った?」
「どう、って…」

微妙な空気となってしまった二人の間にさっきまで男子と共に悪ノリしていた中村が速水の後ろから飛びつく。
中村のこのような行動はいつもの事なのでそこまで驚きはしなかった。
しかし問いかけられた問いに思わず息を飲む。
そして一瞬の空白後、速水はボンっと真っ赤になった。

「えと…」
「おやおや〜?凛香さん、どうやら顔が赤いようですよ?」

一瞬とはいえ、じっくり見てしまった千葉の瞳を改めて思い出すと何故か顔が熱を持つ。
当然、そんな速水の姿に中村が目をつけないはずがなかった。

「そ、そんな訳ないでしょ!何言ってんのよ!」
「おい速水どこ行くんだよ」
「アンタには関係ない!」

このままこの場にいると何だか余計な事を言ってしまいそうな気がする。
教室中の生暖かい視線もなんだか居心地が悪い。
幸い昼休みが終わるまで少し時間がある。
速水は一刻も早くその場から立ち去りたくてつい数分前に開けたドアを再び通り抜けた。

「なんだ、アイツ」
「カルマさんや。どうやら思った以上に面白くなりそうですよ」
「いやはや、全く」
「何言ってんだ、お前ら」

ポカンとしている千葉とは対照的に中村とカルマを筆頭に、クラスの多くの者がニヤニヤと笑っている。
意味が分からなくて千葉は少し困った顔をするがカルマ達は笑っているだけで何も教えてくれなかった。

「それで?千葉くんはどこへ行くんだい?」
「速水のとこに決まってるだろ」

何か様子おかしかったし、と千葉は速水の後を追うようにドアの方へと向かう。

「けど凛香、どこへ行くとか言ってなかったよ?」
「速水の行きそうな所ぐらい分かるって」

当たり前だろ、という顔をして千葉は軽く皆に手を振るとその場を後にした。
しかし千葉は気づかなかった。
その発言こそが、皆の興味を更に引き上げている事に。

「言葉が無くても通じ合えるくらい二人の距離は近いって事ですかね、カルマさん」
「ホント、早くくっつけばいいのにねぇ」

本当は二人の後をつけたいがこれ以上やるとさすがに速水の機嫌を損ねてしまう。
とりあえずいつもと違う千葉に対する速水の態度が分かっただけで大収穫だ。
カルマの発言に、皆が頷いたのは言うまでもなかった。


「速水」
「…何でいるのよ」

教室から出た後、千葉は射撃場へと真っ直ぐ向かった。
そしてそこには千葉の予想通り、速水の姿があった。
速水は小さく体育座りをしながらそこに顔を埋めていた。
しかし露わになっている赤く染まった耳を隠す事は出来ていなかった。

「様子が変だったから追ってきた」
「…何で私がいる所が分かったの」
「なんとなく」

速水の隣に千葉はそっと腰を下ろす。
小さく速水の肩がピクリと動いた気がしたが千葉は気にしなかった。

「「………」」

速水を追ってきたのはいいが何を言えばいいのな分からず千葉は吃ってしまい、速水は速水で今口を開いたら変な事を言ってしまいそうで迂闊に口を開けない。
いつかのデートの時のように二人の間には気まずい沈黙が流れた。
しかし昼休みの時間も残り少ない。
いつまでも黙っている訳にもいかないので千葉が先に口を開いた。

「…速水が様子おかしくなったのって俺が前髪上げてたせい?」
「自惚れないで」
「じゃあ何で」
「………」

言葉では否定しつつも行動が否定していない。
これでは千葉の言葉を肯定しているのと同じだ。

「……何で前髪上げてたの」

顔を上げないまま速水が小さく問いかける。

「あー…菅谷が俺の目が気になるって言って、コンプレックスとかじゃないならいいだろって男全員に囲まれた」
「コンプレックスじゃなかったの?」
「や、ちょっと近い。けど俺が前髪伸ばしてる理由が他人を警戒させるからって言ったら今のE組に今更俺に警戒するやつなんかいないだろって言われて」
「そう…」

確かに今のE組に誰かを傷つけるような事をする人はいないだろう。
だからきっとあのクラスでは千葉が気にしているような事は起こらないはずだ。
だけど速水自身は内心穏やかではなかった。

