▽ それはテキーラよりも強く、カルーアよりも甘い(棗椿)
「なー、もしお前がいなかったら俺と梓は双子だったんだぞー」
「お前こそ、いなければ俺と梓は双子だったんだ」
なんでこんな話になったのだろう。
イヴなのに梓が仕事を優先したと、椿が俺の部屋にふくれっ面で転がり込んで来たのが数時間前。気づけば周りに潰されたビールの缶が数え切れないくらい転がっていた。
今日はお互いに不満がかなり溜まっていたからだろうか、ピッチがいつもよりずっと早い。すでに椿の目が据わっている。
部屋中に充満する酒の匂いに嫌な顔をして、猫のつばきとあずさは早々に台所に置いてあるかまくら型の寝床に逃げてしまった。広めの寝床なのにぎゅぎゅうにくっついて既に寝ている。あいつらは本家と同じくらい仲良しだ。
その姿をガラス戸越しに見て、俺ももう壁に手を付かないとふらつくぐらい酒が回っていてるからだろうか、いつもなら我慢できることをつい口に出してしまう。
「大体な、お前はいつも梓を独り占めしといてまだ何か文句があるのか?」
ぴくりと椿の髪に隠れていない方の瞼が動く。尖っている目で俺をぎろりと睨んだ。
「独り占めだとー。お前が出て行ってからなー、梓は何かにつけて棗、棗ってお前のことを気にかけるからムカつくんだよ!」
「それは俺のせいか? 梓に直接言えよ!」
「言えっかよ! 梓は優しーんだ。お前のこと心配してんだよ。そんなのも分からねーのかバカ!」
「馬鹿はお前だ! 馬鹿!」
「なんだとー、棗のくせに生意気な!」
こうなるともはや成人男性の会話とは思えないくらい稚拙でくだらない。
しかし、何故かこの日はくってかかってくる椿に負けたくないと思ってしまった。話題が梓だったからだろうか。
「大体お前なー、俺と梓は元々は一つだったんだぞ。分かるか? 同じ人間だったんだよ俺と梓は!」
「いつの話してんだよ。今は2人別々の人間だろうが」
「お前は知らないだろうけど、一卵性はDNA一緒なんだぞ。同じ構造なんだぞ俺と梓は!」
「今のお前見てるとそれは悪い冗談じゃないかって思うよ。日本の医学は大丈夫か? ちょっと雅兄に確認してみるか」
「なんだとー!」
わざとらしくスマホを持つ俺に椿が飛び掛って来る。いつもならそんなのは即座に避けられるのだが、今日は俺も動きがかなり鈍い。
真正面から椿に体当たりされ、二人揃って床に倒れ込んだ。俺の上に椿が乗っている。
「いてーな馬鹿、重いからさっさと退け」
「うるせーなー言われなくてもすぐ退くよ」
椿が起き上がろうと床に片手を踏ん張るが、力が入らないらしい。すぐにへにゃりとなって俺の上に倒れこんだ。急激に動いたからだろうか、酒が一気に回ったらしくそのまま動かない。
「おい、大丈夫か椿?」
「うー、気もちわりぃ…」
「ここで吐くのだけは勘弁しろよ! ほらちょっと立って」
慌てて椿の両肩を持って起こす。しかし自分と同じ様な体格の力の入ってない男を起こすのは至難の業だ。残念ながら俺の腕も椿同様力が入らない。
そのまま再び2人で床に転がった。その瞬間に何かが唇に触れた。
「え――」
その“何か”を確認するまでもなく、ピントが合わないくらい近くにある椿の顔。その唇が触れたのだと気づいた時には、椿の両手が俺の頬に添えられていた。
「ちょっ…つば、き…っ」
顔をホールドされた状態で椿の唇が俺のそれを再び覆う。目を見開いている間に角度を変え、生暖かいものがにゅるりと口内に侵入してきた。
「やめっ…んっ、ふぅ…っ」
それはあっという間に俺の舌を絡め取り表面をざらりと大きく擦る。そのまま歯列と上顎を舌先で擽られると、ぞくりとした感触に体が奥が熱くなった。
