ひより | ナノ

――オレの時間を君に使う為にオレはここにいるんだけど?

その言葉に甘えて、カカシさんをいろんな店へと連れ回した。可愛らしい小物が置いてある雑貨屋さんから珍しい物を取り揃えた日用品店、老舗のお団子屋さん、生鮮市場。里にも似たようなお店はあるけど、中には見たことがない物もあっておつかいで来たことも忘れて夢中になって店を巡った。怪しげなお店や裏路地に入りそうになると、カカシさんがそれとなく誘導してくれるお陰で、アクセサリー店のような危ない目にはあっていない。カカシさんが隣にいてくれるだけで安心して街を歩けた。

ぶらぶらしているうちにお腹が空いてきたので、味噌屋へ行く前に先に昼食をとることになった。
良さそうなお店がないか周囲を見回しながら歩いていると、とある定食屋さんの看板が目に入った。お店の前に出ているお品書きに目を通してみると定番のものから旬の食材を使った物まであり、なかなか良さそうなお店だ。

「ここにする?」

横から覗き込むカカシさんに訊かれ、私は一つ頷いた。



店内に入って二人だと告げると、四人がけのゆったりとした席に通された。カカシさんと向かい合うようにして座る。思わず「ふう……」と声を漏らすとカカシさんにクスクスと笑われてしまった。……恥ずかしい。

「たくさん歩き回って疲れたでしょ」
「はい。でもたくさん回れて満足です」

この街に来るまでの間に疲れていたけど、着いてからは興奮して疲れなんて吹っ飛んでいた。でも流石に体は休息を求めているらしい。この後は重たい味噌を持って帰らなきゃいけないから今のうちに少しでも体力を回復させておかないと。

気が遠くなる帰りの事を考えながら店員さんがテーブルの隅に置いていったおしぼりとお茶をカカシさんにも配ってお品書きを開いてカカシさんに差し出すと、カカシさんの表情が、布越しでも和らぐのがわかった。

「何かおかしかったですか?」
「いや……ひよりちゃんだなあと思って」
「……?私は私ですよ?」

カカシさんの声はとても優しくて、でもその意味がわからなくて首を傾げると、カカシさんは「あ、秋刀魚の塩焼きがあるね」とお品書きに注意を逸らした。カカシさんの意識はすっかりお品書きに向いてしまっている。こうはぐらかされてしまえばカカシさんが口を割らないのは承知済みなので、私は早急に諦めて何を食べようか思考を切り替えた。

悩んだ末、私もカカシさんと同じ秋刀魚の塩焼きを注文した。一息ついてぐるりと見渡した店内は、静かで落ち着いた雰囲気が漂っていて、まるで別世界のよう。至る所に職人さんの拘りを感じさせる陶器の器や花瓶に植物が飾られている。同じ定食屋なのにうちの店とは全然違ったお洒落な雰囲気に、なんだか落ち着かない。

「何か気になる?」
「いえ……そういうわけではないんですけど、他のお店にくると内装とか接客とか参考になることはないかつい見てしまいまして」
「同業だと気になるよね。何か参考になりそうなことはあった?」
「うーん、うちがお洒落な雰囲気になったらウミさんやヤマさん……常連さんは落ち着かなさそうで、とても真似できません」

この店の雰囲気は素敵だけど、私の思う『日和』の在り方――お客さんがほっと一息つけて安らげるような場所――とは少し違う気がした。

「『日和』は今の雰囲気のままでいいんじゃない?」
「そうでしょうか?」
「うん。親父さんの美味しい料理とひよりちゃんの笑顔が溢れる今の『日和』が、オレは好きだな」

カカシさんにそんな風に言ってもらえて嬉しいけど、少し照れくさい。

私はこの仕事が好きだ。美味しそうに食べているお客さんの笑顔は見ているだけでこっちまで幸せになれるし、「ご馳走様」と言われると嬉しくなる。私はお客さんが笑顔になれる手助けをしているにすぎないけど、大切なあの店を今のままでいいと言って貰えて、胸がじんと熱くなった。

そうこうしているうちに食事が運ばれてきた。こんがり焼けた秋刀魚の香ばしい香りが鼻腔を擽る。
二人で「いただきます」と手を合わせて、私はまず味噌汁を啜った。カカシさんから視線を逸らした数秒の間に、目の前から「ご馳走様でした」と聞こえてきて、見るとカカシさんは丁寧に手を合わせていた。お皿は全部空になっていて、身だけが削がれ、頭と尾と骨だけが綺麗に残されている。相変わらず早業すぎて食べている姿どころか口布が外された瞬間もわからなかった。

