感覚性同一性



illumina@から続けて読む感じです。別ルートED。

「で……なんか知らないけどアッシュとルークが合体して帰ってきたと」

 アニスが苛つきながら話をまとめた。
 どの位苛ついているかというと今にもかーぺっなどと唾を吐き出すのではないかと思うくらい。

「で、でもよかったじゃありませんの」
「そうだよな!どんな形であれ帰ってきたんだからさ」

 同意を皆に求めるかのようにガイが言うのだがここでもアニスだけは返事もしなければ頷きもしなかった。

「帰ってきたのは嬉しいよ。嬉しいんだけどさ……」

 語尾段々と小さくなっていくには理由があるからだ。彼女なりの理由が。
 アニスはちらりとアッシュとルークが合体した人物を見た。
 ジェイドがアニスの頭を撫で、彼女の言いたいことを弁解した。

「とまどっているんですよね。今まで二人だった人物が一人になってしまったんですから」

 ジェイドの言葉にアニスがうなずいた。
 皆が皆微妙な表情を浮かべる。
 かつて一人の人物が複製され二人となった。そうして二人はまた一人になった。
 完全同位体であるからこそ起こる大爆発も起こった。ただそれがジェイドの理論とは若干のずれが生じていただけなのだ。
 被験者の記憶がレプリカの肉体へ上書きをされる。コンタミネーション現象は避けられるものではなかった。
 けれども、記憶とは何を指すのだろうか。個人を分けるものとは一体何なのだろうか。

「あー!もうほんとやっかましい!」

 感動の再会のシーンくらい用意してもいいんじゃないかとアニスの態度に皆が思うのだが実際やかましいのだから仕方ない。そのうえややこしい。

「いいじゃん。何か得してるんだから」

 赤毛の青年がアニスに答える。現実に起こっているこの状態をけろりとした顔で全て受け止めていた。
 腕を頭の上で組みへらへらと笑みを浮かべている。

「お前は出てくるな屑」

 そう言葉を発したのは同じ赤毛の青年であった。けれども先ほどとは、表情も、態度も、口調も、雰囲気でさえも、全てが異なる。

「……若干アッシュが出た時の方が“彼”の表情が疲れ切っているのは気のせいでしょうかねえ」

 ジェイドがため息混じりに感想を述べる。
 確かにと納得せざる得なかった。

「うるさいんだ……あいつが」

 青年がくそっと毒づいた。彼の言う“あいつ”とはもちろん青年の中にいる人物のことだった。彼の名前はルーク。古代イスパニア語で聖なる焔という意味を持つ名を与えられたアッシュのレプリカである。
 この青年は元は二人であった。完全同位体であった為にこの様になってしまったのだ。
 一人の肉体を二人で分け合い感覚を共有している。例えば、ルークが見ている物だったらアッシュにも見えるし、アッシュが触って冷たいと感じるのであればルークも冷たいと感じるのだ。
 自分の肉体も同然である。ただし主人格の時にしか肉体は動かせないのでどちらが主人格になるかで散々もめることになるのだ。体の中で。
 アッシュが肉体の主権をにぎろうとも頭の中でルークが五月蠅く騒ぐのである。おちおち寝ることもできない。
 それはルークが五月蠅いのもあったがルークに肉体の主権を明け渡してしまうと何をするかわからないからだ。
 先ほどルークが表に現れていたがアッシュの体力、精神力は共に限界まできていた。
 理由は睡眠不足。これである。
 気を抜くと意識がもうろうとしてしまうためにルークに肉体を奪われてしまうのだ。
 逆にルークはというと好き放題している為か健康状態抜群。アッシュが寝ていなくとも肉体の中でルークはぐっすりと眠っていたりと本当にやり放題だ。
 肉体には精神での状態が現れるらしく睡眠不足でぼろぼろなはずの体だがアッシュからルークへ変わったとたんに肌の艶や髪のキューティクルさまで変わってしまう。
 生前(というのも変な言い方だが)は手入れを面倒くさがってしなかったルークの毛の方が痛んでいたのだが今ではアッシュが表に現れている時の方が髪の毛の痛み具合は半端ない。
 一体どう肉体が一瞬で回復し、また一瞬で疲弊するのかはローレライのみが知るということなのだろうか。
 第七音素はまだまだ未知の物質だ。

「すまないが、俺が寝てしまってあいつが出てきたら押さえつけておいてくれないか?」
「おいおい……」

 ガイが苦笑した。まさかそこまでする必要はないだろうと言おうとしたのだがアッシュに視線で止められる。

「そのまさかだ。よくあいつと一緒にいれて平気だったな」

 アッシュがルークのやったことを思い出したのか眉間に思いっきり皺を寄せた。
 一体何をしたんだルーク。とガイがルークに心の中で話しかける。
 だが、彼はアッシュと違い便利通信路を開けるわけではないので思うだけで終わってしまった。

「とにかく奴が出てきても動けないように縛って……」

 ぐらりとアッシュの体が揺れた。膝に力が入らないらしいが気力でこらえる。地面に足をしっかりとつけ体がふらつかないよう踏ん張った。

「大丈夫ですの?」

 ナタリアが心配そうにかけよるが、アッシュは手を払うだけだ。
 彼なりのナタリアを心配させまいという優しさなのかそれともプライドの高さ故かはわからないがアッシュらしい動作の一つだった。
 アッシュは手でまぶたを覆い頭をふるう。そうする事によって眠気を払っているかのように見えた。

「本当に大丈夫か?」

 ガイがアッシュに問うがアッシュは無言のまま眉根を寄せる。大丈夫ではないのだろうがここで平気ではないとはアッシュは言えなかった。
 そこでそんなアッシュを見かねてかジェイドが提案をする。

「もう寝なさい。ルークが悪さをしないよう見張っていてあげますから」

 視点の定まらない瞳でジェイドを睨むがルークが出た時に押さえつけてくれるのであれば安心かとその言葉を有り難く頂戴しようとした。
 普段の彼であったのならば従わなかったかもしれないが頭が回らず少なからずとも普通に生活を送ることも困難になっていたからだ。

「すまない……。もし何かあれば内からも押さえつける」

 何がとは言わないが皆それが何かはわかっていた。
 今まで一人でいた為だろうか。ルークの事も安心できるとそう思ったアッシュは一気に力が抜け倒れ込みそうになった。

「お、おい!」

 ガイが一番近くにいたために慌てて腕をつかみ、そのまま抱き止める。
 倒れ込まなくてよかったとガイはほっと一息つくとポンポンと頭をなでた。

「ルーク……」
「何をしたんでしょうかねえ」

 のぞき込むように赤毛の青年をみるが、寝顔はアッシュともルークともどちらにも似ていると言えた。
 すーすーと寝息を立てていることから相当深くまで一瞬で眠りについたらしい。

「アッシュがあそこまでなるなんてね」
「とりあえず、ベッドに横にさせてあげましょう」

 幸い宿屋が近くにあるので、皆で移動することにした。もちろん寝ている彼を運ぶのはガイの役目である。女性陣に運べるわけもなく、またジェイド自らが動くはずはない。
 それなりに重いが運べなくもない重さなのでガイ一人で抱きかかえて移動をした。
 移動の最中にルークは現れなかった。



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