会いにきて(ドキプリ・イラりつ)


「…やっぱり、言わんこっちゃねぇ」

ふわりとイーラがキングジコチューの中に入るとすぐ目の前には巨大な氷の塊の中にひっそりと目を閉じている六花がいた。
その表情は死んでいるのではないかと心配になるほど安らかなものだった。
恐らく、自身の最後の力を振り絞って此処等付近のジコチューを浄化したのだろう。
微かにジャネジーの気配が残っているのがいい証拠だ。

これも全て、大切な『マナ』の為。

「…っかじゃねーの」

他人の為に命を懸けるなんてイーラ達ジコチューにはあり得ない。
それなのにどうして―…

「どうして、俺はこんなとこにいんのかな」

いくらジコチューの幹部とはいえ、自分だってこの中にいればどうなるかわからない。
ジャネジーが高まれば自身の能力も高まるが度を超せば自分をコントロール出来なくなる。
つまりこの中はイーラ達にとっても絶対に安全だとは言えないのだ。
それなのにわざわざ危険を冒してでもここにいる訳は。

イーラは自嘲気味に笑うと手のひらに力を込めた。


「ん…」

あれ…?
私…さっきまでキングジコチューの中にいて…それで、最後の力で自分も氷漬けになって…

なのにどうしてこんなに暖かいの…?

まだ頭がぼんやりしてちゃんと働かない。
それでも背中に、足に、体全体に温もりを感じる。
少し身動ぎしてうっすらと目を開けた。
ぼやける視界に映るのは――…

「イー…ラ?」

声になったかわからない。

だけど確かにイーラはこちらを一瞥するとまた前を向いた。

(これは夢…?)

どうやら私はイーラに所謂『お姫様だっこ』をされているらしい。
イーラは私を抱えたまま軽々とビルを転々と飛び移り、だんだんと地上へ降りていく。
いや、それよりも何故イーラがここに、

「寝てろ」

思考を遮るようにイーラの有無を言わせない、だがどこか優しげな声が頭から降ってくる。

(まぁ…いっか)

私はなんだか考えるのも面倒になり、大人しくイーラの言葉に従った。


「六花!」

地上では六花の両親がキュアダイヤモンド――六花の帰りを待っていた。
イーラは六花の両親を知っていた訳ではなかったが髪の色と雰囲気であたりをつけ、その人達の近くになるべく六花に振動を与えないようにして地上に着地した。
そして六花の母親がすぐさま駆け寄り、父親も後に続く。

「六花!」
「眠っているだけだ。凍傷どころか、怪我1つしてない。そのうち起きるだろ」

イーラはぶっきらぼうにそう言うと六花を母親に押し付け、くるりと背を向けた。

「あの!あなたは…」

母親はそう叫ぶがイーラは目線もくれず、いつものようにすぐさまその場から消えてしまった。

「ん…」
「六花!」

するとその直後に六花が目を覚ました。
両親の顔が一気に綻ぶ。

「ママ…?パパ…?」
「良かった…あなたが無事で…」
「私…」
「さっき、綺麗な男の子があなたを助けてくれたのよ」

母親の言葉で一気に目が覚める。

「そうだイーラ!……っ!」

体を起こして立ち上がろうとするがずっと氷の中にいたせいかうまく体を動かせない。
慌てて母親が倒れた六花の体を支える。

「ダメよまだ無理しちゃ…」
「イーラ…」

両親の心配してくれる声は有難いが六花の耳には入らなかった。
今六花の頭にあるのはイーラだけ。

「どうして何も言わせてくれないのよ…!」
本当は目が覚めたら言いたい事が沢山あった。

あの時心配してくれてありがとう。
あなたの言う通りだったわ。
それでも助けてくれてありがとう。
あなたやっぱりいい人なんでしょ。
あなた達これからどうするの、どうなるの。
やっぱり消えてしまうの。

――…お願いだから、いかないで。

だけどあなたは何も言わずに消えてしまった。
今ではあの時イーラの優しげな言葉に素直に従って瞼をおろしてしまった事が恨めしい。
イーラ達がジコチューを生まない限りこちらから居場所を特定する事は出来ないし、ましてや連絡する事さえ出来ない。

