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 臨也の双子の妹、舞流から電話があったのは勤務中のことだった。液晶に浮かび上がった名前を見て、迷わずポケットに携帯をしまう。
 最初こそは仕事に集中しなければと着信音を無視をしていたが、何度もピロピロとめでたい音楽を奏でるそれにイライラし始めた頃、上司のトムが急用かもしれないからと電話に出るように勧めてくれた。
 これ以上着信メロディーが鳴り続けると携帯を壊してしまいそうだったので、静雄は軽く頭を下げてトムの言葉に甘える。手近な路地に入り喧騒から離れたところで画面をスクロールすると、すでに着信履歴は折原舞流の名前で埋め尽くされていた。いつしかなにかあったの時のためにと強引に登録させられた番号だ。
「もしもし静雄さん! 大変大変! イザ兄がオークションで身体売ろうとしてるの! 変態なオジさんに食べられちゃうよ!」
 キンキンと鉄琴のような声が頭に響いて眉を顰め、反射的に携帯と耳との距離をあける。開口一番に臨也の名前が飛び出して怒りのままに電話を切ろうとしたが、続く言葉にそれはできなかった。
「もしもし静雄さん? 聞いてる? ねえってば? イザ兄このままだと監禁されてあんなことやこんなことまでされちゃうよ! それでもいいの!」
 舞流はやや興奮気味に畳みかけ頭を整理する時間も与えない。いつもの悪ふざけだろうが、どういうことだと尋ねた声は自分が思っていたより低いものだった。
「どうもこうもそのまんま! 静雄さんイザ兄のことが好きなんでしょ、だったら助けなきゃ! イザ兄の処女を守れるのは静雄さんだけだよ!」
 舞流が次々と落としていく爆弾発言に絶句し言葉を失う。誰が誰を好きで、臨也が処女。混乱した頭はすっかり考えることをやめていた。
「お前ら、なに言って……」
「皆……知……」
 動揺を隠しきれない静雄の電話に出たのは、無口な姉の九瑠璃だった。静かな声だからこそ、その言葉はやけに真実味を帯びていて静雄を困惑させる。
「静雄さんわかりやすいもん、見てればわかるよ! ていうか気づいてないのイザ兄くらいだって! 本当自分のことには鈍いよね! ねえねえそれよりどうするの? イザ兄をどうしたいの?」
「どうしたいって、そりゃあ……」
 臨也を自分のものにしたい。あわよくばあの痩躯を独り占めして、抱き潰してしまいたい。だがそのような露骨なことを年端もいかぬ少女達に言えるわけもないく、静雄は返答に迷った。
「兄……助……?」
 弱々しい声で助けてと言われて、うっと言葉に詰まる。助けるもなにも臨也が好きでやっていることだから放っておけばいいのだが、臨也が他の人間に触れられているのを想像して思わず携帯を握りつぶしそうになる。これが静雄の本心なのだろう。
 このまま双子が頼んだからと双子のせいにしてもよかったが、それはあまりにも格好悪いのではないか。わかったと告げると、双子は口々にお礼を述べた。
「いや、いいんだ。俺がそうしたくてそうすんだからよ。教えてくれてありがとな。で、俺はどうすればいい?」
「本当!? さっすが静雄さん! へたれなイザ兄とは大違い! 任せて、手筈はこっちで整えるから!」
「金……拒……」
 金は不要だと言う双子に、そんなわけにもいかないとかなり反対した。自身がそういった職業についていることもあって金払いの悪い人間がどれだけ性根が歪んでいるか知っていたし、なにより静雄よりずっと歳下の少女に払わせるような金額でもないのは説明されずともわかる。それにこれは静雄の男としての矜持にも関わるものだ。
「いいのいいの! これはイザ兄が雇ってる秘書さんから個人的なアルバイトをして稼いだお金だから! わたし達がなにに使っても自由だし! それにしてもイザ兄ってばとことん詰めが甘いよね! それにそれに! わたし達、お金よりもっと欲しいものあるし!」
 ねー! と示し合わせたかのように二つの声が重なったのが受話器越しに聞こえる。こういうところを見ると、悪知恵は働いてもまだまだ子どもだと口元が緩む。臨也に比べたら随分とかわいいものだ。
「で、なにが欲しいんだ?」
 半ば答えがわかりつつあったが、念のために双子に尋ねる。
「幽平さんの写真!」
 元気のいい返事は静雄の予想を裏切らなかった。やや渋る振りをして、幽に許可を取って実家にあったアルバムの写真をいくつか焼き増しすると約束する。
 臨也は詰めが甘いと言われていたが、その妹達は臨也を守りたいという本音に便乗して幽の写真を頼むところ、ちゃっかりしているのだろう。
「でも俺、あいつと一緒にいてキレない自信ねえんだけど」
 臨也と二人きりで部屋にいる自分を思い浮かべたが、それはもう静雄ですら筋肉痛になるのではないかというくらいに酷い有様だった。静雄の心の不穏さを感じ取ったのか、舞流は明るくそれを否定する。
「あーイザ兄はね、天邪鬼だから。だいたい本心は逆だと思えばそんなに苛立たないよ! 嫌いとかしねとかは好きって言ってるようなものだから!」
 さすがにそれはないだろうと乾いた笑い声で答える。それでね、と舞流はチケットの詳細説明に移った。ぺらぺらとよく回る舌は兄を彷彿とさせる。細かいことは適当に聞き流したがとにかく一週間、臨也を独占できるということは理解した。
「じゃあこれが無事に終わったら、写真約束だからね!」
「必……!」
「ああ。ついでに好きなもん食わせてやるよ」
 きゃあっと嬉しそうな悲鳴をあげた二人に仕事に戻ることを告げて、早々に電話を切り上げる。このまま双子のテンションに流されてしまったら、長引くのが目に見えていた。
 舞流の説明を頭で反芻してようやく得心する。なるほど、詰めが甘いとはそういう意味だったのか。つまり臨也は、自分の金で自分を買ったということになるのだ。なんとも愉快な話である。これを知った臨也がどのような顔をするか想像して、知らずと口角があがる。
 仕事を終わってからもすることができてしまったが、静雄の機嫌はすこぶるよかった。まずは部屋の掃除をしなければならない。きれい好きな臨也のことだ、きっと埃を見つけたら口を酸っぱくさせて静雄を罵るだろう。空っぽの冷蔵庫の胃袋に食い物も与えてやるのも忘れてはいけない。いつしか臨也はレトルト食品は口にしないと耳にしたことを思い出す。料理の腕にはあまり自信がないが、臨也がやってくる前に練習してみようと思う。
「トムさん、すんません待たせちまって」
「あーいいっていいって、気にすんな! さすがにあんだけ鳴ってると集中できねえしな」
 励ますように叩かれた背中がぱんぱんと小気味いい音を立てる。上司のトムは線引きが上手い。この仕事を続けていられるのはひとえにトムの助力と配慮のおかげだ。
「あの、トムさん」
「おう、どうした?」
 トムは表情豊かに静雄を見つめ返す。静雄のような短気の人間と付き合える処世術を有しているトムならば、きっと参考になるアドバイスがもらえるはずだと思い切って尋ねた。
「猫を一週間預かることになったんすけど、どうやったら懐きますかね?」




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