息が苦しい。肺が痛い。
こんなの、学生の時のマラソ
ン大会以来だった。ピューマ
姿のままぜぇぜぇと息を切ら
すわたしを見下ろすエースさ
んは表情一つ変えてはなかっ
た。

「やっぱりピューマって足速
ぇんだな。」

「…………………。」






特大オムライス、巨大ハンバ
ーグ、山盛りピラフ、大盛り
スパゲティー、特盛ハヤシラ
イス、そして肉肉肉大量の肉
見てるだけで胸やけがするほ
どの大量のご飯を平らげたエ
ースさんは、お行儀よく手を
合わせてお店の人に「ごちそ
うさまでした。」と言った。
その様子を見てお店の人も頬
をほころばせていて、なんと
も穏やかな空気が店内に流れ
ていた。

しかし直後、エースさんは強
い力でわたしの手首を掴むと
いきなりすごいスピードで走
り出した。



「…く、食い逃げ〜!!!」


後方からお店の人の悲痛な叫
び声が聞こえて、わたしはい
ま自分の置かれている状況を
把握した。そして素早くピュ
ーマへと姿を変え、エースさ
んに置いて行かれぬよう必死
で走った。








「ど、動物のピューマがつい
て行くのが、必死なんてっ、
エースさんの足の速さ、人間
の域越えてますよ、」

「おう、毎回島に着いたらメ
シ屋に追いかけられて鍛えて
るからな。」


人間の姿に戻り、今だ荒い呼
吸を繰り返すわたしに対しエ
ースさんは爪楊枝をくわえた
まま余裕の表情だった。


「…もはや人間じゃないです
ね」

「いや猫のおめぇに言われた
くねぇよ」

「………。」

「メシ屋ももう追ってこねぇ
し、町でもぶらついてみるか
キヨカなんか用事とかねぇの
か?」

「ちょっと小物屋さんとかに
行きたいかなって。あ、あと
お父さんにお土産を買わない
と」

「オヤジにみやげ?」

「はい、いっつも膝借りて寝
ちゃってるから何かあげよう
と思いまして。何がいいと思
います?」

「オヤジへのみやげなら酒で
いいんじゃねぇか?」

「わたしもそう思ったんです
けど、お父さんこの前ナース
さんにお酒控えるように言わ
れてたんですよね、」


と言ってもお父さんはそんな
ナースさんの忠告を聞く耳な
んて持ってなかったんだけど



「…いつも鼻にチューブ付け
てるし、やっぱり体良くない
んでしょうか?」

「オヤジも年だからなァ」


そのぽつりとエースさんが呟
いた一言に、やっぱりお酒は
やめとこうと思った。
お父さんはお酒がいちばん嬉
しいんだと思うけど、健康の
ことを考えるとお酒なんてあ
げられない。

エースさんと町をぶらぶらし
ながらいろいろと考えて、最
終的にわたしが思いついたの
は紅茶だった。
“Tea”と書かれた看板を掲げ
る一軒のお店に入ると、茶葉
のいい匂いが鼻をくすぐる。
ああいい香り


「なんで紅茶なんだ?」


棚に並ぶいろいろな種類のお
茶の香りを吟味しながらあれ
やこれやと選ぶわたしにエー
スさんが興味深気に問い掛け
る。


「紅茶には紅茶ポリフェノー
ルとカフェインが入ってて、
老化防止や疲労回復、リラッ
クス効果もあって体にいい働
きをたくさんしてくれるんで
すよ」

「へー、 キヨカ医者みてぇな
こと言うな。なんでそんな事
知ってんだ?」

「……ま、前に本で読んで」

「…おめぇ物知りだなァ」


そう言い笑うエースさんに
“前におもいっきりテレビで
見たから”なんて本当のこと
は言わないでおこう。
(言っても通じる訳ないし)

