■ 3(end)


この風変わりな宿では、専用の服があるらしい。
当然ながら着用方法などさっぱりわからないメレオロンにそれを説明してくれたのは、年配の男性従業員だった。
「じゃあゲンさん、後はお願いしますねー。私は一風呂堪能してきますのでー」
薄情な言葉を残して立ち去ったなまえの代わりに、服の着方だけでなく風呂の入り方などについても丁寧な解説を受け、ようやくここの売りが「温泉」であることを知った。


  ***


「あー……いい湯だったー……」
温泉という現象を意外とすんなり受けれ入られたということは、前のオレも入ったことがあったんだろうな。
ゲンさんに勧められた甘いドリンク瓶をしっかりと握りながら、メレオロンは部屋へと続く廊下を歩いていた。
普段とは異なる水質の湯に、入ったこともない大きな風呂。しかも、屋外にこしらえてある風呂だ。常ならば、きっと心の準備に時間がかかっただろう。
今回もそれなりに警戒心が騒がないこともなかったが、それでも僅かなものだったし、その上入ってしまえばその心地よさにすっかり夢中になった。

ほかほかのカメレオン(しかも浴衣)という不思議な出で立ちで部屋に戻ると、一足先に戻り寛いでいたなまえの姿が目に入る。
「おいお前、さすがに少しは説明してけよな?」
ここがどこだとか、何をしに来ただとか、何をすればいいのだとか。
そうぼやくメレオロンへゆっくり顔を向けたなまえは、けれどもメレオロンの望んだ反応とは全く違う行動を起こした。

「やーん! メレオロンすっごく格好いい!」

キラキラした瞳と声に虚をつかれて、自分の訴えが黙殺されたことに瞬時には気付けなかった。
何か言葉を発する間も無く腕を取られ、そのまま畳の上に座らされたかと思うと、やわらかい身体が被さってくる。
「あーもう、絶対浴衣も似合うだろうと思ってたけど、まさかここまで似合うなんて! ゲンさんナイス!」
うっとりとした様子で息を吐いたなまえは、そう言ってメレオロンの浴衣の胸に頬を摺り寄せてくる。
「おいおい、わけわかんねーぞ。だいたい、お前だって着てるだろうが」
呆れた口調と視線を返すつもりで顔を動かしたメレオロンは、けれどもぴたりと硬直した。

緩くまとめられた髪と覗くうなじに、いつもよりドキリとしてしまうのは、その下に見える服のせいだろうか。
普段のなまえが選ぶものとはまったく違う形の服は、確かにこの上なくこの空間に合っている。だが、それだけではない。
少し目を動かしただけで、無防備な胸元やはだけた裾から覗く柔らかそうな足が確認できてしまい、メレオロンの心拍数は上がる。
おまけに、風呂上りのためかいつもよりもきっと数段は熱いだろうその肌の熱が、薄い布越しのため更によくわかってしまう。

生唾をごくりと飲み込む瞬間、理性が崩れる音を聞いたような気がした。



(2014.10.25)



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