頼りにしてる(暗殺教室・千速)


「なぁ千葉。さっきからなんでそんな不機嫌そうなんだよ」
「別に」
「別に、ってなぁ…」

菅谷の問いに、そう素っ気なく返すものの千葉は前髪の隙間から小さく見える目力の強いその瞳で速水の隣にいるイトナを鋭く睨んでいた。

既に弾が当たり『死亡』扱いとなってしまった皆は殺せんせー達と共に戦況を見渡していた。
誰も内蔵通信機は切っていない為、戦場での会話は全て聞き取れる。
そしていよいよ佳境に入り始めた頃、千葉を纏う雰囲気が黒くなり始めたのを菅谷が気がついた。
例え目が見えないせいで表情が分かりにくいと言われてもこれだけ濃い時間を共に過ごしていればクラスメイトの変化ぐらい気づけるようになる。
というか、そうでなくとも千葉の不機嫌さは分かり易かった。
菅谷が他の皆に目線を配るものの皆肩をすくめるだけ。
誰もその理由がわからなかった。
そんな時だった。

「…俺さ、自惚れてたのかな」
「え?」

誰に聞かせるでもなく、千葉がポツリと小さく呟いた。
しかし言葉の意味が分からなくて菅谷は首を傾げる。

「俺さ、俺の背中を1番預けられるのは速水だと思うんだよ」「おい千葉。それは俺に対する嫌味か?」
「そうじゃないって。他の皆だって信用してない訳じゃないし頼りにしてる。ただ1番は速水だってだけ」

千葉の護衛を任されたにも関わらず、すぐに神崎にやられてしまった岡島が口を挟むが千葉はものともしない。
それどころかストレートに言葉を放つ千葉に思わず後ずさってしまった。

「…お前恥ずかしくねーの?」
「何が?」

しかしタチの悪い事に千葉自身は無自覚だ。

「…『ギャルゲーの主人公』って、髪型だけじゃなかったんだな」
「だな。竹林すげぇよ」
「何言ってんだお前ら」

コソコソと菅谷と岡島は話す。
一応内容は聞こえたらしいが二人の言っている意味が分からず千葉が首を傾げた。
これはもう何を言っても無駄だと悟った菅谷が話を元に戻す。

「それで?千葉は何が『自惚れ』なんだよ」
「………」

菅谷の問いに千葉は言葉を詰まらせる。
そしてそのまま二人に向けていた目線を再び速水達の方へと向けた。
速水達が話しているのを見ると手で口元を覆いながら胡座をかいている自身の膝に肘をつけて背中を丸めこませ、いつも以上に表情を隠そうとしているがそんな事しても無駄なくらい千葉は難しそうな表情をしていた。

「…俺さ、速水も同じだと思ってたんだよ」
「え?」
「速水にとっても、1番信用してるのは俺だと思ってたんだ」
「いや…事実そうだろ?」

千葉の言葉に何を今更、と菅谷は疑問符を浮かべる。
事実、二人はセットで扱われる事も多かったし、そうでなくとも二人が一緒にいる事は多く、言葉は少なかったがそれでも二人の間には他人が入る事が出来ない独特の空気があった。
そんなのだから二人の仲を噂する人達が絶えないのだが。

「けどさ、俺、ちゃんと速水に『頼りにしてる』とかって言われた事ないんだよ」
「えっと…」
「なのにイトナはあんな風に言われててさ。だから俺の自惚れだったのかと思ったらなんかイラついただけ」
「……千葉さ、それって…」
「何?」

千葉本人だけがその感情の名前に気がついていないが他の皆は分かってしまった。
というより、むしろ何でお前は気づかないんだという視線が千葉に集まる。
速水の方が千葉の事をそれなりに意識しているのはクラスの暗黙の了解だった。
しかし対する千葉の気持ちは目が隠れているせいかハッキリとは誰も分からなかった。
というよりこれは、千葉がちゃんと自覚していなかったせいなのだろう。
千葉が速水に向ける想いはどう考えても速水が千葉に向ける想いと同じだ。
教えた方がいいのかと思いつつも皆の意見を聞こうと菅谷が後ろを振り返る。
だが皆は首を横に振るばかりだった。
一見、それだけを見ると少し冷たいように思える。
しかしその背後には、知らない方が面白そう。無自覚な千葉にタジタジになる速水が見てみたい。そんなゲスな欲望が隠れていた。
話のネタにされている千葉が若干可哀想にはなるが結局は自分もゲスいクラスメイトの1人。
皆に向かってぐっと親指を立てると皆も親指を立てる。
そして菅谷は素知らぬ顔で千葉に向かい合った。
何故だろう。本来ならこれ以上ないってくらいにクラスが分裂しているのに、この時ばかりはクラス皆の気持ちが一つになっていた。
とりあえず助言くらいはいいだろうと菅谷は口を開く。

