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「可愛さで腹いっぱいです」



 あまり頻繁に誘うのはどうかと思うが、期間があきすぎると「今更何?」と思われるかもしれない。二度目のデートに誘うタイミングってのは、初デートの時よりも難易度が上がる気がする。
 本当だったら、毎週、いや、毎日でもなまえちゃんとデートしたい。デートは無理でも、ちょっと会うとか、電話で話すとか、そういうことをしたいと思う。が、それはきちんとした恋人関係になってからでなければ許されないことであって、今そこまで執着したらドン引きされるのは必至だ。既に色々と落ちているであろう株を、これ以上落とすわけには行かない。
 悩みに悩んで、二週間という期間を空けて送ったメッセージ。軽いノリのデートのお誘い。それに対して、まさか「それはデートのお誘い?」と確認されるとは思わなかったが、デートじゃなかったら何なんだ、という気持ちは否めなかった。
 俺は感情的になると、何も考えずに行動してしまうところがある。そのせいで、メッセージもやや強めの口調で送ってしまって後悔したが、すぐに取り繕ったお陰か、デートの約束は無事に取り付けることができた。危ない危ない。ちょっと油断するとなまえちゃんへの大きすぎる気持ちが爆発して暴走してしまうから気を付けなければ。
 そう思っていたのに、デート序盤で、俺はやらかしてしまった。

 生憎の雨。色とりどりの傘が行き交う待ち合わせ場所でなまえちゃんを探してきょろきょろしていた俺は、ふと可愛らしい模様の傘に目が留まった。
 なまえちゃん、こういうの好きそう。ていうか、似合いそう。まだなまえちゃんのことなんてほとんど知らないくせにそう思っていたら、その傘の持ち主がなまえちゃんだった、なんて。そんなの、ある意味奇跡みたいなもんじゃないかと勝手に舞い上がった。
 そのテンションのまま声をかけ、思っていたことを素直に伝えてしまった俺は、発言の後に「しまった」と心の中で頭を抱えた。こういうこと、口にして言っちゃダメなんだった、と。絶対「何言ってんの?」って思われるのがオチなんだから。
 なまえちゃんは優しいから何もつっこんでこなかったが、心の中では何を思っているか分からない。落ち着け俺。あくまでも冷静に。できるだけカッコいい余裕のある男でいなければ。そんな考え事をしながら歩いていたばっかりに、今度はなまえちゃんを置き去りにして一人で歩いて行ってしまうという痛恨のミスを犯した。本当に俺はアホである。

「はぐれちゃうから、手……」

 他意はなかった。本当だ。本当に、この雨の中ではぐれちゃいけないからって、ただそれだけで手を差し伸べようとした俺は、なまえちゃんの戸惑いをたっぷり含んだ瞳に気付いて慌てて手を引っ込めた。
 そうか。俺達はこういうことができる関係じゃないんだ。その事実をまざまざと見せつけられたような気がして、胸がキリキリと痛んだ。
 しかし、ここでヘコんだ様子を見せている場合ではない。前回の二の舞になることだけはどうしても避けたくて、俺は苦し紛れに「俺のどっか掴んでて」と言うことで沈みかけた空気を取り繕った。するとどうだろう。なまえちゃんは控え目に俺のティーシャツの裾を引っ張りながら「ここでもいい?」なんて上目遣いで確認してきたではないか。
 いいも悪いも、めちゃくちゃいいとしか言いようがない。辛うじて「いーよ」と返事をすることはできたが、暫くなまえちゃんの顔は見れそうになかった。
 いや、だってさ、その顔はだめじゃん。可愛すぎるじゃん。俺、すげー紳士的に頑張るつもりなのに、そういうことされると手出したくなっちゃうじゃん。頼むから俺のなけなしの理性をこれ以上ぐらぐら揺らしてこないでください。お願いします。
 俺は密かに心の中でそんなことを願っていた。自分の理性のなさをこれほど恨んだことはない。ちょっと離れるだけで、つん、と引っ張られるティーシャツ。引っ張られる度になまえちゃんがいることを感じられるからって、わざと足を早めたりしたのは悪いと思ってる。けど、それぐらいは許してほしい。