それまではただされるがままだったが、思わず両手を椿の背に回して体制を入れ替える。椿を床に横たわらせると、その唇に今度は自分から被りついた。
「んんっ…、は、ぁ…っ」
お互いの呼吸さえも吸い尽くしてしまくらいの激しい口付け。頭がクラクラして一旦唇を離して瞼を開くと、そこには愛しくてたまらないアメジストがとろんと瞳を潤ませて――俺を見てこう言った。
「ん…、あずさぁ…すき〜」
椿のその言葉に、意識が一気に現実に引き戻される。
梓と俺を間違っているのか?まさか、そんな馬鹿な…椿と梓が間違われることは当たり前でも、俺なんてあまり似てないぞ。そりゃ他の兄弟よりかは似てると言われるが、そんなのは二人の類似度の比じゃない。
そんなことを考えていると俺に向かって伸ばされる椿の両腕。これは“だっこ”を強請ってる時のポーズだ。梓も酔っ払うとこれをよくやる。やっぱりどこまでも似てる一卵性だ。
「よーし、ここに腕を回せ。そうだ上手だ。少し歩けるか? こっちのベッドまで頑張ってくれ」
「うーん、わかったぁ〜。あんがと梓」
椿はぎゅうと俺にもたれ掛かって大人しくついて来る。まあ椿の中では俺じゃなくて梓に引っ付いてるつもりだろうが、反抗して暴れられるよりはマシだ。
「着いたぞ。お前今日ベッド使っていいからもう寝ろ」
「あずさはぁ〜?」
だから俺は梓じゃないって…と言っても、もうこの酔っ払いには通用しない。ベッドの横に座り、寝ている椿の頭を撫でてやる。とにかく早く寝ろ、これ以上おかしなことになる前に寝てしまえと。
しかし、その手を椿が掴む。
「一緒に寝てよあずさ〜」
「いや、だから俺は…」
酔っ払いとは思えないくらいの馬鹿力で俺をベッドに引きずり込む。すぐに椿の両腕が俺の首の後ろに回されぎゅうと隙間なく抱き締められた。
椿は俺の胸に頬を寄せ、すりすりと頬ずりをすると再び唇を近付けてくる。
「おいっ、お前間違ってるぞ! 俺は梓じゃない!」
慌てて椿の唇を掌で覆ってガードすると、その掌をぴちゃりと舐められる。
「ちょっ!何してんだ椿!」
「ねー梓〜、シたい…」
「はあっ!?」
いつも椿の発言はとんでもないが、今日はそのさらに斜め上を行く素頓狂な発言に俺は自分でも聞いたことの無い変な声が出る。これは普段はまず出すことのない音程だ。
でもそんな声が出てしまうのも仕方ない。椿のやつ『シたい』だあ!?
この状態でシたいって言われたらやっぱりアレのことだよな。梓とお前、もうそんな遠くまで行っちまっていたのか…!?
俺がしばしの間、巣立っていった子供を見るような、見てはいけない姿を見てしまったような、何とも言えない切ない思いで椿を眺めていると首に両腕が回される。
「何照れてんのー。かーいーな梓は」
俺を見つめる、いや俺を見ながらその奥に移っている梓を見つめる椿の瞳が優しい。椿はいつも梓にこんな表情を見せているのか。
梓しか見たことのない、椿の“アノ時”の表情…そう思った途端、俺の中がドクンと熱くなった。
「どーしたのー、梓〜早くシよ」
んーと唇を少し突き出しキスを迫る椿に、俺はごくりと喉を鳴らす。
「…いいんだな」
「何言ってんの〜、もー早く〜」
お前が悪いんだ。お前があんなキスをしたから。
お前が悪いんだ。お前がシようと誘って来たんだから。
お前が悪いんだ。お前が――あんな表情を見せたから。
俺は心の中で今夜のことはすべて椿と酒とクリスマスのせいにしようと決め、理性を手放しその柔らかな唇に被りついた。
薄暗い部屋の中で俺と椿の影が重なる。
イヴの酒はテキーラよりも強く、椿の体はカルーアよりも甘かった――。
<終>
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