流れ星が落ちたらしい。
 だから探しに行きましょうと彼女が言った。


 投げ渡された懐中電灯は結構な重さがあって、たぶんこの灯りは単一電池2本分。日野先輩と新聞の前でふざけあっていた僕の前に現れた倉田さんに連れられて、僕はいま学校の近くの森の中にいる。森の中、といってもここは住宅街に隣接している、通い慣れたポヘの散歩コースだ。しかし僕らは普段通る道を避け、木々の間、獣道を通っていく。僕の持つ懐中電灯が倉田さんの背中を、倉田さんの懐中電灯が、彼女の足下を照らし出していた。手で葉っぱをかき分けながら、足下で木の枝が踏み折られていく。

「倉田さん、どこまで行くの?」
「もう少し歩くと、拓けた場所に出るから。ここがショートカットなのよ、我慢して」

 振り返ることもない倉田さんに、頼もしさと不安を同時に感じた。赤を基調としたタータンチェックのマフラーが、緑と闇と交じっては、おいでおいでと僕を誘う。足下で、ぱきり、耳元で、ざわざわ。吐き出した息が白い。

「倉田さん、星が落ちたって、どういうこと?」
「これも噂だから。本当かどうかわからないけど。でも、そう聞いたのよ」

 倉田さんは言う。昨日、噂通りに流れ星が流れたのだと。そして、この森の奥、これから向かう場所に落ちたのだと。いまからそれを確かめに行くというわけで、流石倉田さんの行動力の速さに、僕の励ましなど必要なかったのだと関心しながらも一抹の不安。

「それ誰から聞いたの? 今日はもう日が落ちて暗いし、もしも本当に落ちていても見つけるのは大変なんじゃ」
「るさいわね。それでも行くのよっ! 誰かに先を越されちゃったら、もう見つからなくなっちゃうわよ」

 倉田さんの声はいつもよりも早口で大きくて、その声を聞いて初めて僕は、やっぱり悔しいと思っているのだと気づいた。記事が刷り上がって、廊下に貼り出されて、日野先輩に励まされて。それでおわってしまった僕の中の星に対する想いは、倉田さんの中ではまだ続いていて、倉田さんはまだ流れ星を追いかけ続けているのだ。探し求めているのだ。

 意味がないよ、もう終わったことだよ。

 そう言うのは簡単だった。けれど、僕がそう言ったところで彼女は星を探そうとするのだろう。そういう人だ。僕の好きになった人は、どんなことであれ、簡単に諦めたりするような人じゃない。慰めるとか励ますとか、僕が倉田さんにするべきことは、そうじゃないのだ。

 僕は倉田さんが、諦めない人だって知っている。頑張ろうとする人だって知っている。本当は寂しがり屋だけれど、たとえ一人でもそれをやり遂げようとする人だっていうことを知っている。だから、一緒にいよう。倉田さんがそれをやり遂げるまで。彼女の中で、ひとつの区切りがつくまで。

「星って、どんな形をしているんだろうね」
「……見たらわかるわよ、だって、宇宙からきたんだもの」

 確かに。きっと石といっても、地球の石とは違うはずだ。キラキラは、していないだろう。でもきっと、僕らの知っている石とは違うのだ。そうであることを願いたくなる。

「星って、何で出来てるんだっけ」
「水素とかガスじゃなかったかしら。それが爆発して光るのよ」
「恒星はね。空に浮かんで見えるのはそうだと思うけど、流れ星って、大気圏で燃えて光るわけだよね? 石っていうよりは金属に近いんじゃないかな」

 それだったら、僕らのような素人目にもわかるかも知れない。コンドライト、コンドルール、エイスタタント、いくつかの鉱物の名前を連ねると、倉田さんも続ける。アズライト、ラピスラズリ、ルーベライズ、うん、流星は願い事叶える石だから、もしかしたら案外そうなのかも知れない。何百年何千年地球の奥底で眠り続けていた石と、宇宙から降ってくる石。願い事を叶えてくれるのは、一体どっちだろうか。

 倉田さんは、流れ星を見つけたら何を願うの?
 聞いてみたくて、けれど聞けなかった。

 願い事を叶える為に探しているわけじゃないんだ。言うなれば、いま彼女の一番の願いは流れ星を見つけることなのだ。見つけて、記事にして。その為の今だ。倉田さんの背中が止まり、僕も足を止めた。倉田さんが一歩踏み出すと、そこは森が終わり、まっさらな草原が広がっていた。倉田さんの背中に付いた葉っぱをこっそりと払って、僕は空を見上げる。雲が暑く、月が隠れている。星は、数える程しか瞬いてはいなかった。流れ落ちて来る星は、見えない。

「死んだら星になるって言うけど、」

 白い息を空に吐き出しながら、倉田さんが呟いた。

「死んだら、流星と恒星、どっちになるのかしら」

 どっちか。ああ、そうか。僕はずっと恒星のイメージしかなかった。お空でずっと見守っている、という奴だ。光り輝いて、遠くで見守って。でも星はそれだけじゃない。種類がある。光り続ける恒星と。太陽の光を浴びて光る惑星。流れ星は宇宙の塵で、鉱物の塊だ。幼い頃に描いていた黄色い星のイメージとは、かけ離れているけれど。でも、

「……僕は流星がいいな」
「落ちて大気圏で燃えつきちゃうのよ。死んだあともそれで、いいの?」

 呆れたようにそう言う彼女は、けれど坂上君らしいと笑ってくれた。倉田さんは恒星の方が似合ってるけれどね。僕がそう言ったら縁起でもないと怒られた。そうなんだけど、いや、倉田さんがふった話じゃなかったっけ。

「さあ、探しましょう! ぜーったいに見つけてやるんだからっ!」

 星は、見つかるだろうか。ねえ倉田さん、お願いごとを言って。三度唱えてくれたのなら、僕が叶えてあげるから。そんな気障な言葉を考えて、けれど流石に口には出すことは出来ずにいる。だから僕は、手を土で汚しながら、あるかわからない星のかけらを探した。きっとこれが星だよ、さあ、願い事を言ってみて。星を差し出して、彼女にそう言えるように。あれ、あまりかわらないだろうか。かっこいいつもりで、かっこ悪いな。僕が自嘲気味に笑うと、倉田さんが真面目にやってと頬を膨らませた。

 ずっと下ばかり見ている僕らの頭上で、遠くの星が輝いている。もしかしてこうしている間に流れ星は落ちていき、誰かの願い事を叶えているのかも知れない。でも僕はそれを悔しいとは思わないし、残念だとも思わない。もう少し、倉田さんと一緒にいたいな。いつだってそう思っている僕の願い事は、今日こうして叶っているんだから。だから僕は倉田さんの願い事を叶えてあげたい。

 それとも、もうしばらくして見つからなかったら、倉田さんに嘘をついてみようか。あ、いま星が流れたよ、ねえ倉田さん、見た? そう言ってみようか。坂上君、名前を呼ばれて顔をあげると、倉田さんが顔を背けた。首を傾げていると、「ありがとう」と聞こえてきた。僕らが気づかない間に、星はたくさん流れているのかも知れなかった。「どういたしまして」とは言えなくて、「なんのこと?」と返してみたら、返事の代わりにポカポカと叩かれた。





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*2012年の恵美誕が双子流星群を見られる日だと聞いて。

*悩んだ末今年誕生日要素はいっておりません、が、ぐぬぬ


*恵美ちゃんお誕生日おめでとう!!


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