「はたからみればお前らはお互いが1番信頼してるように見えるぜ?」
「けど言われた事ない」
「お前は言った事あるのか?」
「……ない」
「人の事言えないじゃん…」

呆れたようにため息を吐く菅谷に千葉はう…、と言葉を詰める。

「まぁお前ら仕事関係はなんでそんなに分かるんだってくらい意思疎通が出来てるからな。ただ単に言葉が足りないだけだろ」
「…そうか」

菅谷の助言に納得してるのかしていないのか分からないような声で千葉は返事をする。
そんな千葉を見て菅谷は仕方ないなぁ、と肩を竦めながら困ったように笑みを浮かべる。

「何、それじゃ足りない?」
「…てゆうか、最初から俺が速水と組んでたら良かったなって」
「それは…今回の作戦上仕方ないだろ」
「分かってる」

千葉だって今回の作戦では速水が一番の要だという事ぐらい分かっていた。
そして己自身がスナイパーとして重要な役目を担っていた事も。
単発銃同士の二人なら今回の作戦でも組ませたかもしれない。
しかし今回はどちらもスナイパーとしての力を要求された。
スナイパーは標的を定める間、どうしても無防備になる。
だからこそ二人には護衛として岡島とイトナが付けられたのだ。
スナイパーの二人をペアとして組ませる訳にはいかないのは当然の事だった。

だけど、もし最初から速水と組めていればきっとこんな思いをしなかったのに。

そんな事を思うと千葉は改めて腸が煮えくり返るのを感じた。
そんな思いの根本的な所にある気持ちには気づかないまま。

「速水がやられたっ!」
「!」

そうして物思いに耽っていると戦況が激しく動いた。
慌てて速水の方を見ると速水は矢田にやられ、その矢田はイトナにやられていた。
しかしそのイトナも前原に、という風にほんの数秒でかなりの人数がやられ、残されたのはカルマと渚だけとなった。

「カルマと渚の一騎打ちか…。どうなるかな」
「さぁ……」

固唾を飲んで皆は二人を見つめるが機会を伺っているのかなかなか二人は動かない。
そうしている間に先程やられてしまい戦線離脱することになった速水達が千葉達の所へ来た。

「お、お前らお疲れー」
「ゴメン、やられた」
「あー、でも仕方ねーって」

若干顔に翳りを見せる速水達に菅谷が明るく声をかける。
さっきまで敵同士だった磯貝達にも肩を叩いて健闘を祝った。
後はもう、互いの主戦力次第だ。

「どうなるんだろうね。二人の一騎打ち」
「あぁ…」
「千葉?」

皆の所へ戻った後、当たり前のように千葉の隣に座る速水。
しかし速水に対する千葉の返答はどこか心あらずという感じだった。
それを疑問に思った速水が千葉の顔を覗きこんだ。
それに釣られ、千葉は少し身体を後ろに引く。
尚更不信感を持った速水はずいっと千葉に詰め寄った。

「どうしたの?何か変」
「いや…その、さ」
「うん」
「…変な事聞いてもいい?」
「? うん」

まっすぐな速水の瞳に見つめられ、思わず言葉が漏れる。
だがその先の言葉はなかなか続かない。
最初は根気良く待っていた速水だったがいい加減うんうんと唸る千葉に焦れたのか、速水は容赦なく脳天に手刀を落とした。

「いだっ!」
「いいから早く言いなさい」
「せめてもうちょい穏便に…」
「ウジウジしてるアンタが悪い」

頭を摩りながら千葉は苦情を言うが速水はツンと顔を背ける。
その仕草にいよいよ観念したのか、千葉は小さく息を吐くと速水の頬に手を滑らせ、己の方へと顔を向けさせた。

「え、何」

その近さと珍しい千葉の強引さに思わず速水は目を見開く。
しかし色々と吹っ切れたのか、千葉は速水の瞳をまっすぐに見つめながら口を開く。

「俺が一番信頼してるのは速水なんだけど速水にとって一番信頼してる奴って誰?」
「千葉」
「!」

唐突な問いな上、気恥ずかしさから早口になってしまったにも関わらず、速水は間髪入れずに答えを出す。
一応そうだとは思ってはいたが実際に言葉にされるとかなり違う。
思わず顔に熱が集まるのが分かり、千葉は慌てて手で顔を覆った。