「…アンタがちゃんと前髪上げてるの初めて見た」
「まぁ親だって1年近く見てないだろうしな」
「これからは前髪上げるの?」
「や、なんか上げてると落ち着かないし、今まで通りかな」
「そう」
「なんかホッとしてる?」
「してない」

速水が間髪入れずに返答する時は大抵図星の時。
しかし速水がホッとしている理由までは分からなかった。
速水自身も、己の言動が千葉を困らせているのが分かっているのか何かを言いかけようとはするがすぐに口を閉じてしまう。
それを見かねた千葉が再び口を開いた。

「俺が前髪上げるの変?」
「変っていうか…見慣れないからちょっとビックリしただけ」
「そっか」
「…別に、私だって今更千葉の目を見たからって警戒なんかしないから」
「うん」
「でも慣れないからあんまり私の前で前髪上げないで」
「分かった」
「…でも、他の人の前ではもっと上げないで。上げるなら、私の前だけがいい」
「ん。了解」
「ありがと。………って、ちょっと待って」

さっきまでのしおらしさはどこへやら、いきなり顔をバッと上げた。
そしてどこか青ざめたような表情で、自身の口元を覆う。

「……私今なんて言った?」
「何って…要は緊張するからあんまり速水の前では前髪上げて欲しくないけど他人の前ではもっと上げてほしくないから今まで通りいてって事だろ」
「そんな事言ってない!」
「いや言っただろ」

これ以上の羞恥は耐えられないというように速水は両手で自分の耳を覆う。
だって、これはどう考えても独占欲の丸出しだ。
無意識でいったおかげで尚更恥ずかしい。
速水はこの場に穴があったら埋まりたい気持ちだった。
しかしそんな珍しい速水の姿に千葉のイタズラ心が疼く。

「速水ってテンパると本音言うよな」
「だから違うって!」
「はいはい」

速水はそう吠えるが千葉は笑うだけでまともに取り合わない。

「もう知らない!」
「ゴメンゴメン」
「うるさい!ついて来ないで!」
「いや、もうすぐ授業始まるから」

怒った速水はその場から直様立ち去ろうとするが千葉も慌てて後を追う。
速水は千葉と距離を取ろうとするがリーチの違いからすぐに追いつかれてしまう。
そして宥めるように千葉は速水の頭を軽く叩く。

「そんな怒んなって。速水の本音が聞けて俺は嬉しかったけど?」
「それ以上言ったら撃つ」
「ごめんなさい」

いよいよキャパオーバーしたのか、速水はいつも隠し持っている対殺せんせー用の銃をチラリと見せる。

そうだ、認めるもんか。
千葉の瞳を見て動揺した事など。千葉の瞳を見て胸が高鳴った事など。この瞳を見るのが、私だけだったらいいのにと思った事など。
絶対に、認めるもんか。

しかし速水は気づかない。
既にそう思っている事が認めている事と同義である事を。
例え速水自身が認めないにしても、隠し切れていないその表情からは他人にはバレバレだという事を。
だからこそ、千葉は頬が緩むのをやめられないのだ。

「あぁもう、ムカつく!」
「はいはい」

そしてこんな速水が見られるならまた前髪を上げるのも悪くないかな、と思う千葉だった。



「なぁー、思ったんだけどさー」
「ん?どうした前原」
「千葉の言ってた目を見せると警戒するって、アレ警戒してるんじゃなくて千葉がイケメン過ぎて直視するのが恥ずかしくなるってだけじゃね?」
「え、今更?」
「今更ってカルマは気付いてたのかよ!?」
「んー、『特に女子に』って言ってたからそうなんかなーって思ってた。まぁ、アレは予想以上だったけど」
「マジか…」
「けどアンタ達、もう千葉くんの前髪上げようとすんのやめときなよ」
「何でだよ、中村。折角イケメン顔してんのに」
「だから、よ。ライバルが増えたら凛香が可哀想でしょ。あの子きっと自分の気持ちには鈍いから周りの女の子達にヤキモチ妬いてる理由も分からなくて、千葉くんと居ると気まずい気持ちになるからって、そのまま距離置こうとする子だから。そんな事したら千葉くんも可哀想でしょ」
「…よく見てんだな。速水の事」
「当然。友達だもん」

こうして、いつものゲスい表情ではなく、大人びた表情でそう微笑む中村の言葉により、これから先千葉の前髪を上げようとするのはやめようという決まりがE組の中で作られたのだった。

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