午後四時半を軽く過ぎた頃。私たち氷帝テニス部は今日も練習にそれぞれ精を出している。
外では選手たちが自分のノルマをこなし、女子生徒の応援の声は観覧席から少し離れた部室まで聞こえていた。


「今日もコートは賑やかですね…。私タオルの準備出来たので休憩体制に入ります」

「……もう?さっき休憩はしたばかりなのに。それに二年生はまだ外周から戻ってないわ」

「はい。今日暑いんで多分もうそろそろです」



その言葉の直後に遠くで休憩の合図を出す跡部先輩の声が聞こえた。
私はさっき準備したタオルをもって立ち上がる。「いってきます」と声をかけると私と同じマネージャーの中谷紗江先輩はいつもの通り「いってらっしゃい」と声をかけてくれた。


「待って、苗字さん」

「はい何でしょうか」

「もう終わりにしましょうよ、この関係」

「先輩?」

「うんざりなの。部員の事ならなんでも知ってるあなたと何も知らない私。優遇されて愛されるのはいつもあなた。私の気持ちなんてちっとも届かない。どんなに努力しても正当に評価されない。本当にもううんざりだ」

「せ、先輩…」


「どうしたんですか」という私の声は中谷先輩の叫び声によってかき消された。私は持っていたタオルを驚いてすべて床に落とし、そのタオルにはぽたぽたと甘い匂いのする雫が落ちてはしみこんでいく。あぁ、折角今準備したのにと頭は変に冷静で心臓だけがどくどくと高鳴る。


「どうした!!今の悲鳴は…………紗江?何でお前こんなびしょ濡れになって…」

「あ、…あとべ、」


叫び声を聞きつけてレギュラーの先輩たちが駆けつけてくる。先輩達は私たちのいつもと違う雰囲気を感じ取ったのだろう。扉はけたたましい音を立てて開かれた。部室に入って一番に目に入った光景に呆然と立ったまま立ち尽くす跡部先輩に、中谷先輩が縋り付いた。

不自然に濡れた中谷先輩の髪とジャージ、散乱したタオル、そして私がここにいるということ。
彼らがある結論に達するのは容易だった。


「…一体これはどういうことだ、名前。何故こんな事をした」

「あとべ先輩…?」

「何だその面。まさかこの状況で自分に非はないと言うわけじゃねえだろうな」

「……待って下さい、私は何もしてません」

「嘘はアカンで、名前。」

「忍足先輩!!」

「いくらなんでもやって良い事と悪い事あるやろ」

「何で…っ」



「信じてくれないの」その言葉は忍足先輩の平手によって遮られた。床に倒れこみじんじんと痛む頬を抑えて先輩達を見上げれば、慰めるように優しく跡部先輩に抱きしめられている中谷先輩と、怖い顔で私を見下ろす人たち。

人だかりが増えていく。私の周りは完全に包囲された。




「紗江に手出したんだ。容赦しねえからな。覚悟しろよ名前」




その言葉を合図にして、私に目掛けて手や足が飛んでくる事になった。


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