「オレのことは気にせずゆっくり食べてね」

そう言っていつものようにポーチから本を取り出すカカシさんを一瞥して、目の前の秋刀魚へと箸を伸ばす。ふっくらとした身をほぐして口へ運ぶと、絶妙な塩加減が口内に広がる。今の時期旬なこともあり脂がのっていてとても美味しい。艶やかに光る白飯は、噛めば噛むほど甘みと香りが増していく。

はあ……。美味しすぎて溜め息しか出てこない。美味しい物を食べている時ってなんでこんなに幸せなんだろう。

次々と箸を伸ばしながらふと視線を上げると、カカシさんがクローバー畑で見たような優しい顔で笑っていて、心臓が少しだけ忙しなくなる。

「カカシさん、その……見られてると食べにくいです」
「ごめんね。美味しそうに食べるなあと思って」
「美味しいです。とても」
「ひよりちゃんが食べてるところ……なんか新鮮かも」
「そうですか?」
「うん」

言われてみれば、カカシさんの前で食事するのは初めてかもしれない。いつもカカシさんの食事風景は見ていたから(いや、目では追えてないんだけど)全然そんな気がしないけど。

「あの、こっち見ないでもらえますか?」
「えーどうしよっかなー」
「えーじゃありません!もう!」

その後もカカシさんの視線を浴びながら食べ進めたけど、緊張しすぎてその後の味はよくわからなかった。



昼食を終えた後は、本来の目的である買い付けの味噌屋へと向かった。

「こんにちは。木ノ葉から来ました『日和』です」
「ひよりちゃん!いらっしゃい!」

店の暖簾をくぐると、この店の主人が出迎えてくれた。

「おじさん、ぎっくり腰大丈夫ですか?」
「まだ歩くのがやっとで里へ行ける程回復してなくてね……遠いところ来てもらって悪いね」
「うちの店におじさんとこの味噌は欠かせませんから、お互い様ですよ」
「あはは。嬉しいねえ」

主人は豪快に笑ってから、やや声を潜めて神妙な面持ちで「ところで」と切り出した。

「後ろのイケメンなお兄ちゃんはひよりちゃんのいい人かい?」
「え?」

振り返るとそこにはカカシさんしかいない。おじさん何か勘違いしてる!

「ち、違うんですこの人は私の護衛で」
「ひよりちゃんももうそういう年頃になったんだなあ……昔はおじさんおじさんってあんなに懐いてたのになあ……」
「いつの話をしているんですか!カカシさんとはおじさんが思っているような関係じゃないですからね!」
「カカシさんと言うのか。母さんにも知らせないといかんな」
「だからそうじゃなくて!」

だめだ、まるで聞いちゃいない。私はともかく、カカシさんは妙な誤解をされてさぞ気分を悪くしただろう。ちらりと様子を窺うとカカシさんもかなり困っている様子だ。早く誤解を解かないと。

「あのね、おじさん」
「いやー本当によかった。ひよりちゃんが幸せになってくれるなら親父さんも……ご両親も安心だろうねえ」
「……そうですね。その時が来たら、喜んでくれると思います」

一瞬、なんて言おうか言葉に詰まって、すぐに精一杯の笑顔を浮かべてみせた。

その後も主人の誤解が解けないまま奥さんへと広がり、二人がかりで質問責めにあった。誤解を解こうとしても更なる話の火種が生まれるだけだとわかったので、私もカカシさんも途中から適当に受け流すところまでよかったのだが、最終的に「孫の顔が今から楽しみだな」というところにまで話が転がって、私は顔を真っ赤にしながらその話を黙って聞くしかなかった。

ようやく解放されて店の外に出る。ひんやりとした乾いた風が頬をなぞった。来た時よりも少し肌寒い。

「帰ろうか」
「そうですね」

恥ずかしくてカカシさんの顔が見れないまま、元来た道を二人でてくてくと歩く。

昼間たくさん歩いたせいか足は鉛のように重たくなっていて思うようにペースが上がらない。私のペースに合わせて隣を歩いているカカシさんは、味噌の入った重たい樽を持っているにも関わらずその歩調は行きと変わらない。行きにかかった時間から考えて、今のペースでは里に着く頃には日が暮れてしまうだろう。
これ以上はペースを落とさないようにと懸命に足を動かしながら、カカシさんの横顔に声をかけた。

「……あの、カカシさん」
「ん?」
「さっきは、すみませんでした」
「何が?」
「味噌屋の主人に、その……変な誤解をされてしまって」
「ああ、あれね。ひよりちゃんってさ」
「はい」

何を言われるのだろう。やっぱり怒っているのかな、とびくびく身構えて次の言葉を待つ。
カカシさんは思案したのち、何かを言いかけてまた口を閉ざし、やや間を開けて口を開いた。

