おまけ:stkボツ案 | ナノ

有木に手を引かれ、寝室に入った。前に見たときと違うのは、壁に貼ってあったたくさんの写真がなくなっていたことくらいで、あとは変わらずシンプルな部屋だ。有木は明かりをつけなかった。オレンジ色の常夜灯が、ぼんやりと部屋を照らしていた。

「苑くん、おいでよ」

ベッドに上がった有木が手招く。
本当に、有木とするんだ、これから。
恐る恐る有木の隣に座った。緊張のあまり、正座になっていた。

「怖い?」
「……別に、平気」
「嘘」

膝の上に置いた握り拳を、有木の手が覆う。覗き込んでくる有木の顔が近い。

「平気だし」
「じゃあ服、脱ごうか」
「……」

強がる俺ににっこり笑って、有木は躊躇なく上を脱ぎ出した。晒された痩身を思わず見つめていると、有木はまた笑った。

「なんか、恥ずかしいね」
「細い」
「苑くんは?」

小首をかしげる有木に促されて、半ばヤケクソになってTシャツを脱ぎ捨てた。運動部でもないし、鍛えようとか思ったこともなくて、何の面白みもない体だ。少しくらい腹筋とかしとけば良かったかもしれない。

「きれい」
「どこが?」
「全部」

有木は、愛おしそうに俺を見つめる。何をどう見て、きれいなんて言うんだろ。
そういう有木の体の方が、むしろきれいに近いんじゃないか?と思って観察してみると、傷だらけできれいとは言い難い。しかも、乳首にはピアスがついていた。耳にたくさんあるのは知ってたけど、まさかこんな所にまであるとは。

「それ、痛くないの?ピアス」
「今は全然。開けるときは痛かったけど」
「うわぁ……」

想像したくない。耳だって、穴を開けるのは恐怖なのに。

「大丈夫。僕、痛いのは平気なんだ」
「有木って、結構マゾな感じ……?」
「……うん」

頷いて、そのまま俯く有木は、恥じているようだった。腕や胴に残る傷跡を隠すように、腕を組む。

「その傷も、もう痛くないやつ?」
「うん」
「良かった。触っても、いい?」
「いいよ」

腕を解いた有木の、胸元にある傷跡にそっと触れてみた。明るいところで見たら、もっとあるのかもしれない。知らない誰かが、過去につけた傷が。

「傷だらけ」
「ごめん、汚いよね」
「これ以上有木に傷が増えるの、やだな」
「苑くん……」
「好きな人が傷つけられるの、嫌だよ」

単純な嫉妬。お気に入りのおもちゃを取られた子供と同じ。俺の恋人に好き勝手するやつらが嫌いだ。
痛いのは平気だと、有木は言う。程度は分からないけど、痛みが気持ちいいなら、この傷跡と引き換えに同じ数の快感を得たんだろう。それなら、傷跡と同じ数だけ俺は嫉妬する。

「有木の馬鹿。俺がいるのに。平気で他のやつと寝るし、傷作るし。俺とじゃできないから、そうやって」
「違う、苑くんが悪いんじゃない。僕がこんな駄目なやつだから、苑くんにそんなこと言わせちゃうんだ。ごめん、ごめんね……本当に、ごめん……」

触れていた俺の手を、有木は力無く押し退けた。
いつもそうやって、俺を遠ざける。謝って、自分のせいにする。
有木の腕を掴んだ。ビクッとした有木は、泣きそうな顔をしていた。

「俺から逃げんなよ。俺のこと、離そうとすんな。さっきの、全部俺にくれるっていうのは嘘?その程度のもんだったわけ?」
「ちがうよ……僕は、本当に苑くんのためなら、なんだって……」
「じゃあもう、心配すんなとか、大丈夫だからって逃げたりとか、謝って一歩引こうとするのとか、やめてよ。俺をちゃんと、有木に関わらせて。俺だって心配くらいしたいし、何でもかんでも謝らなくいいから」

分かってるんだか、分かってないんだか、困ったままで有木は黙ってしまった。泣き出したらどうしよう。

「……苑くんに嫌われるのが、怖い」

有木がおずおずと口を開いた。ぼそりと呟いて、唇を噛む。
俺を中心にくるくる回ってる有木らしいや。

「嫌いにならない」

有木の、好きを前面に押し出してくる感じ、嫌いじゃないし。

「ほんとに?」
「本当に」
「バカで、マゾで、苑くんに心配かけても?」
「うん。ちゃんと、有木のこと好き」

雰囲気に任せて、普段言えないようなことも言っちゃってる。なんだろう、じわじわと込み上げてくる温かい気持ち。これが愛しいってやつなのか。

「僕も、好き。苑くんが好き」

有木の腕が首に絡みついて、ぎゅうっと抱き締められた。そっか、もう有木の方が背低いんだっけ。
背中に手を回そうとしたら、有木の体重がぐぐっとのしかかってきて、すっかり油断していた俺は簡単に押し倒されてしまった。

