▼ 11/10/04 (01:36)

 誰だって、自分が主役だと思っている。そうだろう。

 自分は特別で、憧れの主人公達と同列だと信じて疑わなかった。人とは違う力が、才能が、能力が。それをもって輝かしい未来が続いているはずだと信じてやまなかった。テストで100点がとれなくても跳び箱が跳べなくても何を忘れて来ても、両手を伸ばせば空だって飛べるはずだった。羽がとれて、ようやく子供は人間になるのだろう。大人ではなく、人間に。

 周りのみんながつまらない人間になってしまったと気づいたのはいつのことだっただろうか。気がつけば、みんな人間になっていた。主役を放棄していた。物語の蚊帳の外だった。
 勿論、私だって理解しているのだ。そういう意味では、私にも天使の羽はもう生えてはいないのだろう。マンガやアニメの主人公達と、私たちとでは生きる世界が違いすぎる。特別な能力もなければある日いきなり正義のミカタが現れたり、空から誰かが降ってくることもない。

 けれど、と思う。
 あきらめきれない。いや、あきらめてはいけないのだ。
 別に私はアニメのような世界にいきたいわけじゃない。そうなったら、まあ、楽しいだろうなとは思うけれど、それを望むことはただの現実逃避とおんなじだ。

――私は、ただ、誰よりも特別でいたかった。

 いってしまえば、ずっとずっと、誰よりも最強の主人公のままでいたかった。

 だから私はペンをとったのだ。ペンは、剣よりも強いから。剣が失われてしまったこの世界では、ペンに勝る武器など存在しないのだと知ったから。

 さかさかと、物語を紡ぐ、いつかの夢を追いかける、読み手を引き込む、現実から引き離す、思想、主張、妄想、願望、文字から顔をあげ再び戻る現実を欺くような幻想、

「これ、全部実話なの」

 私の文章で、確かに世界がほんの少しだけ、歪むのを見た。
 世界が歪む、私が描いた架空の物語で、現実の世界が少しだけ姿をかえる。背筋が震えたのは、間違いなく歓喜だった。

 剣をふるうように、私はペンを動かし続けた。ひとり、ふたり、剣でなぎ倒すようにノートをめくっては文字で埋めていく。世界を創造する。それは現実の私のいる世界でも、読み手に跳ね返って今までの世界と少しだけかたちをかえる。

 文芸部ではなく新聞部を選んだ理由は、「真実と思わせる文章」を書く部活だからだった。部長は、自分たちのことをジャーナリストと自称する。そう、新聞とは本来真実が書かれたものだ。真実をみんなに伝える。情報をみんなで共有する。その為の瓦版。けれど、実際はそうじゃない。思い込みもある、間違いもある。逆に真実の書かれた新聞の次の号で、「前回の記事は間違いでした」と書けば、今度はそれを信じるだろう。新聞には絶対の真実が書かれているという信頼感、固定観念。新聞の書き方がわかれば、真実の伝え方を学ぶことが出来るだろう。私はそう思ったのだった。より真実のような物語を。現実世界に浸食する物語を。それが描くことが出来たらきっと、私はそう、憧れた主人公よりも、もっと上の存在になれるんだ――

「坂上!」

 書きかけの原稿から顔をあげる。サカガミ、誰だっけ。先輩の名前だったら早く覚えなくちゃ。坂上と書いてサカガミかな。そう思って声の方に首を動かした。声の主は知っている。三年生の日野先輩だ。

「は、はい!」

 返事をして立ち上がったのは背の低い男子生徒だった。怯えたようなびくびくとしたそぶりで、日野先輩の方へと歩いてく。制服の肩章が、一本だった。一本。一年生。私と同い年。

「昨日提出した原稿だがな」
「え、ええと……、何かおかしなところありましたか?」

 日野先輩は、新聞部の中心人物だ。取材に出回ってあまり部室に留まらない部長に代わり、いつも私達後輩の面倒を見てくれている。しかし教育担当というわけではなくて、彼自身でも独自に取材を行っているし企画の会議の場でも司会進行提案のほとんどが彼だ。実質、日野先輩が部長といっても良いような存在だ。その先輩が、名前を呼んで個別に原稿の指導をしているだなんて、一体何者だろう。私を含め、新入部員は大勢いる。坂上の名前を私が覚えていなかったように、お互いの名前を先輩も後輩もまだ覚えきってはいないのだ。私はまだ、日野先輩に名前を覚えてもらうことで、必死でいるというのに。

「ったく何やってるんだよお前は。新しい原稿用紙あるから、もう一回書いてこい」
「す、すみません……」

 全然ノーマークでアウトオブ眼中だった彼は、見てみると実に冴えない男だった。背も低いし、自信なさげにおどおどしていて、人の顔色を伺っていて、人の良さそうな「人畜無害」のアピールでしかない笑顔で自分を守っているような奴。坂上が席に戻ったあと、私も日野先輩の元へいき、自分から文章の相談を先輩に求めた。先輩が私の文章を読んでいる間、先輩の手元にある坂上の文章を読んだ。頭を殴られたような気がした。小学生のような文章だった。なんだろう、これは。

「……うん。倉田は坂上と違って文章力があるな。でもこれじゃ小説だ。新聞なんだから、余計な装飾はせずに、もっと簡潔に、必要なことだけを書くように……」

 先輩に褒められた、けれどそれ以上に殴られたような感覚で、頭がくらくらする。
 席に戻ろうとした時、顔をあげていた坂上と目があった。微笑まれた。息が止まりそうになる。あんな、へたくそな文書いてるくせに。だから私も、にっこりと笑って席についた。座ったと同時に、ふぅ、と息をつく。先輩が赤線を引いてくれた原稿用紙を机に置く。まばたきをすると何故か少し視界が歪んで、赤い線がいじわるに原稿用紙を赤く染めた。

 かりかりと、周囲でペンを走らせる音がする。ペン、握らなきゃ。書かないと。私はゆっくりとお気に入りのシャープペンシルを握りしめた。かちり、かちり、とノックをして芯を出す。坂上、なんていうんだろう、とぼんやり思った。


天/使/の/羽/の/マ/ー/チ/という小学生の頃に学校で習った歌がちょっとモチーフです。

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