Under the Score
彼が老衰で亡くなってから、早15年。
この世界から音が消えて、15年。
水底に沈んだように静かになった屋敷で、僕はただ一人。磨耗した部品を取り替えるためにぱちりと表層部分を外せば、僅かに機械油が漏れていた。毎日メンテナンスをしてくれる人は、もういない。それを毎日のように思っている。すっかり真っ黒になったタオルで機械油をふき取り、緩んだパーツを絞め直す。ネジが磨り減っていたものは取替えた。 自己管理が終わったら、次は屋敷の掃除。 70年近く、僕はこの屋敷の主と親密な関係を築いてきた。同じ屋敷に住まうようになるくらいに。軍部の仕事で忙しい主の代わりに、家で僕ができることは全て行った。今日も、あの時と同じ。まずは埃を落として、床を払って、庭の雑草を抜いて、花壇を整えて。咲き誇る花の何本かを頂戴して、彼の墓に供える。血の様な目をした彼によく似合う、真紅の花。
一度覚えたことを忘れることが出来ない僕は、あなたを永遠に忘れられませんが、天上にいる貴方はどうか、僕のことなど忘れて。そして、現世の呪縛から放たれて、幸せに、安らかに。
今日も、彼を中心にした一日が終わる。 二つ並んだシングルベッド。その右側に静かに身を横たえ、また訪れるであろう明日に、祈りを。
どうか、僕たちの罪をお許しください。
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