お帰り
「自分、誰や…」
目が虚ろなままの財前が私達にそう言った。
その言葉に耳を疑ったのは私だけではないだろう。
医者は一時的な記憶喪失だろうと言ったが、一時的にしては長すぎるのではなかろうかと私は思う。
『財前、学校来れるようになったんか』
「おん」
『大丈夫や、ウチも白石部長やっておるし。記憶だってすぐ戻るわ。』
「おん」
元々そっけない態度の彼だったが、記憶喪失になってから彼は全ての事に無気力だった。
私は担任からも、財前のお母さんからも学校ではなるべく一緒にいるように命じられた。
『財前、部活行こうや。皆待っとるんやで、財前が帰ってくるの。』
「せやかて俺はそんな人たち知らんし、ついでに言うと自分の事も覚えとらんし。
何でそんなべたべたくっ付いてくんねん。オカンに頼まれたからか?」
「更に生意気になっとるな、光」
『し、白石部長…!!』
「自分好きな女に何言ってるんやアホ」
「訳分からん事言っとるんはアンタの方やないですか。俺がこんな女好いとる訳ないやろ。」
『そうですよ白石部長!!財前が私のこと好きな訳ないやないですか!!』
「お前らホンマにアホやな。まぁええわ、財前テニスコートに来い。一緒にテニスしようや」
「お断りします。」
「テニスしたら記憶も戻るんちゃうかなぁ?」
「んな簡単な事で戻るわけないやろ。」
「つべこべ言わんと行くで」
「あ、ちょ…!!!」
「名前も行くで」
『は、はい!!』
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白石部長は嫌がる財前に強引にラケットを持たせ、コートに入れた。
条件は、今試合をして白石部長が勝ったら部活に来る事。財前が勝ったらもう私達は財前に近寄らない事。
「ワイも試合したいわー」
『今日はガマンね、金ちゃん』
「ぶー」
元から運動神経がいいのか、体がテニスを覚えているのか、財前は白石部長と互角で戦っていた。
「蔵りーんっ頑張ってぇ!!!」
「小春!!浮気か、死なすど!!!」
いつものコントを横目で見ながら私達は苦笑。試合をしている白石部長は楽しそうなのに対し、財前は苦しそうに眉間に皺を寄せていた。
しばらくして小春先輩とユウジ先輩のコントにツッコミが入る。
「先輩ら、キモイっスわ………っ!!!」
大きな音を立てて白石部長のコートにボールが飛んでいった。そしてそのボールは誰にも打ち返される事なく転がっていった。
「ざ、財前…今」
「何スか、ツッコミいれたらアカンのですか」
「いや、お前…」
『記憶、戻った…?』
「おん」
『い、いつ!!!?』
「今」
『何で…』
「知らん。あ、苗字好きや」
「おま、そんなアッサリ」
「事実なんで。で、返事は?」
『…よろしく、お願いします』
「おん」
満足そうにそう言って、財前は部室へ着替えに行った。
久しぶりに見た財前のジャージ姿に、私達は嬉しくて飛びついた。
おかえり《何なんスか先輩ら、ホンマに気持ち悪い》
《生意気な所は記憶あろうがなかろうが健在やな》
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リクエストくださった美樹様、ありがとうございました!!
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