わたしが選んだお茶はアール
グレイとハーブとジャスミン
どれも素敵な香りだったから
お父さんも喜んでくれればい
いなと思った。




それからわたし達が向かった
先は小さな可愛らしい小物屋
さん。いつも髪を結んでいた
わたしのゴムは切れかけてい
て、そろそろ新しいのを買わ
なければいけなかった。
店内にはヘアアクセサリーの
他にも様々なアクセサリーが
飾られていて、わたしの乙女
心を上手い具合にくすぐる。
しかしそのような物を買える
程わたしのお財布には余裕も
ないし、第一にこれ以上わた
しの用事でエースさんを待た
せるのも嫌だったので、ゴム
とバレッタだけを手に取りど
ちらが使い勝手があるのかと
真剣に迷っていた。

その間、エースさんは店内を
ぐるりと見渡しながら様々な
チョーカーが並ぶ一角をじっ
と見ていた。
そう言えばエースさんは赤い
ストーンのネックレスをいつ
もつけてる。テンガロンハッ
トもこだわりがあるみたいだ
し、エースさんはおしゃれだ
なあと思った。
















「そろそろ船へ帰るか、」


エースさんがお昼寝から目覚
め、上半身をガバっと起こし
そう言ったのは日が西へ傾き
空が茜色に染まり出した頃だ
った。


小物屋さんで散々迷った揚句
結局以前のものとあまり変わ
らないような地味なゴムを買
ったわたし。
『おめぇせっかくなら前と違
うような派手なの買えよ』と
笑うエースさんに『あんまり
派手なの似合いませんから』
とわたしも笑って返した。

それから町を少しぶらついて
この島の名物らしいタコ焼き
を買い食いしたり、港を見渡
せる高台の丘にのぼりモビー
ディック号を眺めたり、その
丘で少しお昼寝していたり。
エースさんと二人、とても穏
やかで楽しくて、わたしにと
ってはかけがえのない大切な
時間を過ごした。


「…そうですね、帰りましょ
うか」


まだ帰りたくない。エースさ
んはどう思ってるか知らない
けど、わたしはこうしてエー
スさんと二人でいられること
が嬉しくて嬉しくて仕方ない
のだ。まだ帰りたくなんかな
いよ


「…さてと、今日の夕飯は何
だろうな」


立ち上がり、ぱたぱたとお尻
につく草をはたきエースさん
は船へと歩き出した。わたし
も同じように立ち上がりエー
スさんの後へ続く。
『今朝コックがコロッケの下
ごしらえしてたんできっとコ
ロッケですよ』『お、コロッ
ケいいな』
まだ帰りたくなんかないなん
てそんな本音、こんな臆病な
わたしに言える訳がなかった


「 キヨカ、」

「はい?」


前を歩くエースさんがわたし
の名を呼び立ち止まり、こち
らを振り返った。夕焼けのせ
いでエースさんの顔もきれい
な茜色に染まっている。


「これ、やるよ」


そう言って半ば無理矢理わた
しの手の中に押し付けたのは
小さなピンク色をした紙袋。
不思議と思って袋をあければ
中からは赤い華奢なチョーカ



「…これ、え?」


首に巻き付ける部分は赤い糸
の様で、中心には金色をした
丸いモチーフの飾りが付いて
いる。
華奢で可愛らしく、とても素
敵なチョーカー


「首輪だ。おれがいちばんの
飼い主だから キヨカはおれの
猫って印さ。つけろよな?」


少し照れたように頭を掻いて
冗談を交えたように笑うエー
スさん。相変わらず顔は茜色
に染まっていて笑顔は太陽の
ように明るく眩しかった



わたしは何も言わなかった。
違う、何も言えなかった。

嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉
しくて涙がボロボロ溢れてき
て、お礼すら言えない。
泣かないというエースさんと
の約束を見事にぶち破ってし
まった。仕方ないじゃないか
と思う、だってエースさんが
泣かせるのだから。

ただただ泣くわたしの頭をく
しゃりと撫で満足気に笑うと
エースさんは再び船に向かい
足を進める。





チョーカー自体が嬉しかった
んじゃないんだ。“エースさ
んがチョーカーをくれた事”
が、エースさんに少しでも大
切に思ってもらっているんだ
なって、そう知ってしまった
から

それがどうしようもなく嬉し
くて仕方ないんだよ?


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