illumina04



 ノエルにアルビオールでアッシュと共にバチカルまで送ってもらった。
 ガイなんかは名残惜しそうにしていたが、ティアにご両親に生きていると安心させて家族の団らんをさせてあげなさいと言われるとすごすごと引き下がっていった。
 元は使用人ではあったが今は違うのだからガイが一緒に公爵家に行くことはない。
 ナタリアも俺とアッシュに遠慮してか一度王宮に戻ってしまったし、今はまさにアッシュと二人きりだった。
 家に帰ると俺たちの成人の儀が執り行われていたことには驚いた。そんなにも時間が経っていたのか。
 ローレライのあの中にいたのは精々が一ヶ月やそこらだと思っていたのだが――飲まず食わずで良く平気だったな――あの場所とこちらでは時間の流れが違っていたのだろうか。
 けれども生憎とその疑問に答えてくれる人物はいなかった。
 疑問といえば俺たちの身体の事もそうだ。
 ジェイドから細胞云々と言われていたがレプリカに細胞なんてものはない。第七音素だけで構成されている肉体にどうして細胞なんて物が存在するのだろうか。
 あまりの内容に俺が首を捻り、口をきゅっと締めて考えているとジェイドが苦笑しながら俺に……強いては俺たちに告げた。

『これは予想なのですが、アッシュの肉体を分解し、再構築をしたと考えます。細胞をつなぎ止める音素はルークの身体が音素の固まりみたいなものですから、それで構成しているんじゃないでしょうか。ましてや大爆発によってアッシュはルークの中にいたのですから、それも可能だったのでしょうね』

 予想とは言うがジェイドは確かだと思うことしか告げないのでこれは予想ではなく確信に近いことなのだと思う。
 ジェイドに言われた事を思い返すと頭が痛くなった。
 当面音素乖離といた心配はなさそうだが、まるでジェイドが語った話は夢物語でも聞いているかの様だった。
 アッシュの使える細胞を俺たちで分け合い、細胞を俺の身体でつなぎ合わせる。一体どこの粘土細工だと言ってしまいたくなる。
 一人分の身体を二人で分け合ったのだからそりゃ足りなくて幼児化といったようになってしまうのも納得はするが、どういう事だ? ローレライ。
 こんな事ができるのはローレライ位しかいない訳で、有り難いとは思うのだが細胞か。どうせなら第七音素でもふんだんに使って肉体を作ってくれてもよかったものを。
 ぶっちゃけ、アッシュの肉体の足りない部分を第七音素で埋めて、俺の無くなりつつある音素を固定してくれれば、幼児化なんてしなくても良かったはずだろうに。
 細胞を二人で分け合う意図が分からない。とは言え、幼児化したことで細胞を半分に分かち合ってはいたが通常の子供よりも俺たちの身体は第七音素の割合が多いらしい。
 ジェイドが言うには死滅した細胞も多かったでしょうから使える物が少なかったのでしょうと笑っていたが其れを聞いていたアッシュがむぅと呻った。
 自分の身体が使えないと言われたからだろうか。
 そんなアッシュに俺は何と声をかけていいのか分からず、身体くれてサンキューな、と慌ててこれだけは言おうとジェイドの説明している間に思っていた事を伝えるとますます微妙な顔をしていった。
 ぼふりとベッドへと倒れ込む。
既に母上達に子供の姿ではあるが、生きていると知らせてはいたが、やはり直接会ったときには母上に泣きつかれた。母上に二人して抱きしめられた時は嬉しかった。
 母はこうしてあなた方を抱きしめられるとは思っていませんでしたと涙ながらに語られ俺もアッシュも母上の抱擁を喜んで受け止めた。
俺のことも生きていて嬉しいと言ってくれたのだ。そしておかえりという言葉と共に父上にも抱きかかえられたのだった。
 父上と母上、それにアッシュと共に茶を飲みながら今までどうしていたのだとか、身体が何故幼くなったのかだとか、そういった話をしていた。結局俺たちはよく分からないとしか伝える事ができなかったことが残念だった。
 ベルケンドで一泊しても良かったのだがジェイドをせかして良かったと未だに残る母上の香りにそう思った。
 疲れてはいたが俺の気分は上々で今夜はなかなか眠れそうになさそうだ。
 ちらりとアッシュをのぞき見ると小難しそうな顔でジェイドの著書を読んでいる。
何だか凄く不思議な気分だ。嬉しいことが多すぎた。
まず俺が生きていたことだろう。それからアッシュも生きていて、皆に会えて、でもって母上と父上に抱きしめられて、屋敷のみんなにも深夜だっていうのに大歓迎された。
 指を一本一本折り曲げ数を数えていく。
 本当に今の俺は夢じゃないんだよなと思い頬をつねると確かな痛みを感じた。枕を抱きしめ、何とも言えないこの喜びを噛みしめた。

