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▽ 共に堕ちようか、今だけはこの恋に(棗梓)


間違った恋だった――

そんな歌を、昔のドラマの主題歌で聞いたことがある。

まだ学生だった俺と梓はサンライズレジデンスが建つ前の実家の今よりも狭い俺の部屋に並んで座り、そのドラマをハラハラドキドキしながら何故か毎週一緒に見ていたものだ。

主題歌の歌詞はドラマの内容とリンクしていて、四人の男女にはそれぞれ愛する者がいるのに、様々なすれ違いや妨害で別の者と添うことになってしまう。

月日が流れ再び四人が図らずも集まり、やはり今でも愛している人の元へ戻りたいと願っても、過ぎた時間と今の境遇、新しいパートナーがそれを許さない。

それでも惹かれ合う者達が取った結末には、悲しいラストが待っていた――

当時はこのラストに賛否両論があり、俺と梓もそれぞれの立場で色々と言い合ったものだ。
そのドラマの再放送をまさか何年も経った今、また一緒に見るハメになるとは…

ドラマが佳境に入り切ない歌詞がテンポのよい曲に乗って流れ出すと、梓の瞳から一筋の涙がぽろりと零れた。

「梓?…どうした?」

まっすぐに梓を見つめる俺の目に写ったのは、切なそうに歪んだ綺麗な紫の瞳。
いつでも冷静沈着、真面目で常識的で気が利いて優しい――というのが梓の表向きの顔。

しかし、俺だけは知っている。
梓にはもう一つの顔があることを。

その穏やかな微笑みの裏は意地悪で我が儘で俺様で、でも一人にしたら寂しさで壊れてしまいそうな儚さがあった。

俺は三つ子の末弟というだけで、昔から一卵性の兄達の理不尽な被害を一心に受けてきた。
しかし、どれだけ理不尽な我が儘を言われようとと、どれだけ振り回されようと、俺は梓のその裏の顔が何よりも魅力的でほおっておけなくて、目が離せなかった。

「…間違った恋だった。だって」

主題歌を聴き、少し自虐的に笑う梓を抱きしめ背中を擦る。
すると、ぎゅうと弱々しく梓が俺の背中に腕を回してきた。

「昔、僕は主人公の友達に自分を重ねてこのドラマを見てたよ」
「俺はその梓を好きな友達目線だったな」
「僕には椿という大切な人がいて、恋人とかそういう簡単な言葉じゃ片付けられない、一緒にいるのが当たり前みたいなもう一つの魂みたいな存在がいて」
「ああ」

俺に抱きついたまま梓は切なげに話を続ける。
しばらく俺は黙ってそれを聞いていた。

「椿がすごく大事で必要で、でもそれ知ってて友達のフリしてしれっと主人公は僕から椿を奪うんだよ。女というより人間としてもっとも卑怯なやり方で」

俺の背中に回された梓の腕に痛いくらいに力が込められる。

それはドラマの中の設定だろう、現実とは違うぞと宥めようとしたけど、今のこの状態の梓が大人しく聞き分ける筈がない。

しばらく静かになったと思ったら、今度はくすんと鼻をならしてしくしく泣いていた。
まったく、こんな姿を昴や侑介辺りが見たら腰を抜かすぞ。
あいつらの中で梓は変わり者の多い朝日奈家にあって、しっかり者で穏やかで色系の類はあまり見えないまともな部類に入ってるんだから。

気の済むだけ泣かせてやると梓はようやく顔を俺の胸から放し、そっと右手を俺の頬に添えた。

「今、こうしてることは、椿への裏切りになるのかな?」

真っ直ぐな紫の綺麗な瞳に薄い膜がまた貼る。

「今、椿は僕じゃない子の所にいってるんだ」
「あの妹か?」
「違う。同業者の子に誘われたみたいで」
「まあ、そんなの一時のことだって」
「分からないよ。あの手を使われたら、僕は勝てないし…」
「だからそれは、あのドラマの中の話だろ」

いつもより食ってかかる梓を抱きしめ、背中と頭を優しく擦ってやる。
しばらくすると少し落ち着いたのか、すんと軽く鼻を何度か啜って腕の中から俺を見上げた。

久々に見た昔のドラマがあまりに今の心境と似ていたため、今回はこれに気持ちが激しくリンクしまったのだろう。
昔からこういうことが時々あったのだ。

明るく社交的な椿には、言い寄ってくる女が後を絶たない。
もちろんすべて丁重に断っているが、中にはそれでもいいセカンドでもいいからと食い付く輩もいて。
それが同業者だとなかなか無碍にもできないらしい。

椿の一番はいつだって梓だ。
それは梓も俺も昔から分かっているし、変えようのない事実だ。
しかし、それでも不安になるのだろう。

相手は女、梓は男そして弟。
いくら一番近くにいても勝てない壁がある。
それを感じる度に俺の所にやってきては、こういう言うのだ。


「俺達も間違った恋…しようよ棗」


それこそ一時の事と分かっていても、椿が迎えに来ればすぐにそちらに帰ってしまうと分かっていても、梓の誘いを断れない俺が本当は一番愚かなのか。
想い続けていても無駄だと頭では分かっていても、どうしても心が梓を諦めきれなくて。

俺はもう“男同士”や“兄弟”なんて倫理は、とっくの昔にドブに捨てた。
くやしいけれど俺は梓しか愛せないんだ。

万が一悪魔に魂を売って梓を手に入れられるとしたら、俺は迷いもなく神にも仏にも背を向け喜んで地獄に飛び込むだろう。かな兄、すまん。

どうせ明日の朝には梓の香りは消えてしまう。でも俺は求めることを止められない。
俺に頼りなげに抱きつくその細身の体を持ち上げ、ベッドにそっと下ろすと「いいのか?」と一応聞いてみる。

梓は「いい」とも「駄目」とも言わずに黙って瞼を閉じる。

それが合図。

さあ、今だけはすべてのしがらみを脱ごう。
やりきれない気持ちは心の奥に一旦沈ませておこう。

それが再び浮かび上がってくるまで
共に堕ちようか――間違った恋に。


<終>

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