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▽ 兄はあの子を狙っている(椿梓棗)※拍手お礼文


「おい! 椿はいるか!?」

とある平日の夜遅く、棗が連絡もなく兄弟達の住むマンションに血相を変えて飛び込んできた。
その小脇に小さなダンボールを抱えている。

「どうしたの棗? 平日に来るなんて珍しいね」
「梓、椿はどこだ!?」
「椿? さっき帰って来たから部屋にいるんじゃないの?」

リビングのソファで雑誌を読んでいた梓は不思議そうに棗を見上げる。
息を切らした棗は抱えていたダンボールをそっと床に置いた。

「今部屋にいったんだが、いないんだよ」
「じゃあ分からないよ。僕は椿の監視役じゃないんだから」

梓は呆れ顔で小さく溜息を吐くと、再び手にしている雑誌に目をやる。
棗も遅れて大きな溜息を吐くとしゃがみこみ、ダンボールの中から毛玉のようなものを取り出して、それを梓の前に差し出した。

「?」

ぷら〜んと差し出されたものに目をやると、そこにいたのは薄い茶色の毛並みの子猫。
グリーンの首輪に【なつめ】というネームプレートが付いている。

「…なに、このこ?」
「こっちが聞きてーよ! さっき家に帰ったらドアの前にこいつが置いてあったんだ!」

にゃ〜とか細く鳴く子猫を受け取ると、梓は胸に抱きよしよしと耳の後ろを撫でる。
首輪に付いている名札の文字を改めて見て「あーなるほど」と苦笑いすると、子猫の顔の半分を占めているであろう大きな瞳を見つめた。

「君、“なつめ”っていうんだ」
「にゃ〜」
「ふふ、僕の言葉が分かるの?」
「にゃ〜」
「そう、いいこだね」

梓は穏やかな笑みで子猫の喉を撫でると、顔だけ棗の方を向いて「このこお腹空いてない?ちょっと牛乳持ってきて」と顎でキッチンを指す。

「はあ?なんで俺が…」
「何か言った?」
「いーや、別に」

口をへの字にしながら棗が気だるそうにキッチンへ向かうのを見送ると、梓はなつめの腹の部分に視線を落としあることに気づく。

「あれ、このこ…」
「ん? どうした?」
「ううん、別に。それより牛乳早くして」
「はいはい」

少し深めの皿に牛乳を入れ棗が戻ってくると、梓はなつめをそっと床に下ろし牛乳の皿を近づけた。
にゃ〜と、なつめは嬉しそうに小さな舌で牛乳を舐め始める。

「ふふ。かわいいね」

その姿を見て、梓は再び穏やかな笑みを浮かべた。

「ねえ、このこプレゼントなんじゃないの?」
「プレゼントだあ?うちの前に置き去りにしただけじゃないのか?」
「だって新しい名札まで付いてるじゃない。名前も書いてあるし」
「うちにはもうアイツらが2匹いるだろう」

ふーとまた溜息を吐き、棗はソファに深く腰掛ける。
その隣に梓も腰掛けると、棗の顎に指を掛け自分の方へクイっと向かせた。

「だからだよ」
「は?」

顔を近づけてくる梓との距離が一気に縮まる。
息が触れ合う距離で止まると、自分の戸惑った顔が移るアメジストの瞳が細められた。

「君は普段僕らの傍にいないからね。せめて猫くらいは3匹揃ってって思ったんじゃないかな?」
「…椿が?」
「あんなだけど椿は僕らの兄だから」

二人の視線が床にいるなつめに移る。
その視線に気づいたのか、なつめがミルクで濡れた口を足で掻きながら振り返り、嬉しそうに鳴いた。



******



「やっぱりここにいたんだね、椿」
「あ、バレてたー?」

梓は自分の部屋に戻るなり、ベッドにうつ伏せになって雑誌を読んでいる椿を見て溜息を吐いた。

「あいつ来ただろー!?」
「来ただろーじゃないよ。どうしたのあのこは?」

椿の傍に腰掛けると、梓は呆れ顔で椿を見下ろす。
雑誌を閉じ起き上がって椿も梓の隣に腰掛けた。

「事務所でずっと貰い手探してたんだって。かーいかったからさ、つばきとあずさの仲間にって思って★」
「本当にそれだけ?」
「あれ…?もしかして気づいちゃった?」
「まったく椿は…」

今日何度目か分からない溜息を吐く梓に「まーまーいーじゃんか」と椿は笑顔で肩を抱き寄せる。

「あいつはああ見えて寂しがり屋だからな。モテモテで喜ぶぜー」
「それで済めばいいけど…」

やれやれと椿の手に自分の手を重ねながら、梓はカーテンが閉じてない窓から棗が帰っていった外を眺めた。

(棗、これから頑張ってね…)



******



「おい、お前らの仲間だってよ」

棗は自宅へ戻るなり、ダンボールごとつばきとあずさの前に置く。
突然何だよという目つきで棗を見あげた二匹だったが、その中から茶色のモフモフがひょっこり顔を出すと「「にゃー!」」と揃って嬉しそうに鳴いて飛びついた。

「え?えっ!? お前ら突然どうしたんだよ!」

なつめに乗っかろうとする二匹に、棗は慌ててなつめを抱き上げる。
その瞬間、掌に触れた感触でようやく気づいた。

「お前…もしかして…」

恐る恐るなつめのソコを見ると、何故かある筈だと思い込んでいたものが――ない。

「…メス、だったのか?」
「にゃ〜」

その時、ガリッと鋭いものが棗の足を二ヶ所同時に引っ掻く。

「いてっ!」

慌てて下を向くと、そこには雄の眼をギラギラさせたつばきとあずさが。

「にゃー!」
「たっ!こら引っ掻くんじゃねぇ!ちょっとあっちいけ!」
「にゃー!!」
「おい噛み付くんじゃねぇよ!痛いって!」

普段つばきとあずさにあまり相手にされない棗が、なつめが来てからは常に“彼女”を守っているため、二匹もいつも傍に寄ってくるようになった…とか。



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