(それに今夜はアッシュと一緒に寝るのか)

 何をする訳でもないが初めての事にわくわくとしてしまう。
 部屋はルークの部屋を使いなさいと母上に言われ、アッシュが渋った顔をしていたがあのベッドは大きいですし、貴方の部屋でもあったのですから二人でお使いなさいと母上に言われればアッシュは分かりましたと言うしかなかったのだ。
 それでも、その場限りの返事だった。
 一緒に部屋を後にしたのだが、俺の部屋――っていうか”ルーク”のだけど――に向かわずに別の道へと逸れてしまう。
 おい、と話しかけると、アッシュが俺の言いたいことが分かっていたのだろう。
 レプリカと一緒に寝る気はないと返された。
 そりゃ、男同士だし、ベッドで二人で寝るのとか気分が良い物じゃないだろうけど一度位良いじゃないか。
僅かではあったが予想はしていた事だった。寂しいという気持ちが胸に溢れてくる。
 ならばと思い、床で寝るからと言っても、別の部屋へと行こうとする。
 アッシュがメイドを捕まえた。

「一部屋用意してくれ」

 ああ。これじゃあまずい! と俺がとっさに叫びをあげた。

「母上にいいつけてやる!」

 言ってから後悔した。これじゃあまるっきり子供じゃないか。
 けれどもそれで今ここに、俺とアッシュがいれるのだから言って良かったとも思うのだ。どうせ見た目は子供なんだし、別に構わないだろう。
 足をばたばたとばたつかせていると、アッシュがじろりと睨みをきかしてきた。
 悪い。と思い大人しくしようとしていたのだが、うずうずしてどうにも落ち着きがなくなってしまう。
 ソワソワとアッシュを伺うが相変わらずジェイドの本を読んでいるだけだ。
 気になり、身体を起こしてアッシュの見ているページをのぞき見る。

(全然わかんぬぇ、何じゃこりゃ?)

 感想以上で終わり。
 それなりに俺も音素について学んで来てはいたがこういう専門も専門みたいな内容だとお手上げだ。ましてや俺が学んだことは基礎的なことばかりで応用なんてとんでもない話なのだ。
 そろりとアッシュの顔を見ると邪魔だと言わんばかりの形相だ。

「何を読んでるんだ」
「完全同位体についてだ。バルフォア博士が第一人者だからな。本人が言わないだけで何か悪いことがあるかもしれん。色々と確認したいこともあったしな」

 ジェイドの聞き慣れない別の名前に眉根を寄せた。皮肉っているのか本気で尊敬をしてそう呼んでいるかのどちらかしかないわけだ。っていうか、これ皮肉だよな。
 嫌みっつーか、ジェイドが何か知って隠していたら殺す! みたいな?

「確認したいことって」

 一応会話のキャッチボールがなされた事に俺はちょっとばかり嬉しくなった。けれどもそれを表に出すとまたアッシュが不機嫌になったりしゃべったりしなくなるだろうから平静な様を装う。
 ここで会話を終わらせてたまるか、とある種の決意をし、会話に望む。
 アッシュと会話をする事は用件がない時にも話をする事があり得なかったのでこういった些細な事でも嬉しくなる。

「大爆発についてだ。一応の感覚はあったからな」

 一応の感覚って何だろう。俺の中にいるとかかなぁ。アッシュの話は分かりにくい。

「大爆発って奴が起こるとどうなるんだ?」
「被験者が死んだ時レプリカの肉体に被験者の記憶が入り込みレプリカの記憶と被験者の記憶を同時に持つんだよ」
「え……でも…」

 アッシュがいるっていうのは分かっていたけど、記憶とかそういった事が俺の中に流れてきていると感じてはいなかった。
 っていうか、そうしたら俺って記憶だけが残って消滅しちまうって事なんだよな。

「俺たちは別々だった。肉体って奴に俺の魂とお前が存在していたんだ。表立っていたのはお前だったみたいだがな」
「やっぱこうなったのってローレライのお陰なのかな」
「分からないが、こんな事できるのは奴しかいないだろう。それともお前が肉体なんて作り出せるというのか。細胞の復元まで律儀にやってのけるんだぜ。いくら超振動で第七音素を拡散収束できたとしてもただのレプリカの肉体を分けるだけに終わる。お前に細胞なんて生まれるはずがないんだよ」

 レプリカの癖に細胞があるとジェイドは言っていた。俺はそれを深く考えていなかったけれど、なんという事だろう。まさか、本当に

「お、俺……人間になったっていうのか」
「はん? お前はいつまでたっても俺の劣化レプリカだよ」

 鼻でアッシュが笑う。

「レプリカだろうと生きているんだ。心だって、ある」

 胸をどんと叩き、示し出そうとする。
 まさか、俺が人間に? そうだ。細胞があるという事は完全なレプリカじゃなくなったということじゃないか。
 物じゃなく人間になれた。
 いや、第七音素のみで構成されていたときも俺は物じゃなかった。俺という個は生きていたのだ。何かを考え、感情で動く事ができるのは物じゃない証拠じゃないか。

「屑が、それでお前が人にでもなったつもりか」
「そういうアッシュだってゾンビみたいなもんじゃないか!」
「なっ?!」
「そうだろう! 一回死んで、俺がいなかったら本当にあの世行きだったさ!」

 ばかばかばかばか。アッシュなんか嫌いだ!
 アッシュに馬乗りになり、髪の毛を引っ張れば、アッシュは俺の腕を掴みかかってきた。
 ベッドの上で暴れていた為に埃が舞うがそんなことはお構いなしだ。
 アッシュなんて俺の気持ちなんて分からない癖に、なんでそんなこと言うんだろう。
 悔しさや、悲しさで胸が詰まり、次第にボロボロと涙が零れてきた。
 そんな俺の姿をみてか、アッシュは寝ると言い放ち、布団を被った。

「俺だって!」

 広いベッドだったが端と端に寄って二人して布団に潜り込んだ。この隙間が空しい。
 くそくそくそ! そんな思いで一杯だった。どうあっても仲良くはできない俺たち。
 じっと、丸くなってアッシュなんか嫌いだ。と心の中で繰り返す。
 本当はもっと話したい。もっと触りたい。もっとアッシュとガイ達みたくなりたい。と思うのだ。けれども現実は全くの別物だ。
 もぞりと身体を逆転させアッシュの方を向くが背中しか見えない。
 寝たのかなぁと伺うが全く分からなかった。口論したのだって、正直どうでも良い事じゃないか。
 レプリカだろうと、人だろうと何も変わらないのだ。俺は俺で物だろうと人だろうと変わらない。なんかアッシュの言い方にかちーんってキたというか。つくづく心が狭い自身の馬鹿さ加減を罵る。
 手のひらを見つめれば大きさは変わったが以前の物と同じ形をしている。細胞があってもなくても、手は手だ。見た目なんか全然変わらない。
 俺は長くため息をついた。
 やっちまったとかそういった思いで一杯だ。
 何をそんなにムキになったのか。一緒に寝ようと思っていたのにわくわくとした気分も台無しになってしまった。
 明日こそ普通に会話できたらいいなと思い、瞼を閉じることにした。
 じくじくとした鈍い痛みが目に留まっていたが、それでも暫くすれば意識は沈んでいった。



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