ひより | ナノ

「し、失恋したあ!?」
「うん……」

アヤメちゃんとの定期的に開催している女子会という名のお茶会。いつものように甘味屋さんで甘いものを食べながら近況を報告し合っていると、アヤメちゃんは「意中の人とはどうなんですか?」と興味津々に身を乗り出してきた。その質問はされるだろうと思っていたので淡々と失恋したことを伝えると、アヤメちゃんの手からスプーンが滑り落ちた。

「え?告白したんですか?」
「告白はしてないんだけど……もう会わないって言われちゃった」
「し、信じられない!ひよりさんをフるなんて!」
「私が悪いの。相手を傷つけるようなことしたから……フられて当然だよ」
「ひよりさん……」

あの日の夜を、カカシさんが去り行く背中を思い出すだけで胸が締め付けられるように苦しくなる。でも時間が経つにつれてカカシさんがいないことに少しずつ慣れてくる自分もいて、店の扉が開くたびにカカシさんを期待することもなくなった。カカシさんの特等席も、何事もなかったかのように他の人が普通に座っている。

私の生活から少しずつ、カカシさんの痕跡がなくなっていく。このまま時間が経つにつれてカカシさんのことも忘れていくのだろうと思うと少し寂しくなった。

しんみりした雰囲気になってしまいどうしようかと思っていると、わなわな震え出したアヤメちゃんにガッと手を握られた。え、な、何事!?

「ひよりさん!合コンしましょう!」
「え?」
「失恋の痛みは新しい恋で癒せって言うでしょう!ひよりさんならすぐにいい人できますって!私セッティングしますから!ね!」

アヤメちゃんの勢いについ頷いてしまいそうになる。失恋した私を元気づけようとしてくれる気持ちはとても有り難い。だけど今は…

「ありがとうアヤメちゃん。でも、今はまだ次の恋をする気にはなれないや」

カカシさんと一緒にいることはもう叶わないけれど、カカシさんと過ごしたこの数ヶ月は私にとって宝物のような時間だった。苦い別れになってしまったけど、大切な記憶としてしまっておきたい。

暫くはお店が恋人でいいかなとおどけたように言うと、アヤメちゃんは笑って応援してくれた。






天気予報で木枯らし一号が吹いたことが発表され、冬の足音がすぐそこまで近づいてきたある晩。その訪問者は突然やって来た。

「お待たせ致しました」

閉店後の片付けを終えて、紫煙を燻らせている人物の前に腰を下ろす。

「仕事終わりに悪いな」
「私は構いませんよ。アスマさんこそ任務帰りでお疲れなんじゃないですか?」
「まあな」

突然店にやってきたアスマさんに話があるから時間をとれないかと言われて、仕事が終わるまで待ってもらっていたのだけど、話ってなんだろう。もしかして、カカシさんから何か聞いて友人に失礼な態度をとった私を咎めに来たのだろうか。悪い考えばかりが頭を過る。

いつもの賑やかさとはうって変わり、私とアスマさんしかいない店内はとても静かで、壁にかかった時計が時を刻む音だけがやけに大きく聞こえる。
いつものような軽口を言えるような空気でもなく、煙草を灰皿に押し付けるのを合図に、アスマさんは重たい口を開いた。

「単刀直入に言うが、お前カカシと何かあったのか?」

どきり。

あの日のカカシさんの姿が脳裏をよぎる。
アスマさんはどこまで知っているのだろう。
「何か」と訊いてきたということは全部知っているわけでは無いんだろうか。
探るようにアスマさんを見つめる。アスマさんの瞳が私を責めているわけではないことに少しほっとした。

「カカシさん、何かおっしゃっていましたか?」
「お前にはもう会わないってよ」
「そうですか……」
「その様子だとただの喧嘩ってわけでもないんだろ?」
「……実は――」

ぽつり。ぽつり。私はあの夜のことをアスマさんに話した。
途中何度も言葉に詰まってしまったけれど、アスマさんは急かすこともなく、私の言葉を待って最後まで話を聞いてくれた。

「カカシさんのことが怖かったわけじゃないんです。ただその……びっくりしてしまって……」
「なるほどな。話はだいたいわかった」

同じ忍であるアスマさんが、私のカカシさんにとった態度に気を悪くしてしまわないかが心配だった。けれどそれは杞憂に終わったらしい。

「アイツは別にお前が嫌になって突き放したわけじゃないと思うぜ。むしろ逆だ。相当気に入っている」
「ならどうしてあんなことを?」
「カカシはずっと過去に囚われてる」
「どういうことですか?」
「本来こういった話は本人の口から聞くべきなんだろうが、お前には知っておいて欲しい」

どうやら私がカカシさんに距離を置かれたことと彼の過去に、何か関係があるらしい。

ただならぬ雰囲気を感じとり、居住まいを正す。

「オレ達忍の世界では人が死ぬことは珍しくない。任務は常に命がけだ。昨日まで隣で笑ってた奴が次の日にはぽっくり逝っちまうなんてよくある話だ」

アスマさんはそこで言葉を区切って、見えない紫煙を辿るよう遠くを見つめた。アスマさんにもいるのだろう。二度と会えない、大切な人が。

「忍の人生なんて似たり寄ったりだ。皆何かしら失ってる。だがアイツは全部無くしちまった。親も、師も、親友も……。失くしたものが多すぎて次第に誰にも心の内を見せなくなった。あいつは恐れてるんだ。大切なヤツができたとして、そいつをまた失うんじゃないか……ってな。アイツとはそれなりに長い付き合いだが、お前といる時のアイツは見たことねえくらい穏やかな表情をしていた。……アイツにはお前が必要なんだ。頼むひより、カカシを救ってやってくれ」

すぐには答えが出なかった。

救って欲しいと言われても、私と距離を置くことを決めたのはカカシさんだ。
それに私自身もカカシさんのことは諦めようと漸く決心がついたのに。今更私に何ができるんだろう。

「……少し考えさせてください」

アスマさんが帰ってからも、私は暫くの間、その場から動くことができなかった。


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