「ゆきちゃ〜ん!!」

「わっさきちゃん。こんにちは。」

「こんにちは!!」


ベッドに座って母さんが持ってきてくれた本を俺は読んでいた。病室の扉が音を立てて開いた。入って来たのは昔病室が一緒だった小学生の女の子。
この子は福永沙希ちゃん。

同室だった時は一緒に絵を描いたり本を読んだりと仲良くしていた。
お互い個室になっても沙希ちゃんはよく俺の所へ来ては大好きなお姉さんの話や、友達の話をしてくれる。


「今日はどうしたの?」

「あのね、お見舞いでおねえちゃんが可愛いお花持って来てくれたの。ゆきちゃんにもあげるね。」

「ふふっありがとう」



『沙希、何処ー?』


沙希ちゃんから受け取った花はガーベラだった。その時、病室の外で誰かの声が聞こえた。沙希ちゃんの名前を呼んでいる。


「沙希ちゃん、お姉さんが呼んでるんじゃない?」

「あ、本当だ!!おねえちゃ〜ん沙希ここだよー!!」

『沙希!!急にいなくなったら心配するでしょ!!』

「ごめんなさい…」


沙希ちゃんがお姉さんを呼ぶと、また俺の病室の扉が音を立てて開いた。
入って来たのは俺と同い年くらいの女の子。そして着ていたのは立海の制服。


『ごめんなさい、妹が…』

「いや、いいんだ。俺もとても楽しいから。ところで君は立海に通ってる?」

『はい』

「俺も立海なんだ。よろしくね。」

『そうなんだ。よろしくお願いします。私、沙希の姉の福永初音』

「俺は幸村精市」

『よろしくね、幸村君。』

「…うんよろしく。」

『私達同じクラスになった事ないんだね。あれ、そもそも学年が違う?』

「俺三年だよ」

『あ、良かった…。私も三年。やっぱり同じクラスになった事ないんだ。』

「俺の事知らない?」

『うん、初めまして。』

「…ふふっ、はじめまして」


にっこり笑って手を差し出した彼女とは正反対に、俺は驚いた。自慢じゃないけど俺はテニス部の部長で、全校朝礼などの表彰で名前を呼ばれてきたから少なからず名前位は知っているかと思ったんだけど、彼女は全く俺の事を知らないようだ。

なんだかおかしくって笑うと、彼女の顔が不思議そうに歪んだ。その顔もおかしくって笑って握手に応じると、福永さんは笑って手を握り返してくれた。



「おねえちゃん、眠い…」

『そっか、こっちおいで。たくさん遊んで疲れた?』

「ん…」


寝息を立てて福永さんに体を預けた寝始めた沙希ちゃん。福永さんは沙希ちゃんを抱っこして近くの椅子に腰掛けた。


「寝ちゃった?」

『うん。いつも沙希から聞いていたゆきちゃんは幸村君の事だったんだね。』

「俺も福永さんの話沙希ちゃんからいつも聞いてたよ。大好きな優しいお姉ちゃんだって。」

『あはは、照れるなぁ…。でも優しいお姉ちゃんは沙希に何もしてあげられないね。』


福永さんはそう言って沙希ちゃんの頭を撫でながら悲しそうな顔をした。病気は他人が代わってあげることも、その痛みを背負ってあげる事も出来ない。
自分自身しか治す事は出来ない。悔しさを噛み締めるように彼女は唇を結んだ。


「俺も病気なんだ。今年の冬に倒れて近々手術をする予定。」

『そっか…沙希と一緒だね。沙希ももうすぐで手術なんだ。
私ね神様何てこの世にいないんじゃないかって思う時があるんだ。こんな小さい女の子を病気なんかにして…。まだちょっとしか生きてないのにこんな所で生活させて。
何度も沙希の病気を治して下さいってお願いしたけど全然駄目で…。

代わってあげたい。沙希の病気、全部代わってあげたい。』

「沙希ちゃんが好きなんだね。」

『沙希が生まれたとき、いろんなことするんだって思った。いろんなものを見て、聞いて、感じて。たくさん遊んで。時々喧嘩もして。
そういえば、沙希と絵描いたり、本読んだりしてくれたんだよね。ありがとう。』

「ううん、俺も楽しいから。こちらこそありがとう。」


しばらくすると、俺達は随分いろんな事を話すようになった。学校での話、病院での話、家族の話、自分自身の話。



『幸村君、部活は?』

「テニス部なんだ。福永さんは?」

『帰宅部』


ニコニコと楽しそうにする彼女は、流石姉妹。沙希ちゃんに良く似ている。中々途絶えない会話に、俺は今日初めて会ったとは思えない程楽しかった。


『ねぇ、幸村君。授業とかはどうしてるの?』

「ノートはちゃんと部活の仲間が持ってきてくれるけど、やっぱり先生とかから教えてもらえるわけじゃないから大変だよ。」


真田達に貰ったノートをパラパラと捲る。それを横から覗き込んだ福永さんは、すごい細かいノートだね、と感心めいた声で言った。
真田には悪いけれど、俺にはこのノートじゃ分かりにくい。きっと真田の事だから分かりやすくしようとしてこんな細かいノートになってるんだろう。


『私、数学なら教えてあげられるよ?あんまり分かりやすくはないかもしれないけど…。』

「え、いいの?」

『うん。お役に立てるかは分かりませんが。』

「ありがとう。助かるよ。」

『ううん。沙希がお世話になってるお礼。』



ふんわりと笑う彼女に、俺は自分が気付かぬうちに惹かれていった。
丁寧に横で数学を教えてくれる福永さんからガーベラのいい香りがした。





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