扉は静かに開けられた(段戦・アラユノ)
「私さぁ、今でもビックリしてるのよ」
「はぁ?」
「何の話だよ、ユノ」
同じクラスと雖も、この特殊な学校では色々な行動を小隊ごとにしている為、必然的に教室移動や休み時間も決められている訳ではないが同じ小隊ごとで行動する。
そして昼休みも例外ではなく、特に何か話している訳ではないが同じ小隊のキャサリン達と一緒にいるユノ。
キャサリンとキヨカが話していると唐突にユノがポツリと、しかししみじみと言葉を溢した。
その言葉にキャサリンが目敏く反応する。
近くにいた第1小隊のアラタ達も、ユノの言葉を聞いて後ろを振り返った。
するとユノは何故かビシッとアラタを指差した。
「勿論!アラタがラブレターをもらっても全然狼狽えていなかった事よ!」
「……は?」
突然の言葉に面食らうアラタ。
他の者達も首を傾げていたが思い当たったのか、あぁ、と手を叩いていた。
「そういえばそんな事あったわね」
「はぁ?俺がいつラブレターなんてもらったんだよ」
「ほら、あのエゼルダームのアレよ」
「正確にはラブレターではなかったけどね」
最初はアラタも何を言われているのかよくわからなかったようだが、キャサリン達の言葉で漸くユノの言葉の意味がわかったようだった。
「でも言われてみればそうだよね。前に僕がアラタが告白される夢を見たって言った時は食いつきが凄かったもん」
「確かに、アラタってラブレターとか告白とか縁なさそうだもんね。ヒカルとかならともかくさ」
「なっ!俺だって告白ぐらいされた事ぐらいある!」
「「うそっ!」」
キャサリンの言葉に皆が頷いていると心外だというようにアラタから思わぬ発言が飛び出した。
その言葉にユノ達から驚きの声をあげるのは勿論、終始傍観者でいたハルキやヒカルでさえ身を乗り出してアラタに詰め寄るほどだった。
「な、なんだよ皆して…そんなに俺が告白されたりするのは変な事かよ」
「そりゃぁ、ねぇ」
ユノがアラタから目線を反らしながら他の皆を見ると同感だというように頷いていた。
「よく寝坊するし」
「人の言う事聞かないし」
「いつも無鉄砲だし」
「賑やか通り越していつも煩いし」
「酷いぞお前ら!」
遠慮なしの言葉にアラタは既に半泣き状態だった。
唯一皆の発言に混じっていなかったのはいつも控えめで優しいハナコだけだったが、残念ながら皆の言葉を否定することは出来ず、ただあわあわとしているだけだった。
「ぐっ…で、でもなぁ!俺だって神威大門に来るまでは1度や2度くらい、誰かと付き合ったりしてたっつーの!」
「で?別れた原因は?」
「それ、は、」
「『瀬名くんてLBXの話しかしないよね』?」
「なんでわかるんだよ!」
「え、嘘、当たった?」
「まぁアラタだしねぇ」
キヨカがCCMを弄びながら適当に、しかしどこか確信を含みながら発した言葉は意外にも当たってしまったようだ。
アラタが誰かと付き合っていたという事は驚きの事実だったがフラれる理由はアラタらしい。
皆から自然と苦笑が漏れた。
「くそー…皆バカにしやがって…」
「まぁまぁ。でもさ、この学校ってあんまり誰かと付き合ってるって話聞かないよね。キャサリン達は何か知ってる?」
不貞腐れているアラタをどうにか宥めながらサクヤはキャサリン達に話を振る。
男子はともかく、女子ならば恋バナは好きだろう。
なのでてっきり何か知っているかと思っていたのだが何故かキャサリンは頬を膨らませた。
「それが全然!彼氏彼女どころか、片想いさえ聞かないわ!」
「あー、確かに」
「あってもせいぜい誰かに憧れてるってくらい。ほーんとつまんないわー」
「フン、くだらない」
「そう言いながらちゃっかり聞き耳立ててるのはアンタでしょ、ヒカル」
「な、ちがっ…」
キャサリンの言葉を最後に、昼休み終了を知らせるチャイムが響き渡った。
まだまだ話し足りなかったが授業が始まるなら仕方ない。
皆は各々の席へと戻っていった。
「あれー?アラタ1人?」
「!ユノこそ」
放課後、ハルキはアラタの成績を見兼ねて第1小隊の皆で図書館で勉強していたのだが、途中から各々先生に呼ばれたりなど予定が入ってしまい、取り残されたアラタはどうせ1人では勉強出来ないのだから、という事で大人しく1人で帰路についていたのだ。
ユノも副委員長としてハルキと雑用を頼まれていたのだが後はやっておくから、とハルキに言われたので有難くそのお言葉に甘えてのんびりと帰り道を歩いていたのだった。
「全く…勉強ぐらい1人でやりなさいよ」
「う…だって1人じゃどーにも集中出来ないっていうかさ…」
「勉強の時にLBXの時の集中力を使えればねー」
どちらからともなく、2人は並んで歩きだす。
ユノがアラタをたしなめ、アラタはその言葉に苦い表情を浮かべる。
なんて事ない、普通の日常の一コマだ。
だけど何かがいつもと違う。
(…何が違うんだろ?)