あなたと話せる最後のチャンスだったかもしれないのに。

「あなたやっぱりジコチューだわ…!」

六花は手のひらに爪がくい込むぐらい強く両手を握りしめながら涙を一粒溢すと思いきり母親に抱きついた。
母親はいつも大人びている娘が人目もふらず大泣きする様子に驚きながらも母親ながらに何かを感じたのか、ただ黙って六花の震える小さな背中を優しく撫で続けた。
六花は、ただただ、マナ達が来るまでの間、ジコチューでひねくれた、だけど心優しい少年の事を想って涙が枯れるくらい泣き続けた。

――…イーラの……馬鹿。



そしてキングジコチューとの戦いから数ヶ月後。
六花達の日常はだいぶ落ち着いてきて、各々に自分の時間を大切にしながらも、以前のように5人で集まる機会は多々あった。
キングジコチューを倒すという目的がなくなっても、今まで彼女達が築いてきた絆はそう簡単にはなくならなかったのだ。
皆で話す事と言えば学校の事、オススメのスイーツの事、プリキュアの事、そんなとりとめのない事だった。
数ヶ月前、町を巻き込んで大きな戦いがあった事なんてなかったかのように。

それでも、六花は時々ふと思い出す。

――…イーラ、どうしてるのかな…

あの日以来、ジコチューが発生したという話も聞かないし、彼等がどうしているかなど風の噂にもならなかった。

ねぇ…あなた今どこにいるの。
今何してるの。
ちゃんとご飯食べてるの。
ちゃんとソファなんかじゃなくてベッドで寝ているの。

私、あなたに言いたい事沢山あるの。
怒りたい事も、お礼を言わなきゃいけない事も沢山ある。

私はあなたの居場所がわからない。
だけどあなたは私がどこにいるか知っているでしょう。
私は変わらずこの町に、この家にいるよ。
お願いだから会いにきて。

――…私、あなたに会いたいの。



そんなある日の事。
いつものようにベッドに転がりながらイーラの事を思い出しているとコンコンと窓を叩く音がした。
最初は気のせいかと思って無視していたがだんだんと音は大きくなり、次第に窓をバンバンと叩くような音になったので慌てて飛び起きて窓を開けた。
そして目の前に現れた人物は。

「イー…ラ?」
「んだよ、やっぱりいるんじゃねーか」
「どうして…」
「お前が呼ぶからだろ」

窓から入ってきたイーラは淡々と言葉を並べる。
会いたかったはずなのに、会えて嬉しいはずなのに、六花は言葉が出てこない。
ただただ、泣いてしまいそうになるのを堪えるのに必死だった。
俯いてしまった六花にイーラは六花の頬に手を伸ばしながらポツリと言葉を溢す。

「本当は…このままマーモ達と一緒に長い眠りにつく予定だった。だけどお前が…」
「私…が?」
「お前が…泣きながら俺の事呼ぶから…いつの間にか、ここに来てた」
「私泣いてない…!」
「でも泣きそうだろ?それに…俺の事呼んだって事は否定しないんだ?」

イーラが六花の瞳を覗きこみながら意地悪そうにニヤリと笑う。
その言葉に、六花の中で何かが弾けた。

「そうよずっと呼んでたわよ!イーラってば私に何も言わせてくれないんだもの!馬鹿って言葉も、ありがとうって言葉も、好きって言葉も!」
「今言ってんじゃねーか」

六花はイーラの胸元に飛び込むと小さな子供のように泣きじゃくった。
イーラは六花の言葉に嬉しそうに笑いながら六花を抱きしめる。

いつの間に成長したのだろう。
最後に会った時よりも確実にイーラの身長は、手は、肩幅は大きくなっていた。
六花をすっぽりと包みこんでしまえるくらい。

六花はイーラの胸の中で鼻をすすった。

「悪かったよ、ずっと会いにこなくて」
「…許さない」
「え、」
「だから約束して。…お願いだから、もう何処にも行かないで」

六花のイーラの背中に回す腕が震える。
イーラは少し笑うと六花の顎に手をかけた。

「俺はもう、行くとこがないんだ。お前こそ、責任とってお前が俺の居場所になれよ」
「…ジコチュー」
「今さらだろ」

イーラはそのまま静かに顔を近づける。
六花は次にくるであろう感触を予想して、そっと瞼を閉じた。

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