ひより | ナノ

いくら過去を悔やんでもどうすることもできなくて。
どうにもできないという事実がもどかしくて腹立たしい。

お前のおかげで一度は失いかけた光を取り戻せたのに、世界が淀んで見えるのはどうしてなのだろう。

オレはまだ、この真っ暗闇から抜け出せないでいるよ。――オビト。






ひ よ り







左目が激しく疼いて目が覚めた。どくどくと脈打つ左目を押さえながら体を起こすと全身べったり汗をかいている。どうやらかなり魘されていたらしい。
カーテンの僅かな隙間から見える空はまだほんのり薄暗く、起床するにはまだ早い。しかし、今の状態では再び眠りにつこうとしても心地よい眠りにつけそうにない。喉がからからに渇いているいることに気付き、重い足取りで台所へと向かった。

それから結局眠ることはできないままいつものように早朝に慰霊碑を訪れて、気づけばかなり時間が経っていた。

今日はナルト達に修業をつけてやる約束をしていたが待ち合わせ時間から既に一時間半以上過ぎている。そういえばこの前「次二時間待たせたらラーメン奢りだからな!」と言われた気がする。あーあ、こりゃギリギリだ。少し急ごうとペースを上げ建物の屋根伝いに移動する。この分なら二時間の遅刻は免れるだろう。……そう思っていた時だった。

「――きゃっ!」
「ボサッと歩いてんじゃねぇぞ。気をつけろ!」

ふと地上を見下ろすと一人の女性が座りこんでいる周辺には、彼女が持っていたであろう野菜が散乱している。相手の男からぶつかっていたにも関わらず、男は謝るどころか、あたかも彼女が悪いかのように吐き捨ててそのまま去っていった。見てしまった以上このまま放っておくのも目覚めが悪い。一瞬ナルト達との約束が頭を過ったが体は自然と彼女の元へ動いていた。

「大丈夫?」

声をかけると突然現れたオレに驚いたのか彼女は目を丸くした。まだあどけなさが抜けていないその顔からしてオレより若い。おそらく二十代前半くらいだろう。彼女の視線が戸惑いがちに額当て、口布、ベストへと注がれる。いきなり見知らぬ覆面男が目の前に現れたら戸惑うのも当然か。
構わず落ちているジャガイモを拾うと、ハッとした彼女は慌てたように口を開いた。

「自分でやりますので」
「いいよ。一人じゃあ大変でしょ」
「お仕事は大丈夫ですか?」

オレの格好から忍だと判断したのだろう。任務があるのではと控えめに訊いてくる彼女の瞳は揺れていた。そういやナルト達待たせているんだった、と思いながらも口から出て来るのは事実とは異なるもので。

「急いでないから大丈夫だよ」

にっこりと笑ってみせると彼女は安心したのか表情を和らげた。こりゃナルトにラーメン奢るの確定だな。

拾い集めた野菜を袋に入れていく。根菜類が多いから洗って火を通せば問題ないだろう。にしても、一般家庭で使う野菜にしては随分と量が多い。飲食店でもやっているのだろうか。……ま、オレには関係ないことだ。

拾った野菜を同じように拾い集めている彼女へと渡すと彼女は「ありがとうございます」とふわりと微笑んだ。その彼女の笑顔に思わず見入ってしまう。こんな風に邪念のない真っすぐな笑顔を向けられるのは久しぶりだった。
けれど同時に理解した。この子は真っ白で穢れを知らない、血生臭い世界で暮らす自分とは、違う世界の人間なのだと。

「立てる?」

しゃがんでいる彼女に手を差し出すと、彼女はオレの顔と手を見比べてから戸惑いがちに手をそえた。自分よりも小さくて細い手を引っ張り上げると、思ったよりも軽くて勢いづいてしまう。

「わっ!」
「ごめんね」
「いえ、手伝っていただきありがとうございます。あの、お礼を……」
「お礼なんていいよ。気にしないで」

当然のことをしただけで、礼なんて言われるようなことはしていない。それに、過去の経験上こういう時の女性関係は後々面倒だ。ズルズルと後に引きずりたくない。

「じゃあ、オレはこれで」

かたや忍とかたや一般人。違う世界で暮らす彼女とはこれっきり、もう二度と会うことはないだろう。

地面を強く蹴り、さっきよりスピードを上げて約束の場所へ向かった。



こんな風に他人と距離をとり、物事に執着しなくなったのはいつからだったろう。

父さんが命を絶ってから?

オビトからこの眼を受け取ってから?

先生を失ってから?

リンを…この手にかけてから?

仲間の死は忍の世界で生きていく以上避けられないことだ。だから、一人でも失わないように誰よりも強さを身につけた。冷酷と言われようが、敵のことを必要以上に追い詰めて確実に処理した。それでも仲間は、バタバタと死んでいく。仕方のないことだと頭ではわかっているのに、心が追いつかない。
胸に刺さる鈍い痛みにも、何でもないふりをして笑みを浮かべることも、今はもう慣れた。
いつか失ってしまうのならばと心に蓋をした。もう心を痛めなくていいように……傷つかなくていいように……陽の当たらない場所へと閉じ篭もった。

いつか、この真っ暗闇から抜け出せる日がくるのだろうか。

夜明けはまだ訪れそうにない。



夜明け前



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