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 其れは在る夜の



澄んだ夜風が吹いていた。愛おしく撫でるように静かに、されど意思のこもったように力強く。
さて。
命が終わるのは、いつも突然だ。それは長久の命をもってして生まれた天族も、例外ではない。この夜風にも、暖かな焔にも、流麗な水源にも、荘厳なる山にも、かつては命があったのだろう、と。生き物は死ぬ、だが僕はどうなのだろうか。有機物が存在する限り生を許されている僕は、いつまで生きていたらいいのだろうか。愛するものはいつか死に、そしてまた独りになる。だから愛することが怖かった、誰かに置いていかれてしまう事を恐れて。
そんなことを思いながら僕は夜の街を歩く。人の子が全て眠りについてしまったような、静寂。その中で、展望台に一人立つライラの背中を見つける。月光に煌き透き通るような彼女の髪が夜風に揺れて、毛先の仄かに赤い箇所が火の粉のようにちらついた。その背はか細く、普段よりずっと、ずっと頼りなく見えて。

「ライラ」

気付けばその背を抱きしめていた。暖かな彼女の体温が、じわりと伝わってくる。急に触れたものだから驚いたのだろう、一瞬肩が小さく揺れた。

「それは折り紙……ですか?」

おなまえさん、と僕の名を呼ぶ彼女の手元には、尾の長く伸びた鳥を模した折り紙。邪魔してしまったか、と後悔するが、彼女はそのまま手のひらに折り紙を乗せて、僅かに顔をこちらに向けた。

「はい。落ち着くんです、こうして折り紙をしていると」

擦れ合う頬に、身体を通して伝わる声。微かにそれは震えているような、堪えているような。まるで今にも消えてしまいそうにか細いその声に思わず不安を覚え、彼女は現実に目の前にいるのに、思わず抱きしめたままの腕に力が入る。

「お願いです」

僕が紡いだ声は、想像以上に小さかった。

「どうか貴女まで、僕を置いていかないでください」

無理なお願いだというのは分かっている。彼女もまた有限の時を生きる者なのだ。
それでも僕は、毎度のように誰かに恋をする。誰かを失うと、その空虚に耐えられなくなる。穴埋めではないといっても、誰も信じてはくれないだろう。衝動的に紡いだ言葉に申し訳なくなり、思わずライラの背中に顔を押し付ける。すみません。そう言おうとしたが、彼女の言葉に遮られた。

「……私の寿命など知れていますわ」

ですが、と続けながら彼女は僕の腕から抜け出して、ふわりとターンする。そして、背中に回る細い腕。

「その時までおなまえさんの傍で在りたい。いつかあなたの傍を離れてしまう時、寂しくないように」

そう言うと、こつんとライラは額をあわせてきた。悪戯っぽく笑んだその瞳が、嗚呼、愛おしい。

常しなえに続かなくてもいい。この幸せを守ることが出来ればいい。誰かを愛す度にそう思って、守りきって終わってきた。その時間がもう続かなくなったとしても、忘れられない記憶として残るのなら。僕が無限にも近い時間を生きるように設計された、その意図と違っていても。誰かを愛し愛されることを、この世界でも許されるのだろうか。

ならば、僕に、一つだけ勇気をください。

一迅の風が吹き抜ける月夜の晩。
二人の影が、初めて重なった。





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