20141025


「ねえちょっと……コレ、起きても残ってたんだけど」


  ***


「ああ? そりゃあ、お前。わざわざ、残るように付けてやってんだ。当たり前だろうが」

鎖骨辺りに付いた鬱血の痕を指差して言えば、何を今更と笑う淫魔。その反応に私の頬はひくりと引き攣る。
そう。こいつの言う通り、痕を残されるなんて「今更」なことではあるのだ。だからこそ、私は気が付かなかった。
当たり前に残される首の赤色に、洗面台に立つ度に溜息を吐くのは常の事で……つまり、私の思考は情けない事にそこですっかり止まっていたのだ。

「……じゃなくてね。ここは夢なんでしょう? どうして夢のキスマークが現実の身体に付くのかってことが、そもそも問題で」
「だから、淫魔の俺様にかかりゃ、そんなん容易いんだって。いい加減に諦めろっての」

不愉快そうに舌打ちする淫魔は、けれどもやっぱり私の言いたい事を理解してはいない。

「そうじゃなくって! ……あ、えっと……その、ね。夢だから、現実の身体とは関係ない、って思っていた所がね……」
「なんだよ。言いたい事があるなら、さっさと言え。うじうじ鬱陶しくして俺の気を引こうとしているだけなら、その口塞いでさっさと犯してやるが」
「じゃなくって! だから、その……散々付けずにやってるけど、大丈夫なのかなって……気になって……」

ついに、言ってしまった。
さすがに、ごにょごにょと尻窄みになるのは仕方がない。
言いにくいとか羞恥心とかそういうのもあるけれど、何より、私の不安を肯定されてしまうことが、怖くて堪らないのだ。
淫魔が見せる夢の中での出来事。その説明にすっかり油断していた私は、毎回何回も何回も何回も、ドSさんが満足するまで抱かれてきた。
それこそ、何の対処もしていないし、仮にしていても……人間同士の性交を前提に用意されている手段が、果たして魔物に通用するのかとか。
そして、もしも受精してしまったら……一体、私の中で育つ事になるのは一体「何」なのかとか。
今日の夕飯時、たまたまつけたテレビに映っていたのは「そういう」描写のあるクリーチャー系映画で……私の目は釘付けになった。
勿論、その映画も、食事もちっとも楽しめなかった。異形を宿して悶え苦しみながら「産む」女の姿に吐きそうになりながら、それでも目だけは離せずに震えていた。

「……ああ。そういやぁ、そうか。教えてやった覚えはないんだから、お前も知らないに決まっているよな」

そうかそうかと勝手に納得してしまった淫魔は、私の顔を覗き込んで静かに口元を引き上げた。

「つまりアレか。お前は、俺のザーメンで孕むんじゃねえかって不安なわけだ」
「……ねえ、もうちょっと、言い方ってものが」
「そうだよなぁ。一回でも孕む可能性としては充分だってのに、毎回ここから溢れるまで出されてるんだもんなぁ」

にたり、と。いつのまにか酷く嗜虐的な表情を浮かべている淫魔が、ゆっくりと近づいてくる。

「え……あの……?」
「お前の想像は結構イイ線いってるぜ? 俺たち淫魔のザーメンは、人間の雄の貧弱な精子の集まりなんかとはモノが違うからな」

まさか、と最悪の予感に足が震え始める。
必死で押さえていた不安が膨れ上がって、今にも弾けそうになるのがわかる。
得体の知れない、人ではない何か。それが、私の子宮に宿る。
あの映画の哀れな女性のイメージが、凄まじいリアリティでもって襲いかかってくる。
どう考えてもお先真っ暗だ。誰にも相談出来ないし、病院にだって行けない。身体だってどう変化するか全く分からない。
そもそも「出産」まで漕ぎ着けられるのかも不明だし、だいたい生きていられるのかも謎だ。

「安心しろよ。ガキでも、淫魔は淫魔だ。『産みの苦しみ』なんて存在しないし、快感だけしか与えない」
「……快感?」
「ああ。体内で程よく育ったら、後は母体に夢を見せて……たっぷり食らってこの世界に生まれ落ちるのさ。もっとも、ガキは貪欲だ。大概食らい尽くしてしまうがな」

食らい尽くす、という表現が一体どんな状況を指すのか。
聞いた覚えはない筈なのに、今の私には想像がついてしまった。

「……死にたく、ない」

がたがたと震えながら呟く私に、淫魔の手が伸びてくる。
ドSさんの姿は、私の理想の集大成の筈なのに、その表情だけは私の理想とはかけ離れている。
いたぶることが心底楽しいのだというような顔をして、淫魔はそっと私の耳に息を吹きかけた。

「……なーんてな」


…………はい?

思わずぽかんと淫魔の顔を見つめた私に返されたのは……ベッドに身を投げ出して腹を抱えて笑い出すというあんまりな反応を見せつけるドSさんの姿だった。

「ちょっと待って。え、まさか、全部嘘ってこと?」
「当たり前だろうが。肌を傷つけるのと、ガキが出来るのとは、全く別のメカニズムだろう?」

予想外の展開が連続し過ぎて、思考が追いつかない。
きっと私の胃には今日だけで小さい穴が開いただろう。当然、この淫魔によるストレスでだ。

「俺たちは、そういう生殖方法は持たないんでな。アレは要は精気の循環っつーか……まあ、人間を孕ませるモンじゃねぇよ」

もう、声も出せない。
ろくに働かない頭で見つめるのが精一杯な私の頬を、淫魔がぺちりぺちりと叩いて笑う。

「怯える姿もなかなかよかったが……生憎俺は、いつもの素直に溺れるお前の方を食いたい気分なんだ」

さあ、お喋りの時間は終わりだ。
散々私を翻弄してくれた淫魔は、そう言うと私の腕を引いてベッドに押し倒してしまう。
そして、淫魔の手と舌は迷いなく動き始めた。

先ほどの言葉通りに……私を溺れさせるために……。



  


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