ユノは1人不思議に思っていたがその答えは呆気なくわかった。
「そういえばユノのこうやって2人きりになるのって珍しいよなー。てか、もしかして初めてか?」
(あ、そっか)
アラタがはにかみながら言った言葉に、ユノはすとんと胸のとっかかりが取れたのがわかった。
そのうえ、昼間あんな会話をしてしまったおかげで色々な事に気がついてしまった。
何気にアラタはユノの歩調に合わせてくれている事。
アラタが率先して車道側を歩いている事。
第4小隊とアラタで帰る時がない事はなかったがその時はお喋りに夢中で気にかけた事などなかったがよくよく考えてみればアラタは割と日常的にそういった行動を取っていた。
昼間は散々な言われ様だったが、こうした面を見てみるとアラタが誰かに想いを寄せられても不思議ではないかもしれない。
(…あれ?)
昼間はそんな事考えもしなかったのに、改めて考えた結果、そんな考えがユノの頭を過ぎった瞬間、ユノは胸の奥の方がズキリと痛んだのがわかった。
「ん?どうした、ユノ?」
「え、あ、えっと何でもない!」
「?、ふーん?ならいいけどさ」
思わず足を止めてしまったユノを不思議に思ったアラタが振り返る。
そしてアラタの声でハッと我に返ったユノは慌ててアラタの隣に並ぶ。
(…なんで、胸が痛んだんだろ?)
なんとなく、皆に優しいアラタは嫌だと感じたのだ。
優しくする相手は、自分だけであればいいのに。
無意識にそう思ってしまった事にユノは首を傾げていたがアラタはユノの様子に気付く事なく今日あった出来事を面白おかしく話していた。
「それでさー…って、ユノ、聞いてるか?」
「へ?あ、うん。聞いてる聞いてる。午後の授業、アラタが先生に怒られた話でしょ?」
「全然違う!」
「あれ?」
もー、最初からもう一回話すから聞いとけよ!、と頬を膨らますアラタに向かってごめんごめん、と苦笑いを浮かべるユノ。
傍から見れば仲のいい友達かもしれない。
しかしながらユノはそれだけでは足りない事を心の底で感じていた。
その理由はきっと、
(…あ、)
ユノ達より少し年上の、恐らく高校生ぐらいの男女がユノ達の隣をすれ違う。
二人は仲良く手を繋いでいて、一目で二人がカップルだという事が分かった。
そのカップルとはだいぶ距離が離れてしまったが、ユノは後ろ髪を引かれるようにずっと二人の事を目で追っていた。
(…そっか。私、アラタとあんな風になりたいんだ)
胸に落ちた思いはごく単純。
一度気付けば想いが溢れるのは必然の事で、
「それでさー、ヒカルってば、」
「アラタ」
「ん?」
まだまだ話し足りないというように、滑らかに流れ出る言葉を遮ってまで告げる言葉とは、
「ーー私、ずっとアラタの事が好きだったみたい」
だから、優しくする相手は私だけがいい。
珍しいユノからの小さな我儘にアラタの表情が一瞬で変わるのは必然の事だった。
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扉は静かに開けられた
title by 『扉は静かに開けられた』
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