「だいすき」

顎から唇へかけて、有木の唇が辿ってくる。小さなリップ音が、静かな部屋に響いた。何度も重なる音と温度に、どんどん夢中になる。
キスは鼻にも、頬にも、耳にも、首筋にも、どんどん落とされていった。汗をかいた肌に、躊躇いなく触れる唇は腕を伝い、手の甲や指の間まで辿る。ひとつひとつ、確かめるように。

「俺、汗臭くない?」
「いい匂い。興奮する」
「こっ……!?ちょっ、待った!汚いから!」

あろうことか、有木は俺の足にまでキスし始めた。足の指先にちょんと触れた唇から、舌が覗く。嫌な予感。

「汚くない」
「汚くなくない!わ、こらっ、舐めるなぁ!」

予感は当たってしまった。親指と人差し指の間を、ぬるりと舌で舐められた。そのままちゅうっと吸いつかれて、くすぐったさに身をよじる。危うく有木の顔を蹴飛ばすところだった。

「やめろって、ば…っ!」
「いや?」
「や!」

有木は残念そうに舐めるのをやめた。その代わり、足の甲から足首へと、またキスが始まる。すね毛なんてまるで気にせず、向こう脛やふくらはぎも、膝の裏までもキスの餌食にされた。その先の部屋着のハーフパンツに隠れた太ももだって、裾から手が忍び込んできて、まくり上げられてキスされる。
どうしよう、有木の顔がどんどん股間に近付いてくる。内ももを辿る唇が、一際強く吸い付いた。

「下も脱いで」
「え、あ、やだ!待って!」

ウエストに掛かる手を、思わず強く握って止めた。いざとなると、やっぱり恥ずかしい。
待てと言われた有木は、無理に脱がせようとはしなかった。

「ごめん」

そう言うと、しゅんとして手を引いた。代わりに、へその近くへまたキスがひとつ。腰に抱きついて頬をぴったりと腹にくっつけたまま、有木は止まった。
ちょっと可哀想、かな。俺が焚き付けたのに。見下ろしたつむじを指でくるくる、髪を巻き付けると、するりと解けて戻った。乱れた髪の毛を撫でて、それでもじっとしている有木。

「止められないんじゃなかったっけ」
「……待ってって、言うから」
「そうだった」
「やっぱり、嫌?気持ち悪い?」

有木の不安がこぼれてくる。俺の顔を見るのが怖いとでもいうように、顔は上げずに。

「女の子の方がいい?僕じゃ……だめ、かなぁ」

どんどん声は弱々しくなっていった。
もう何度も、俺は有木が好きで、有木の好きなようにしていいって、言ってる。それでもまだ確認する。立ち止まってばっかりで、進んでくれない。嫌われるのが怖い、ってそればっかりだ。

「……ほんと馬鹿」
「ごめんなさい」
「馬鹿。馬鹿、馬鹿、ばーか。俺の好きって一言は、そんなに価値がないのか。そんなに俺は信用ないのか」
「苑くんのことは、信じてるよ。ただ、好きでいてもらえる自信がないんだ。僕、何の取り柄ないし……」
「有木の取り柄は、俺のことが好きで好きでしょーがないところだろ」
「うう……」
「俺は素直に好き好き言えるタイプじゃないから。だから一回の重みはすごいんだぞ。俺の好きは安くないぞ」
「はい……」
「まるで俺が有木のことそんなに好きじゃないみたいに言うなよ。悲しくなるから」
「わかった」

ようやく有木と目が合った。ぺち、と額を叩くと「いたっ」て言いながら、ちょっと嬉しそうだった。

「やっぱり苑くんはかっこいい」

額を叩いた手を取ると、有木は指を絡めて手を繋いだ。反対の手も同じようにして、俺の顔の横に置く。俺を見下ろして、へらっと笑った。

「有木はほんっとくどいし、ヘタレ」
「あは……、情けないよねぇ」
「好きだから?」
「うん、好きだから」

手は離れて、今度は顔を包む。またキスが始まった。キス魔かよ。
くっついて、離れて、吸われて、何度も唇の感触を確かめるように求められる。そっと目を開けたら、夢中になってる有木の顔がぼんやり見えた。キスに応えながら、不思議とかわいいなんて思ってしまった。
だんだん深くなるキスのせいで、息があがる。潜り込んでくる舌の感触に、心臓が跳ねた。自分のものではない温度が、敏感な部分に触れてきてゾクゾクする。上に下に重なり合って、唾液も吐息も混ざって、境目が曖昧になっていく。キスって気持ちいいんだ、と初めて知った。

有木の手は、頬から外れて耳へ移り、くにくにと耳殻を揉んだ。くすぐったいような、心地いいような。
真似をして有木の耳に触れると、指先にピアスの固い感触。痛いのが好きなら、多少触っても大丈夫だよな。恐る恐るピアスを辿っていくと、有木がぴくりと反応した。




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