「…………愛されてるね」
「はい?」

拍子抜けして素っ頓狂な声が出てしまった。

「さっきの主人、ひよりちゃんのことかなり気に入ってるみたいだったから」
「ああ。昔からお世話になっているので、きっと子どもみたいに思ってるんですよ。私は店の常連さん達に育てられてきたようなものなので」
「なんとなくわかる気がする。お客さんとのやりとり見てると、君はお客さんに大切にされてきたんだろうなって思うよ」
「……」

一度カカシさんから視線を外して足元に落とす。言おうかどうか少し考えて、唾を大きく飲み込んで真っ直ぐカカシさんを見上げた。

「もしかしたらお気づきかもしれませんが、私と父は本当の親子ではありません」

カカシさんは驚くこともせず、ただ静かに「そっか」と呟いた。以前から、もしくは味噌屋での会話で、察していたのかもしれない。

「本当の両親は幼い頃に亡くなりました」

ぽつりぽつり。カカシさんに昔の話をした。

物心ついた頃に両親が亡くなった。両親は共に身内がおらず、残された私は施設に預けられることになった。そこへ、両親の友人であった今の父が私を引き取ると名乗り出たらしい。父は子どもがいるどころか結婚すらしていなかった。子育てなんて右も左もわからない父に手を貸してくれたのは、父がやっていた定食屋の常連さん達だった。父が働いている間、彼らが遊び相手になってくれたお陰で私は寂しい思いをせずにすんだ。愉快で優しくて、時々厳しくて、でも一緒にいるとあたたかい。ひとりぼっちになった私に、父やお客さんという新しい家族ができた。

「……あ、ごめんなさい。つまらないですよね、こんな話」
「そんなことないよ」

穏やかな声が、風にのって耳に届く。
カカシさんは話をしている間も、嗤うことも馬鹿にすることもなく、ただ黙って耳を傾けてくれた。私の身の上話なんて興味ないだろうに。

今までこういった話は誰にも話したことがなかったのに、なぜだかカカシさんには聞いてもらいたいと思った。

「他の人からみればちっぽけな店かもしれない。でも私にとってあの店は、かけがえのない大切な宝物なんです。だから今日、カカシさんが一緒にいてくれてよかった。私一人じゃどうにもならなかったから……本当にありがとうございます」
「役に立てたならよかったよ。オレも今日一日楽しかったしね」

カカシさんの目元が弓なりに弧を描く。
今日一日の楽しかった出来事を思い出して、つられるように笑った。

傾きはじめた太陽に染められた西の空を背に、カカシさんの少し後ろを歩く。目の前の茜色の空を映して揺れる銀髪を見つめながら、この胸の内に芽生えた感情がふつふつと大きくなっていることに、薄々気づきはじめていた。







里に辿り着いた頃には、予想通り陽は落ちていた。カカシさんに味噌の入った樽を店の前まで運んでもらい、父に顔を見せていかないかと誘ってみたけど、報告書を書かなきゃいけないからとやんわり断られてしまった。お疲れのところ申し訳ないなと思い、もう一度改めてお礼を言うと、「また来るよ」と言い残して、カカシさんはあっという間に姿を消した。

今日一日一緒にいたせいか、ずっと隣にあった温もりがなくなってしまい少し寂しい。そう思っているのは私だけだろうけど。

定休日の札がかかった店の戸を開けると、明日の仕込みをしていた父はほっとした顔をした。

「ただいま」
「おかえりひより。怪我はないか?危険な目にはあわなかったか?」
「うん。大丈夫だよ」
「そうか……よかった」

真っ先に私の安否を気遣う父に胸がほっこりする。でも私は父に言わなければいけないことがある。

「お父さん、いくら心配だからって忍を雇ったなんて聞いてないよ。そんなお金あるならもっと店のことに回しなよ」
「忍……?ああ、カカシさんのことか」
「そうよ」
「カカシさんがそう言ったのか?」
「お父さんに頼まれたって」
「いや、俺は何も言ってないよ」
「え?」
「昨晩カカシさんが来てな、丁度任務がないからお前の護衛を引き受けたいって言われたんだ。もちろん金は要らないからって」
「え、だってカカシさん、お父さんに頼まれたって……」

あれ?よくよく思い返してみると、私が勝手に任務だと思い込んでいただけで、カカシさんは任務だと一言も言ってない気がする。でも、それなら尚更わからない。どうしてカカシさんは私の護衛を任務でもないのに引き受けてくれたんだろう。あなたの考えていることがさっぱりわからない……わからないよ……カカシさん。


それはたからもの



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