「手濡れちゃったね」
「ハンカチで拭けばいいから大丈夫」
「腹へってる? 飯食おっか。何がいい?」

 先ほどの上目遣いを思い出して、いまだにまともになまえちゃんの顔を見ることができない俺は、やや早口でそんなことを言いながら、ショッピングモール内のレストラン街の方へと視線を向ける。フードコートもあるが、一応デートだし、できたらきちんとしたお店っぽいところに入った方が良いんじゃないかと思ったのだ。
 前回と違ってお店をリサーチしてきていない俺は、この流れでなまえちゃんの好きな食べ物は何か聞き出せないだろうかと思考を巡らせる。

「電気くんの好きなもの」
「へ?」
「電気くんの好きな食べ物、何?」
「……ハンバーガー」
「じゃあハンバーガー食べに行こ」

 そう言って笑顔を見せるなまえちゃんは天使じゃないかと思った。ほんと、冗談抜きで。だって俺の好きなもの食べに行こって、そんなこと彼氏でもない男に笑顔で言っちゃう? 勘違いするっしょ。男なら。いや、でも待てよ。今みたいなこと俺以外の男にもしてんだとしたらすっげー嫌なんですけど。
 嬉しい反面、非常に複雑な心境に陥り始めた俺をよそに「電気くん?」と声をかけてくるなまえちゃんは相変わらず可愛い。きょとん顔も可愛い。やばい。俺のなまえちゃんに対する好感度が増しすぎて頭がおかしくなってきている。俺はどうにかこうにか平静を装いながら、ハンバーガーショップを目指した。



「今更なんだけど、なまえちゃんはハンバーガーで良かったの?」
「うん。ハンバーガー好きだし」
「一番の好物ってわけでもないでしょ」
「どっちかと言うとハンバーガーよりポテトの方が好きかもしれないけど」
「ほらぁ……」
「いいのいいの。電気くんの好きなもの知れたし」

 本日舞い上がりまくりな俺は、その言葉に妙な期待をしてしまう。俺の好きなもの知れて良かったって、それって俺のこと知ろうとしてくれてるってこと? 俺に興味持ってくれてるってこと? やばい。顔ニヤけそう。
 お互いハンバーガーとポテトのセットを注文して店内の二人掛けの席に腰かけた俺達は、なかなかいい感じで会話を続けることができていた。はむはむとハンバーガーにかじりつくなまえちゃんは、ちょっと小動物っぽい。つまり可愛い。俺、今日「可愛い」って単語使いすぎじゃね?

「なまえちゃんの好きなものは?」
「え? うーん…なんだろう。大体なんでも食べるし、これといって好きなものはないかも…」
「ふーん……」
「ポテトは好きだよ。あとさつまいもとか」
「芋ばっかじゃん」
「うん。好き」

 好き。いや、分かってる。これは自分の好物に対する「好き」だ。理解してる。そこまでアホじゃない。しかし、自分が好きだと思っている女の子の口から飛び出した「好き」の単語に反応しない男はいないんじゃないだろうか。
 それまでぱくぱくとポテトを口の中に放り込んでいた俺の手が止まったのを不思議に思ったのか「どうかした?」と尋ねてくるなまえちゃんに不審がられないよう「なんでもない」と笑顔を返す。続けて「この後どうしよっかなーと思って」と言ったことで、それについて悩んでいたのか、と思わせる作戦に成功して良かった。

「映画でも観よっか」
「いいね」
「なんか観たいのある?」
「えっとね、最近公開になったばっかりの話題作…面白そうだなーって思ったのがあって…」
「じゃあそれにしよ」
「いいの? 電気くんが観たいのは?」
「昼飯にハンバーガー選ばせてくれたから、今度はなまえちゃんが選ぶ番」

 そんな上手いこと(それほど上手くないかもしれないが)を言って、最後のポテトを口の中に放り込んでジュースを飲み干した俺は、まだもう少しポテトが残っているなまえちゃんの食事風景を眺める。暫くはもぐもぐとポテトを咀嚼し続けていたなまえちゃんだったが、一分経つか経たないかのうちに俺の視線に気付いたらしい。「そんなに見ないで」とポテトを口に突っ込まれてしまった。
 だって、好きな女の子ならどんな姿でも見ていたいなって思うじゃん。もぐもぐ。口の中に入れられたポテトを咀嚼しながら視線を宙に彷徨わせて思う。俺、この後絶対映画じゃなくてなまえちゃんのことばっかり見ちゃってんだろうな。


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