久々に本部に足を踏み入れると、無意識にほうと息をついていた。
あまり自覚はないが、やはり宿や旅先とは違った感覚があり、我が家に帰ってきた気がするのだ。
不思議なものだ。実質過ごした年月はさほど長くないというのに。
今や本来の『家』の記憶も思い返すことはなくなっていた。良くも悪くも順応してきたらしかった。
オークは、到着するなり完成したばかりの報告書をむしり取り自室に戻った。「後で確認に伺いますから、部屋にいて下さいね!」という捨て台詞を残して。
生真面目な性格なので、提出する前に目を通しておかなければ気が済まないようだ。
勝手に誤字や文面も直してくれるので、特に不満はない。むしろ自分より字は綺麗だし英文にまとめることも上手いのだから、むしろ有り難いと思っていた。
(……ま、これから『始まる』らしいからな……)
昨夜見た夢を思い出し、目を閉じる。
夢が現実になるのは、感慨深く、何度遭っても慣れることはない。
実際は夢が現実になるのではなく、元々知り得ていた知識を夢が補っているのだが。
どうあっても忘れられなく、出来ているらしかった。
(あぁ……時系列的には、既に始まっているのだったか)
フム。と扇で口元を隠すようにしながら(いつの間にか考える時の癖になっていた)歩いていると、前方の人影と目が合った。
あ、っと言う間に駆け寄ってきたリナリーは、同性のルイでさえつい見とれる程可愛らしく破顔した。
「ルイ!おかえりなさい!」
「ただいま。また髪伸びたね、リナリー」
「ルイこそ、また切っちゃったのね。伸ばしたらって言ってるのに……」
「短いの楽なんだよ。あー、帰ってくるとぐだぐだしたくなるわね……寝たいわぁ」
「うーん、そうさせてあげたいのは山々なんだけどね……兄さんが、」
「『早くルイちゃん帰って来ないかなー来ないかなー来るまで自主休憩コーヒータイム★』とか言って仕事放棄して話になんねーから早く顔出してくれルイぃぃぃい!!!」
「リーバー班長……」
「あぁもうホント…そう来ると思ったよ…」
相変わらずだなコムイ……
いやそうでなくちゃこの後の話何もかもがおかしくなっていくから、仕方ないんだけれど。
引きずってでも連れて行く!という剣幕の班長を諫めたリナリーが、代わりに先行する形で司令室へ向かう。
案内がなくては迷う訳では勿論ないのだが、同行するのは単に久々の雑談を楽しむためだった。
「せっかくなら、もう少し早く帰ってくれば良かったのに」
「どうして?」
「新しいエクソシストが入ったの。アレンくんて言うんだけどね、入れ違いになっちゃった。昨日、神田と任務に出たわ」
「そうなんだ」
よく知っている、とも言えず当たり障り無い返事をする。
新しく入った仲間のことを嬉しげに語る、話の腰を折るような無粋な真似は控えるべきだ。
昨日発ったということは、既にマテールでの戦いは終わりを迎えているはずだった。リナリーの笑顔に陰りがないということは、まだ詳細は知らされていないらしい。
アレンが入団しにやってきた時といい。知っていながら、自分が立ち会うことはない。間近で見てみたかったと残念に思わなくもないが、介入してはいけないのだと感じている。
内心で、ほっとしていた。
物語が滞りなく、動き出していることに。
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