「で、それが何?」
「あー…、いや、何でもない。や、あったけど解決した」
「はぁ?」

千葉の言葉に訝しげな表情を浮かべる速水。
しかし思った以上に速水の言葉が嬉しかった千葉はそれどころではない。
早くこの話題を打ち切ろうとしたがそうは問屋がおろさない。
速水から距離を取ろうとする千葉の後ろから千葉へ向かって小さな石ころが投げられた。

「いたっ!」
「千葉?」

千葉が後ろを振り返るとそこには何やら口をパクパクと動かしている菅谷を筆頭に、E組の皆が声に出さずともある者は呆れた表情を、ある者は少し怒ったような表情を。何にせよ、ゲスい表情を浮かべている皆がこちらに注目していた。
恐らくこれはちゃんと速水に自分の気持ちを言わないと後が恐ろしい事になる。
それを直感した千葉は小さくため息を吐くと石ころが当たった頭を摩りながら再び速水に向き合った。

「あの、さ。なんつーかさ、」
「うん」
「速水、さっきイトナに『頼りにしてる』って言ってただろ?」
「? うん」

それがどうしたのかというように速水はこてんと首を傾げる。
その仕草にうっ…、となりながらも千葉は速水から目線を外しつつなんとか言葉を続ける。

「速水が一番信頼してるのは俺だと思っててさ、実際そうみたいなんだけど。だけど俺は『頼りにしてる』なんて言われた事ないからさ。なんつーか…ちょっと、先越されたみたいでムカついた。速水の一番は俺なのにって」
「……あ、そう」
「『あ、そう』って、それだけ?」

こっちはかなり恥ずかしい事を言っているのに速水の返答は素っ気ない。
なんだかズルいと思い千葉は速水の顔を見る。
するとそこには、

「……何でそんな顔赤いの」
「赤っ…くなんかないわよ!」
「いやどうみても真っ赤…」「うるさいっ!」
「痛いっ!」

赤くないと言い張る速水に指を指して呆然としている千葉。
詰め寄る千葉に頬が赤くなっているのを頑なに認めようとしない速水が再び千葉の頭に手刀と落とした。

「ちょ…さっきから俺頭への攻撃多いんだけど。馬鹿になったらどうすんの」
「知らない。アンタが悪い」
「なんで怒ってんだよ…」

ツンと顔を背ける速水に千葉は途方に暮れる。
しかしため息を吐きたいのは速水の方だった。

「はぁ…」

どうして気がついてくれないのだろうか。
千葉の発言には仄かな独占欲と、嫉妬の気持ちが混じっている事に。
それを周りの人間だけ感じとって肝心の本人は気づかないままこうやって口に出してしまうのだからタチが悪い。
他人に関してはーー特に自分相手だとビックリするほど鋭いのに何故こんなにも己の事には鈍いのか、速水は内心ため息を吐いた。

「…とりあえず、私の一番は千葉だから」
「…サンキュ。俺も、俺の一番は速水だから」

顔を背けたまま速水を意に介する事もなく、千葉は速水の言葉に満足したのかふっと笑みを浮かべると速水の頭をポン、と叩いた。
速水はその暖かさに思わず頬が緩むのを感じた。

「…この鈍感」
「ん?何?」
「何でもない」

ーー千葉が少しでも己の気持ちに気づいてくれたらいいのにと思わなくはない。
いっそのこと、自分から言えばいいのかもしれない。
だけど変に拗れるのは嫌だし、今はそれどころじゃない。
分かってる。こんなのホントはただの言い訳に過ぎないって事ぐらい。
だけどあまりに今のこの距離感が心地よくてこの場所を手放せない。

「な、速水」
「…何」
「これからもお前の一番は俺にしとけよな」
「だからそういう事をサラッと言わないで!」

だけどこの男相手じゃこの状況が変わってしまうのもそう遠い話じゃないかもしれない。
嬉しいような、嬉しくないような、そんな気持ちになりながらも速水はこれからの事を思うと頭が痛くなった。

- 13 -
[prev] | [next]


back
TOP

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -