流星が見られるそうだ。

 そんな噂が広まったのは十二月に入って間もない頃だった。流星、流れ星。ニュースでも新聞でも取り上げられていないその情報はまるで根拠もない噂に違いなく、真偽を問われた理科教師の皆さんの肩をすくめさせるだけでしかなかったが、それでも僕らに空を眺めさせる回数を格段に増やす出来事だった。

 噂の源はどこなのか。新聞部員の一年はそれを突き止めるべく聞き込みを行ったが、「だってみんな言ってるじゃん?」のみんなが誰なのかわからずに、新聞記事にも「噂の真偽は夜空を見上げればわかることだろう」なんて曖昧な一文が最後の数行を埋めて終わってしまった。それはそう、それはそうなんだけど。また僕らは真実を伝える新聞を書き上げることが出来なかった。
 廊下に貼り出した新聞を眺めながら、僕はその気持ちを溜息にしないように抑えている。そんな僕の肩を、日野先輩が軽く叩いた。コートと手袋越しに、ぽふん、と音を立てて励ましが届く。

「タイムリーな話題に食いついた、良い記事だと思うぜ。噂の出所がつかめなかったのは残念だがな。流星群が見られる時期でもないんだし、もしこれが本当だったら噂を流したやつはエスパーか何かだ」

 そうかも知れないと僕は苦笑した。確かにこの学校はなんでもありで色んな人がいるけれど、それにしても星を落とすエスパーまでは覚えがない。日野先輩のような記事を書くには、やはりたくさんの人脈を作って、取材をしていかなければならないんだろう。僕にはまだ知り合いも、知らない人に聞き込みにいくような度胸も全然足りない。九つのネタがダメになってもひとつのネタが記事になるくらいの、そんな意気込みが必要なんだろう。僕のように、ひとつのネタを必死で探してそれを形に出来ないで落ち込んでいるレベルでは話にならないに違いない。

「風間があいつ、星が好きだから聞いてみたんだが、いくら僕でも流星群を用意するには十七年かかるとか、よくわからないことを言ってたな」

 風間さんにまで聞き込みをしないといけないのか。顔に出ていたらしい。風間に言っておくぞ、と言われたけれど言われたところで、いや、面倒くさいことになりそうだ。やめて下さいと僕は両手を振った。

「そんな落ち込むなって。次も、頑張れよ。倉田にもそう言ってやれ」
「……倉田さんも、落ち込んでましたか?」

 この話題を最初に新聞部に持ち込んだのは倉田さんだった。同じく一年の新聞部員である彼女もまた、僕と同じように聞き込みを重ね、そしてこの記事を書いたのだ。責任感の強い彼女のことだ。これで印刷しましょう、そうは言ったものの、この記事には納得がいっていない、そんな気がしていた。僕の言葉に、日野先輩はにやりと口を歪めた。

「坂上ぃ、お前やっぱり落ち込んでたんだな?」
「なっ」
「お前ら本当に可愛い奴らだなぁ、おらおら」
「ちょ、先輩やめてくださいよ!」

 分厚い手袋に両耳をおさえられて、そのまま頭ごと左右に揺さぶられる。先輩の手を外そうとするけれど、体格差もあってか、こうもぐわぐわと頭を振られては、まっすぐに立っていようとそればかりに必死になってしまい、思うように手を剥がせない。せめて情けなく倒れてしまわぬよう足に力を入れながら、やめてくださいとわめく僕と、意地悪い瞳を楽しそうに細めながら笑う先輩。いつの間にか心のもやもやは溜息にせずとも出て行って、倉田さんのもやもやも取り除いてあげなければとそんなことを思い立たせてくれたのだった。やっぱり、先輩にはまだまだ叶わない。「ありがとうございます」とそう言うと変な顔をされてしまい、ああいえ違うんですと妙な言い訳をする僕もやっぱりまだまだだった。そんな中、手袋越しに「坂上君」と僕の名前を呼ぶ声が聞こえて、振り向こうとした僕はそのままバランスを崩して足を滑らせた。





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